08  僕が僕である為に

「リツコさん、アオイはね、僕のもう1つの可能性なんです。」

 

エヴァに乗る直前だった。まさに、これから戦いに行こうとする所だった。

 

「シンジ君?」

私は辺りを見渡し、人がいない事を確認した。

「僕と母さん、綾波やカヲル君は、サードインパクトがおきた世界から還ってきたんです。」

「シンジ君?」

「薄々とは感づいてましたよね?」

「・・・・・それは・・・・・・」

私はは口ごもった。

 

    コアを調べればね・・・・・そんな事・・・・・

 

確かにおかしいと思ってはいた。

何故なのか、理由も考えた。

でも、途中から、そんな事はどうでもよくなっていた。

 


「ねぇ・・・・・・リツコさん。」

彼は本当に彼らしい優しい笑顔を浮かべた。

「僕は今、本当に幸せなんです。

 人を大切に思うって、人を大切に思えるって、本当に幸せなことなんですね。」

「そうね。」

彼の微笑みにつられるように、私も笑う。

「だから・・・・・・その幸せを護りたい。その為なら、何でも出来るんです。」

 

その言葉に、ユイさんの言葉がだぶる。

 

彼は少年から男になった気がした。

 

護りたいものを護る為に・・・・

 

彼はその為に、今から戦いに出るのだ。


「それから・・・・・・」

彼は頭を下げた。

「トウジの事、ありがとうございました。」

あぁ・・・・・・きっと、彼はこれが言いたかったんだ。

私はそう思った。

 

    感謝なんかしなくていいのに。

    悪いのは私たちなのに。

 

 


「気にしないで。」

私はいつものように振舞えたのだろうか?

 

 

彼の笑顔を見た瞬間、彼の覚悟が解った気がしたのだ。

 

 

だから、あえて、こう言う。

「早く・・・帰ってきてね。みんなで待ってるから。」

 

「ありがとうございます。」

 

そう言って彼は笑顔でEVAに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕が僕である為に

 

 

 

 

 

 

 

 


エヴァの量産機が、支部から飛び立った。

 

それを確認して、日本政府は、非常事態宣言を発動する。

それと共に、全世界に向けてネルフと、使徒についての詳細を発表した。

 


内々では知れ渡ってはいたが、報道管制によって報道できなかった報道機関が、いっせいに火を噴いた。

瞬く間に、このニュースは世界中を駆け巡ることになる。

 

 

実は、それより少し前、ネット上で使徒についての情報が表ざたになっていた。

が、それは、あくまでもネット上の事であって、正式の発表ではない。

対岸の火事でしかない多くの人々には聞き流されていた。

しかし、第三新東京市に住む人間にとっては、それは紛れも無い事実であり、自主的に避難する上で大いに役立ったのは言うまでも無い。

 

そして、多くの軍人の間でも、それは事実として受け止められた。

 

 

 


日本政府の発表によると、現在、倒された使徒は13体。

それを、映像を交えての公表に、世界中の人々は驚いた。

 

 

 

そして、何より驚いたのは、チルドレンと呼ばれているエヴァのパイロットの事であった。

     セカンドインパクト以降に生まれた子供     

つまり、15歳以下の子供である。

その、『非人道的な行為』に非難は集中したが、続くその理由の説明で、沈黙せざるを得なかったのだ。

志願者によるシンクロ実験で、多くの人たちは精神を崩壊させてしまっていた。唯一、精神を崩壊させなかったのが、『子供』だったのだ。

 

セカンドインパクトによる影響も考えられた。

 


が、正確な事は不明だった。

だからこそのチルドレンなのだった。

 

 

 

 

 

レポーターが町行く人にマイクを向ける。

「チルドレンは15歳以下の子供だという話ですが、どう思われますか?」

皮肉なもんだな・・・・・・鈴原は思った。

無言で通り過ぎようとするのを遮られた。

「あ・・・・・・いいんじゃないですか?」

シンジの、レイの、カヲルの、そして自分の息子の笑顔を思い出しながら彼は言った。

 

 

    あんないい笑顔、久しぶりに見た気がする。

 

鈴原の言葉に、レポーターが反応した。

「まだ、子供じゃないですか!!!」

怒りを顕にするリポーター。

「ヒーロー願望とかでなく・・・・本人が、護りたいものを護る為にだったら・・・・・私には止められない。」

彼は先ほど、息子を送り出してきたのだったから。

 

欲しい答えを得られなかったのだろうか?

