07  沈黙の螺旋

注:セカンドインパクトについて、不適切な表現があります。

  R15指定にはなると思います。

納得の上、お進み下さい。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

    自分だけを見て欲しい。  


この感情が『人を好きになる』事なら、アタシはジンジを好きだったのかもしれない。

でも・・・・・よく解らなかった。

 

一緒に・・・・・・、家族みたいに過ごてたから。

 


例えそれが他人が見れば、『家族ごっこ』としか言えないようなものでも、アタシは確かに、あの時、幸せだったのだ、と思う。

 

だから、その幸せを奪うものが許せなかったのかもしれない。

 

だから、シンジを自分だけのものにしたかったのかもしれない。

 

 

わがままを言って、シンジがそこにいる事を確認する。

アタシを見ている事を確認する。

 


それが、どんなにひどい事だったのか、最近になって気付いた。

 

 

 

                   ありがとう、ヒカリ。

 

 

 

アタシ、自分の気持ちに気付く事が出来たみたい。

 

 

 

 


シンジを『異性』として好きになる。

 

 

それよりも、もっと、幼い感情・・・・・・・・・

 

 大切なおもちゃを取られたような・・・・・・

 

大切な母親をとられたような・・・・・・・・・

 

 


アタシは、精神的に子供だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

沈黙の螺旋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今後のことを考えると、このままでないにしろ、ネルフは存続を希望します。」

国連との非公式な会談でユイは言った。

ゲンドウが動けば、嗅ぎ付けられる恐れがある。

第一、いつ非常事態宣言が出されるのか解らない今、ゲンドウは本部を離れる事は出来ないのだ。

そこで、必然、ノーマークであり、実質ネルフのNO.2であるユイか向かうことになる。

 

「ゼーレの量産機を始末すれば終わりじゃないのか?」

会談の相手が問う。

「まだ、最後の使徒が現れておりません。」

「どう云う意味だ?」

「死海文書に記載されている使徒が、現れていないのです。」

「死海文書?」

「老人たちのバイブルです。

 私も何度かは見たことがありますが、資料としては手元にはありません。」

「・・・・・・そんなものがあるのか?」

「はい。 それが発見され、解読されることによって、この計画が実行されました。

 アダムの事も、リリスの事も、そこに記載されています。」

ユイは言葉を切り、会談の相手を見る。

「そして・・・・使徒の事も。」

「なんだって!!」

相手の顔色が変わった。

「その解読をする事が最初の仕事だったと言っても過言ではないでしょう。」

「資料は無いのか?」

再び問う。

「残念ながら・・・・・・ 記憶はありますが、記録はありません。」

「そうか・・・・・」

会談の相手は考え込むように言った。

「大まかなものは・・・・・このディスクに入っております。あくまでも、『記憶』を頼りにしたものですが・・・・」

そう言って、ユイは1枚のディスクを手渡した。

「これが・・・・・・」

「総てはここから始まったのです。」

「そうか・・・・・」

「今後について、問題は山済みです。

 大きな問題は、ゼーレにどう対応するのか?」

「そうだな・・・・・」

「そして・・・・最後の使徒。」

 

ユイはあくまでも白を切り通すつもりだった。

「その件は、ネルフに任せるしかあるまい。

 ゼーレについては・・・・・難しいな。」

苦渋を隠さずに、会談の相手は言った。

「解っております。」

「だが、出来るだけ、力は削いでしまいたい。」

「出来るだけの協力はいたします。」

「使徒が存在する以上、ネルフの存在は重要だな。」

「そう言っていただけると、ありがたいです。」

「ただ・・・・・」

「ただ?」

「今までの様にはいかないだろうな。」

「解っております。」

「では、今後の事なのだが・・・・」

細かい話が終わったのは、それから2時間以上もたった後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水面下で物事は進んでいる。

 

日本政府との駆け引きも、国連との駆け引きも。

 

日本政府とは、友好的な関係を築けたのではないかとユイは思う。

加持が橋渡し役として、ネルフに戻った事が何よりの証拠であろう。

 

政府とのホットラインもある。

 

前回に比べたら、比較になんてなりはしない。

 

A-801が発令されないだけで、どれだけの違いがあるのか?