レポーターは興味なさ気に感謝の言葉を言うと、他の人にマイクを向けていた。

 

疲れたような足取りで、彼はその場を離れた。

その間も、レポーターは道行く人にマイクを向ける。

彼らの待つ言葉を得る為に。

 

 

 

『酷い』なんて、とっくの昔に知っていた。

『代われるものなら代わりたい』なんて、彼らを送り出すたびに、彼らが傷付いて帰ってくるたびに思ってた。

それを『仕方ない』と言う言葉で誤魔化してきた。

この、やり場の無い怒りをどうしたらいい?

 

 

 

 

だからこそ、想う。

 


先ほどの正式記者会見でのゲンドウの事を。

 

 

 

 


「チルドレンは15歳以下の子供なんですよね!!」

「そんな子供をなんで戦わせるんですか?」

 

マスコミがいっせいに火を噴く。

 

彼らの興味は使徒よりもチルドレンなんだろうか?

 

「それしか方法を見付ける事が出来なかった。

 戦ってくれているチルドレンには申し訳ないと思っている。」

ゲンドウの言葉に、さらに食いつく。

「あなたにだって、子供は居るんでしょう?それなのに、それなのに・・・・・!!」

「私の子供にその適正があるのなら、戦わせる。それだけだ。」

無表情で言うゲンドウに、マスコミの攻勢は続く。

「あなた方は鬼ですか?」

と。

 

 

エヴァに――チルドレンに関わる人間が、何も感じていないとでも思っているのだろうか?

 

そう思わずにはいられない、マスコミからの攻撃だった。

 

 

 

 

 

 

 


    知らない事は罪にはならないのだろうか?

 

彼は、思った。

 

    総司令の子供はサードチルドレン。

    誰よりも、その戦場で戦っている。その小さい体で。

    そして、これからも戦う。

 

総司令が何も言わない以上、自分たちは何も言えないのだ。

 


守秘義務がこんなに苦しいと思ったのは、初めてだった。

でも・・・・・・

そう感じているのは自分だけではないはずだ・・・・・

そう思うことだけが、救いであった。

 

 

 

 


急がなければ・・・・・・と彼は足を進める。娘を安心させる為に。

そして、息子の気持ちを伝える為に。

彼は、娘の待つ病院へと急いだ。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「良い知らせと、悪い知らせがある。どちらから聞きたい。」

最終ミーティングになるであろうこの場で、ゲンドウは言った。

「では、良い知らせだが・・・・・・

 国連軍も味方についた。すべてを味方にした訳では無いが、世論には逆らえないのだろう。」

ゲンドウの言葉に、ため息が漏れる。

確かに、この状態であれば、ネルフが悪者になる事はないであろう。

その為に、ある程度『都合のいい情報』をネルフのバックアップを買って出た日本政府も選んで流してるのだから。

 

その裏では、内密にゼーレのメンバーの逮捕が決定していた。

 

居場所は、加持とカヲルによって、暴かれていた。

 

出来るだけ速やかに身柄を捕獲するための行動が取られていた。


しかし、身柄を捕獲したとの情報は流れてはきていない。

 

これが、戦局に関わるのかは不明である。

「次に、悪い知らせだ。

 量産機がさらに3機、遅れる事、3時間でドイツ支部から飛び立った。最初に飛び立った9機と合流するのか、遅れて来るのかは不明だ。」

沈黙が痛い。

「時間をかけ過ぎたのかも知れない。

 こちらの準備が整ったように、相手にもその時間があったのだろう。」

確かに、前に経験した時よりも、時間がかかっている。

相手の出方を伺っていた感じもする。

「多分・・・・・・・・」

ユイが口を開いた。

「内密に建造されていたもの・・・・・・

 『いざ』という時の切り札として、手元に置いておこうとしたもの。

 製作に失敗して破棄したと見せかけて、温存してたのではないかと考えられます。

 現状だと、サードインパクトでもおこさない限り、彼らの生き残る道は残されていない。

 相手は出し惜しみなんてしてこないわ。」

 

それだけ言うと、ユイは加持を見る。

「え~~、国連軍も戦自も、現在第3に残っているのは、希望者のみだ。

 彼らの戦意はこっちよりも高いかもしれない。

 彼らの願いは、俺たち同様、チルドレンが無事でいられる事だ。その為のバックアップは任せて欲しい。

 だから・・・・・」

加持は言葉を切ると、子供たちを見渡し、シンジで視線を留めた。

「必ず、生きて帰ってくるように!」

これは、ネルフ職員の願い。

マスコミから『鬼』と言われた、ここに残るネルフ幹部の願いだった。


 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「アスカはさ、この戦いが終わったら、どうするの?」

最終ミーティングの後、チルドレン専用として与えられた待機室でシンジは言った。

先ほど、他の3人はどこかへ出かけて行ったので、二人っきりだったのだった。

「え?」

突然話を振られて、アスカは言葉に詰まった。

「だから、今後のこと。」

「・・・・・・・・・考えた事・・・・・、無かった・・・・わ・・・・・・」

アンタはどうなのよ?と、アスカは視線で問いかける。

「僕も・・・・・・・・・ 僕も、考えた事、無かったんだ。」

でも・・・・・・・・と続けるシンジの顔に浮かんだ微笑に、コイツ、こんなにキレイに笑ったっけ?などとアスカは考えてしまった。

「ヒカリちゃんに、言われてさ。」

「ヒカリに?」

「そう。」

「で?決まったの?」

「ん~~~、ネルフを離れられないのは決定事項だろうから、それを前向きに考えようかな~なんて。」

「アンタに軍人は似合わないわよ?」

「そっちじゃないくて。」

「あぁ・・・・・・・・ つーか、アンタ、すでにそうじゃん。」

知ってるんだから、とアスカは続ける。

「アスカは?ドイツに帰る?」

「う~ん、どうしよかな?」

そこで、シンジは思い出した。アスカはドイツにいる義理の母親とあまりいい関係でなかった事を。

「ここに残ればいいんじゃない?」

「え?」

「ここに居ればいいと思うよ。アスカがそうしたいのなら。」

「・・・・・・・・・アンタはどう思う?」

「僕?僕はアスカが残ってくれたらうれしいよ。」

シンジの笑顔にアスカは自分の頬が赤くなるのを感じ、視線と話を逸らした。

「ファーストは何だって?」

「あ・・・・・・聞いた事無いや・・・・」

考え込むシンジを、クスクスと笑いながらアスカは見た。

「聞かなくっても、解ってるんじゃない?」

「え?」

素で不思議そうな顔をするシンジに、アスカがお決まりのセリフを言う。

「アンタ、バカぁ?」

むくれるシンジに、アスカはため息をひとつ。

「・・・・・・本当に、バカね・・・・・」

なんともいいがたい空気の中に3人は帰ってきた。

「どうしたの?」

ティーポットとカップを持って来たカヲルがテーブルの上にそれを置いた。

「う~~んとね。」

シンジが説明をすると、カヲルはクスクスと笑う。

「それは、惣流さんが正しいと思うけど?」

「・・・・・・そうなの?」

これが、シンジ君の長所であり短所なんだよね・・・・とカヲルが考えていると声がかかった。

「お茶が入ったわ。食べましょう。」

 

 