 

そんな事、考えてみるまでもない。

だからこそ思う。

 

 

    ゼーレはどこまで知っているのだろうか?

 

不安が無い訳じゃない。

が、確信がもてない以上、それは、想像でしかないのだ。

 

   ま、ネルフが裏切ったのは流石に気付いたわよね。

 

ユイはカヲルを思い浮かべながら、考えていた。


実はゲンドウとカヲルはゼーレからの呼び出しを全く無視していたのだった。


ネルフが裏切り、最後のシ者が裏切り・・・・・・

それでも、ゼーレはシナリオを進めるのだろうか?

 

 


不気味な静けさの中、確実に時間だけが過ぎていく。

 

ユイは出来るだけの事を、子供たちにしてあげたいと思っていた。

自己満足かもしれない。それは解っている。

それでも、これまで頑張ってきた子供たちが、少しでも楽しく暮らせるようにしたかったのだ。

そして・・・・・・・子供たちは平和に過ごしていた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

あの後、トウジの碇家への居候が決定した。

 

 

退院はしたものの完璧ではないトウジの現状と、警護の関係と、ユイのおせっかいからである。

トウジの父親は仕事が忙しく、家に帰れない日の方が多いと言う状況と、妹が第二新東京に転院しそれに祖父がついていった所為でもある。

 

 

 

そして、人数の増えた碇家の朝は騒々しい。

 

 

「お兄ちゃん!ご飯出来た。」

ユイだけでなく、シンジもレイも忙しくなった今、ほとんどの家事をアオイがこなしていた。

MAGIのミニチュアの製作が大詰めになっている所為だった。

深夜まで帰って来ない事や、泊まり込む事さえあったのだ。

それでも誰かしら――それがシンジであったりレイであったり、カヲルだったりもした――が家に居られるようにはした。今度はそれに、トウジが加わる。

「あぁ・・・・・・おはよぉ・・・・・」

日付が変わってから帰ってきたのであろうシンジは、まだ、半分寝ている状態だった。

「お兄ちゃん、寝癖ついてる!!」

テーブルの上に、味噌汁と置きながらアオイが言った。

「・・・・・・・・うん。

 ・・・・・・・あれ・・・?・・・・綾波は?」

「レイちゃんなら、ネルフへ行った。」

あぁ・・・そう・・・・・などと、聞いているんだか聞いていないんだか、曖昧な返事を返すシンジにアオイがキレそうになる。

「もう、しっかりして!!鈴原君だって居るんだよ!」

先ほどからトウジが静かなのは、目の前に出される朝食に感動していたからである。

「シンジ、おはようさん」

自分の名前を言われて、あわてて挨拶をした。

「うん。おはようお・・・・・」

そこに、玄関のチャイムが鳴る。

「先に食べてて」

そういい残して、アオイは玄関に向かう。

 

   この状態で食える訳無いやんけ・・・・・・

 

トウジは悲しそうに、アオイを見送った。

 

「おはよう・・・・・って、シンジ君寝てるし・・・・・」

「あぁ・・・渚、おはようさん。」

「鈴原君、おはよう。」

「お兄ちゃん!!ここで寝ないで!!」

「ええやん。寝かしといたろ。」

もう、トウジは待ちきれなかった。

 

 

 


朝食後、みなで揃っての登校となった。

相変わらずに、アオイの保護者役に徹するカヲルは放っておいて、シンジはトウジに話しかけた。

「ゴメン、昨日は寝られた?」

夜中に帰って来てゴソゴソとしていた事を言っているのだろうか?