手作りのクッキーとミルクティでお茶が始まった。

「これ、手作りなの?」

とアスカが聞いた。

「うん。予め生地だけ作って冷凍しといたんだ。」

アオイの答えに、レイも微笑む。

「あんた達、マメよね・・・・・」

言葉の割にアスカはうれしそうだった。

「美味しい?」

アオイがカヲルに聞いた。

「美味しいよ。」

笑顔で答えるカヲルを見ながらアスカは言った。

「アオイ、アンタは短大でも卒業したら、渚にもらってもらいなさい。」

料理は得意なんだし、家事だって得意なんだから・・・・などとアスカは考えていた。

アスカにとっては先ほどの話を引きずっているのだが、アオイは話の展開についていけない。

「え?」

「その性格じゃ、就職は無理でしょ・・・・・」

「う~~~・・・・・」

反論しようとしてはみるが、反論できないアオイである。

「いいんじゃない?」

レイもにっこりと笑う。

「そうよ。チルドレンはエリートと言われる部類に入るんだし、このまま行ったら、ネルフの幹部候補よ?」

「え!!!そうなの?」

アスカに反応したのは、シンジだった。

「・・・・・・・・本当に、馬鹿ね・・・・・」

ため息混じりなアスカに変わって、レイが答えた。

「碇君。ふつうに考えたら、そうなる。」

「・・・・・・・知らなかった・・・・・・」

突っ込みどころ満載なシンジである。

「じゃぁ、シンジ君が指令で、僕が副指令なんてどう?」

「そこ!!!勝手に決めない!!」

アスカの突込みがはいる。

「総司令はアタシよ。ア ・ タ ・ シ!!」

「惣流さんには無理。」

「ぬぁんですって!!!」

みんなで笑った。

今が、この時が楽しければいい。

そう思った。

僕たちがクッキーをつまみながらお茶を飲んでいると、放送が入った。

 


――チルドレンはゲージにで待機――

 

始まる!

シンジは隣に座るレイに

「行ってくるね。」

と立ち上がった。

それにつられて、レイも立ち上がった。

「碇君・・・・・」

「大丈夫。」

そう言ってシンジは微笑った。

      「僕は君を人間にしてあげたいんだ。」

シンジはレイにしか聞こえないような小さな声で言った。

そして、そのままシンジは歩き出す。

「碇君!!」

取り残されたレイに、シンジは振り返って手を振った。


シンジとカヲルが部屋を出て行った。

アスカもその後を追うようにして、部屋を出た。

 


控え室に残ったのは、レイとアオイのふたりになった。

 

 

「アオイ・・・・・・」

レイがアオイを見た。

「どうしたの?」

悲しそうなレイの顔を見ると、アオイまで悲しくなった。

「・・・・・・ゴメンナンサイ・・・・・・・」

レイはアオイの所まで来ると、アオイに抱きついた。

アオイの体が震えた。が、それ以上に震えるレイの体をアオイは抱きしめた。

「お兄ちゃんに何か言われた?」

アオイの問いかけに、レイは答えられなかった。

だから、代わりに首を振った。

 

ただ・・・・・・哀しいかった。

   君を人間にしてあげたいんだ

その言葉が哀しかった。

それは、違うのに・・・・・・・レイは思う。

 

私が人間になりたかったのは、碇君に知られたくなかったから。

知られて、嫌われたくなかったから。

だからなのに・・・・・・・

 

彼の一途な気持ちが痛かった。

 

    ・・・・・・・泣いてしまったら楽になる?

 

でもそれは出来ない。ここに、それを知る人はいないのだ。

「僕が言うのも何だけど・・・・・お兄ちゃん、鈍感だから・・・・・何かした?」

シンジであり、シンジでないアオイは、シンジとは違う匂いがした。

でも、暖かさは変わらない・・・・・・

「何も・・・・・・・」

レイは感情を殺してそう言った。

こんな時まで・・・・こんな時だからこそ、泣いてはいけない。

レイは自分がポーカーフェイスである事に感謝したいと思った。

「そっか・・・・・・」

「もう少しだけ・・・・・こうしててもいい?」

レイの問いかけに、アオイはうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


戦いの火蓋が切って落とされた。


否、すでに前哨戦として、各支部がMAGIにハッキングを仕掛けてきていたのだ。

それを、プロテクトをはってしのぎ、逆にシンジたちが作った《蒼~SOU~》を使って、外部の別回線からリツコ謹製のウイルスを送りつけた。今頃、支部は大変な事になっているだろう。

 

でも、それは、自業自得である。

 


未だにゼーレのメンバーの身柄拘束の報は無い。

が、各支部のMAGIがウイルスに侵された今、機械に頼る彼らの体がどうなっているのかは不明だった。

 

 

 


「シンジ君、渚君、N2爆雷が来る。ここを護ってくれ。」

加持からの指示が飛ぶ。

「「了解!」」

「エヴァンゲリオン初号機、弐号機、発進!」

2機は地上へ射出された。

「ねぁ・・・・カヲル君。」

弐号機との直接回線を開いて、シンジは言った。

「重力も遮断したら、エヴァって空、飛べる?」

実にのんきに聞いてくる。

「飛ぶのは無理だろうけど・・・・・・・空中で停止する事は可能だろうね。」

カヲルの方ものんきに答えていた。

「そっか・・・・・ じゃ、やってみる。」

シンジは上空にATフィールドを張り、飛び乗った。

これを繰り返すと、かなり上空まで行く事が出来る。

それを見ながら、カヲルは「ズルい!!」と思った。

僕も、これが無ければ行くのに・・・・・・

アンビリカルケーブルの存在が、少しだけ恨めしいと思うカヲルだった。

 

 

    こんなモンか・・・・・・

 

シンジは、カヲルに話しかけた。

「カヲル君、僕、ここでN2を受けるから。取りこぼしは、お願いね。」

「解ったよ、シンジ君。

 僕は第3を囲うようにするよ。ついでに、シンジ君も拒んどくから、上に乗るといいよ。」

「何それ。」

シンジは拗ねたように言った。

それが、何だかおかしくてカヲルはクスクスと笑った。それに反応して、シンジも笑った。

 

 

 

 

 

「後、120秒で到達予定です。」

発令所からの声に緊張が走る。


ATフィールド、全開!!


彼らの張ったATフィールドに、発令所の面々は驚きを隠せなかった。

「スゴイ・・・・・」

アスカの呟きに、リツコが答える。

「確かにすごいわね・・・・・・」

「アタシには出来ないわ・・・・残念ながら。」

素直に『負け』を認める事が出来るようになったアスカにうれしさを感じるリツコだった。

「得意分野が違うのね。機動性は、アスカが一番だと思うけど?」

「そうかな?」

「少なくとも、私はそう思うわ。」

「ありがと。」

笑顔で感謝の言葉をリツコに言うアスカは、確かに変わったのだ。

 

 

 

 

モニターに映る、彼らは、先ほどからN2爆雷をものともしていなかった。

カヲルの張ったATフィールドの上で、シンジは鉢状にATフィールドを張り、爆風は上空へ逃がす。

前回の使徒戦の応用とも言える。

 

大きく張ったカヲルのATフィールドもかなり強固なもので、第3新東京市に加持の指示によって配置された国連軍は全く被害を受けていなかったのだ。


「シンジ君ね、碇指令に言われたそうよ。
『死にたくなかったら、勉強しろ。』 って。」

「指令・・・・・父親にって事?」

「そうよ。だから、頑張ってたでしょ、彼。」

「そうね・・・・・・」

前回の使徒との戦いは、映像とリツコの解説付でだいぶ経ってから見た。

その時よりも確実に彼らは進歩している。

 

加持も加持で、「エヴァの事は素人だから」と彼らの進言を聞き入れ、バックアップに徹するつもりらしい。

 

「相性がいいのね。」

リツコが言う。

「自分に何が出来きて、相手に何が出来るのか。それを解っているんでしょね。」

 

    そうかもしれない・・・・・・。

 

アスカは思う。

 

アタシはひとりで突っ走る事しか考えてなかった・・・・・・

こんな、相手を信頼して戦う事なんて、思いつかなかった・・・・・

 

地上では、N2爆雷が一区切りついたらしい。

シンジはカヲルのATフィールドから飛び降り、キレイに着地をしていた。

 

 

「次!量産機が来るぞ!!先頭の1機を打ち落としたら、後は近づけないようにしろ!」

加持が、国連軍の方にも指示を出す。

それに呼応して、部隊が展開する。

発令所にも緊張が走った。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

煙幕を張る。

今回、新しく採用してもらった武器の中のひとつであった。

一瞬でも、相手の視界を奪うことが出来れば、勝機はある。

カヲルは止めを刺した。

「後、五つ!」

そう言った時、弐号機のアンビリカブケーブルは切られた。

 

    油断したか!?

 

カヲルは舌打ちをすると、シンジへの直接回線を開いた。

「シンジ君、ケーブルを切られた。例の作戦、いくよ!」

「解った!!」

シンジの返事を聞くと、カヲルは量産機と戦いながら、射出口へと向かう。初号機も、それに習う。

が、そう簡単にはいく訳は無かった。

5対2である。

相手は機械の為、全く疲労を見せない。そればかりではなく、進化している様な気さえするのだ。

 

 

 

アダムの分身たるエヴァ四号機。
僕の声が聞こえるかい!

 

 

カヲルは時空を彷徨う四号機を探す。

微かに見つけた反応。

 

 


アダムの分身たるエヴァ四号機。

僕の声が聞こえるかい!

僕は最後のシ者であり、アダムと魂を分かつ者。

今、君の力が必要なんだ!

答えてくれ!!

 

 

 

盛大に煙幕を張った。

と同時に、ディラックの海を開く。

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

カヲルは感謝の言葉と共に、四号機を取り出した。

 

 

 

 

今度は初号機が、煙幕を張る。

総てを覆い隠すように。

初号機はATフィールドでエヴァ3体を包むと右手を高く掲げた。

シンジは願う。

 

ロンギヌスの槍よ。僕の元へ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

煙が晴れると、そこには白銀の四号機と、槍を携えた初号機の姿があった。

「弐号機、戻して!!」

四号機からのカヲルの声にオペレーターが末端を叩く。

これは、前もってユイから聞かされていた。

もしかしたら、数多くエヴァが集まる事によって、四号機が現れるかもしれない・・・・・と。

 

そして、それが現実となったのだ。

 


弐号機が戻された。

 

発令所の視線がアスカに集まる。

アスカは自分が震えだしたのを感じた。

 

    怖い。死にたくない。覚悟がつかない。

 

でも、アタシは弐号機のパイロットなのだ。

アスカは言葉を発しようと大きく息を吸った。

しかし、それをさえぎったのは、悲痛なレイの声だった。

「私に行かせてください!!」

みなの視線がレイに集まった。

「お願いです。私に行かせてください!!」

泣き出さんばかりのレイに、かけられる言葉は無い。弐号機は基本的にアスカの専用機であるのだから。

「惣流さん・・・・・・お願い・・・・・」

レイの瞳から涙がこぼれた。

 

ファーストのどこにこんな感情があったのだろう?

 

アスカは呆然とレイを見ていた。

先ほどまで震えていた体は、恐怖よりも興味が勝ったらしい。

「ファースト・・・・・・・どうして・・・?・・・・・」

「私も・・・・・・・・ 私も、一緒に・・・・・・いたいから・・・・・・・」

「え?」

「私も、連れてって・・・・欲しいから。置いて行かれたく、無いから。」

「ファースト・・・・」

「お願い・・・・・・・・・」

アスカは眉をひそめた。

レイに摑まれた腕が痛い所為じゃない。レイの一途な想いが痛かった。

答えられない。

『YES』とは言えない。かと言って『NO』とも言えない。


「レイ、弐号機に乗れ。起動できたら出してやる。」

その言葉に。レイは顔を上げた。

「碇指令・・・・・・・」

「ただし、起動できたらだぞ。」

言葉はぶっきらぼうだが、声音は優しかった。

「はい!!」

にわかに発令所が忙しくなった。

 

 

 

 

 

 


「ありったけのライフルを用意しろ!」

加持からの指示が飛ぶ。

レイの特性の的確に捉えた指示だった。

「レイちゃん、用意はいいかい?」

「はい。」

「弐号機は兵装ビルの陰から援護に徹しろ。無理には戦わなくてもいい。

 必ず帰って来いよ。」

加持の言葉にレイがうなずいた。

「弐号機、発進!!」

加持の声と共に弐号機は射出された。


レイは加持の指示通り、兵装ビルの陰から、援護を開始した。

 


「あ・・・綾波ィ?」

シンジは、アスカではありえない弐号機の戦いぶりに驚きを隠せなかった。

「碇君、指令が許可してくれたの。」

そう言いながらも、綾波は確実に量産機の足を止める。

「父さんが?」

量産機のロンギヌスの槍のレプリカをオリジナルで叩き落しながらシンジは言った。

「そう。」

レイは弾薬の切れたライフルを量産機に投げつけながら返事をした。

 

 


「量産機、来るぞ!近づけるな!!」

加持の指示が飛ぶ。

新たな量産機がついに来てしまった。

未だに、最初の9機のうちの5機しか倒していない。

致命傷を負わせることが出来ないのだ。

 


量産機は進化している。

 


確実に動きの良くなって行く量産貴に対して、こちら側は疲労を隠せない。


「カヲル君、綾波と僕でこっちは何とかするから・・・・・来るのをお願い。」

「大丈夫?」

「それより・・・・進化しちゃう前に!」

「解った。」

今度はカヲルが加持に指示を出した。

「量産機、1機づつ落としてください。」

 

 

 

 

 

 

 

    疲れた・・・・・・

 

シンジはためき息をついた。

肺に残った空気が泡になる。

 

    一息をつく間もなく戦う事がこんなに大変だったなんて・・・・

    改めて解った所で、現状は変わらないんだ。

 

そう思った。

 

シンクロ率が上がっていくのが自分でも解った。

過剰シンクロについては、嫌と言うほど、リツコさんに説明された。

400%を超えたらエヴァに取り込まれる事と、100%を超えたらフィードバックが『感じる』だけでなくなってしまう事。


    でも、それでも・・・・・・・


シンジには進化している量産機に対応するすべが他には見つからなかったのだ。


視界の隅に四号機が入った。

今まで、無意識に戦っていた事をシンジは実感した。

 

    綾波は!?

 

シンジがそう思った瞬間、四号機の右足にロンギヌスの槍のレプリカが突き刺さった。

「カヲル君!!」

「大丈夫!」

カヲルはそう言うと、左手で量産機を引き寄せると、ATフィールドをまとった右手を量産機の胸に突き刺す。

コアを握りつぶされた量産機はそのまま崩れ落ちた。

四号機は太ももにあたる部分に突き刺さった槍を引き抜くと、それを手に再び、量産機に向かって行った。

 

    綾波は!?

 

シンジは再び、レイを探す。

 

そういえば、先ほどから弐号機からの援護は無い。

 

視界に捕らえたのは、傷付いた弐号機だった。アンビリカルケーブルも切られている。

 

「綾波ィ!!」

シンジは、自分の感情が爆発したような気がした。

考える間も無く、レイのいる方向へ向かって大きく跳んだ。

 

着地する瞬間を狙われたら、避けられない。

シンジは体をひねって避ける事をあきらめ、足で受け流そうとした。

しかし、初号機の足に槍が突き刺さった。

そのまま、動く事の出来なくなった量産機のコアを槍で貫く。


「フィードバック、切らないで!!」

シンジが叫んだ。

末端を叩く手が止まる。マヤはリツコを見た。

「切らずに、1桁落として」

リツコは指示を出した。

 

 

 

 

     疲れで、意識が朦朧としてきている。

 

 

 

さっきから、無意識に戦っている気がシンジはしてきていた。

だから、この、痛みだけが、ここと繋がっているような気がするのだ。

 

「綾波、乗って!!」

シンジは弐号機に初号機を近づけた。そして、ATフィールドで2機を包む。

 

ロンギヌスの槍はATフィールドを貫く。

それは、レプリカでも同じだ。この瞬間を狙われたら、ひとたまりも無い。

 

それでも、ひどく傷付いた弐号機に残すよりはいいだろうとシンジは思った。

 

シンクロを切らずにプラグを半分だけ出した。

弐号機に手を差し出す。

レイがそこに乗ったのを確認し、初号機のプラグに入りやすい位置に持ってくる。

「碇君。」

ひどく青ざめたレイが初号機に乗り込んできた。

「綾波、大丈夫?」

顔は正面に向けたまま、シンジが聞く。戦いは続いているのだ。


ジンジはATフィールドを消すと、量産機に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

接近戦になると、思うように援護も出来ない。

弾薬もそろそろ底をつく。

随分と前から、援護する事もままならぬまま、発令所の人たちはエヴァが戦う所を見ているだけだった。

4対2

もしくは、2対1の戦いであった。

致命傷を与える事が出来ずに、時間ばかりが過ぎていった。

 

疲れを知らない量産機に対し、初号機と四号機には生身の人間が乗っているのだ。


そろそろ気力、体力共に限界は超えているであろう。

 


エヴァは大丈夫だ。

S2機関が搭載されているのだから、一振りで復活できる。

 

 

しかし、チルドレンは?

 

彼らは大丈夫なのだろうか?

 

 


心配でも、何も出来ないこの状況に発令所の空気は重たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

    もう・・・・・・・限界だ・・・・・・

 

シンジは思った。

 

    もう、体力も気力も残っていない。

    戦っても、戦っても、致命傷を負わせる事が出来ない。

 

 

    もう、これしか残っていない・・・・・・・

 

 


「ゴメン、綾波。」

「どうしたの?」

「とにかく、ゴメン。」

 

シンジは意を決した。

 

 

 

 

 

 

「カヲル君!!!お願い!」

 

 

 

 

 

「シンジ君?」

 

 

 

「お願いだよ!約束したでしょ!?」

 

 

 

 「・・・・・・・・・解った・・・・・・・・」

 

 

 

 

カヲルのシンクロ率が上昇する。

 

 

 

 

 


そして、カヲルは巨大なATフィールドを展開した。

 

 

 

 


シンジに頼まれたように、量産機と初号機を包むように。

 

 

 

 

 

 

「シンジ!!!」

発令所にいるユイが叫んだ。

彼女はシンジが何をしようとしたのかが解ったらしい。

そして・・・・・隣にいるゲンドウの手をとると、手袋を取った。

「・・・・・・・・・・ないの・・・・・・ね・・・・」

アダムは昨日のうちに、カヲルの手によって取り払われていたのだった。

その場に崩れ落ちそうになるユイをゲンドウが支える。

「見ててやれ。シンジの気持ちだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

カヲルのATフィールドと初号機のATフィールドの中で、シンジはレイとふたりだった。

 

エントリープラグの中でふたりだった。

 

外からは何も聞こえなかった。

 

「ゴメン、綾波。」

「何を謝るの?」

「君を巻き込んでしまって・・・・・」

「・・・・・・・・・・いい」

レイはシンジに抱きついた。

「置いていかれる方が哀しいわ。」

「ありがとう。」

シンジはレイを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は君を幸せにしたかったんだ。僕は君を人間にしてあげたかったんだ。

 

 

 


そして、みんなで幸せになりたかったんだ。

 

 

 

 

だから、みんな、幸せに!

 

 

 

 

 

 

シンジはロンギヌスの槍をコアに突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ATフィールドが震えた。

 

押さえきれない爆風が、空に舞い上がる。

 

 

そしてそれは、キラキラとして降りそそがれた。


「暖かい。」

 

そう思った。

 


そして・・・・・・・・・

 


みんな幸せに・・・・・・・・

 

 

 

シンジの声がしたような気がした。

 

 


ユイは立っている事が出来ずに、その場にぐずれ落ちた。


「シンジ・・・・・・・」


「ママ・・・・・大丈夫?」

泣きじゃくるユイをアオイが抱きしめた。

「大丈夫、お兄ちゃんが守ってくれるから。」

そう言うアオイを今度はゲンドウがユイごと抱きしめた。

「・・・・・・そうだな・・・・・・」

そう言ったゲンドウの手は微かに震えていた。

 

初: 2009.07.14(オヤジの青春)

2009.12.03  改定

 

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