現在、トウジはシンジの部屋に居候中なのである。

「そんなん、大丈夫や。

 ・・・・・・・・それよりシンジ、自分の方こそ大丈夫なんか?」

「それは、大丈夫。 学校で寝るから。」

それはちゃうやろ、と突っ込みたくはなったが、ここ2~3日のシンジを見ていたら、言えなかった。

 

 

とにかく、彼らは忙しい。

 

3人の内、誰か一人を残してネルフへ向かっていた。帰りは深夜。

残った一人も、時間を見つけてはパソコンに向き合っていたのだった。

「後少しで終わるんだ。」

何が?とは聞かない。

それは、守秘義務のある事を知っているトウジの優しさなのかもしれない。

「ほうか・・・・・・」

「そしたらさ、ゲーセン行こうよ。」

エヴァに乗ってしまったトウジからしたら、ゲーセンのゲームは昔ほどの興奮を感じなくなっていた。それでも、そう言ってくれるシンジに彼はうれしさを感じていた。

「そやな・・・・・」

にっこりと無防備に笑うシンジをまぶしく感じたトウジは視線をそらした。


・・・・と、そこには見慣れた人影。


「鈴原!」

登校中のトウジを見付けたヒカリが小走りにやってきた。

「おう、ヒカリ。おはようさん。」

「あ・・・・・おはよう。 珍しいね、制服。」

ヒカリ、と呼ばれ彼女は若干ほほを赤らめた。

「制服はな、ユイさんからのプレゼントなんや。着ないわけにはいかへん。」

「そうなの?」

「そや。 制服はの、シャツのアイロンがけが、面倒くそうてな。」

「確かにそうよね。」

じゃぁ、私がしてあげようか?

と言いたくてもヒカリは言えずにいた。

「そう言っとたらな、アオイが・・・・」

「アオイ?」

この単語がヒカリのアンテナに引っかかる。

「あぁ・・・・スマン、スマン・・・・ あそこだとみんな『アオイ。アオイ』言うてんて。移ってもうたがな・・・・・」

 

   え~と、碇サンか?アオイさん?・・・・ちゃうな。

   やっぱ、アオイちゃんやろか・・・・・・・

 

ブツブツと言うトウジにシンジが助け舟を出す。

「ゴメンね、洞木さん。アオイ、最近になって名前が変わったから・・・・・・

 だから、『アオイ』って呼ばれるのが一番楽なんだ。」

「え!?」

呆然とするヒカリに、シンジは続けた。

「何なら、僕の事、『シンジ』って呼んでもいいし・・・」

微妙にズレたシンジの発言である。ヒカリは話の展開について行けずに黙り込んだ。

それを他所に、トウジがいたずらを思いついた子供のような顔で振り返った。

「渚!!」

そこには少し遅れて歩く、アオイとカヲルが居た。

体が小さい所為か、どうしても遅れがちになってしまうアオイの手を、カヲルは引っ張るようにして歩いていた。

「何?鈴原君。」

「わし、アオイの事、アオイって呼ぶよって、お前はヒカリん事、ヒカリって呼べばええ。」

シンジ、お前もな、と続けるトウジにシンジは笑顔を返す。

そして、何の事だか解らないカヲルを他所に、話が進む。

「じゃぁ、綾波は? 『レイ』って呼ぶ?」

シンジの問いに、トウジは小難しそうな顔を作った。

「綾波は綾波やろ。第一、自分、そう呼んどらんやないかい。」

「そうか・・・・・・」

そう言いながら、仲間はずれにされたと、綾波がすねないかな?などとシンジは考えていた。

「まずは、シンジが綾波を『レイ』って呼ぶ事やな」

本人不在で話は進む。

「だって・・・・・・・・・・ 綾波は綾波でしょ?」

情けなさそうに言うシンジをトウジは笑い飛ばす。

そんなトウジの顔を見て、ヒカリはこれでいいのかもしれない、と思った。

何だか楽しそうだし。

「あ・・・そうだ、ヒカリちゃん?」

「何?い・・・・じゃなかった、シンジくん。」

「後、2~3日もしたら、今している仕事が終わるんだ。

 そうしたら、みんなでバーベキューでもしようよ。」

『仕事』と言う言葉にヒカリは引っかかりを感じたが、それはトウジによって吹き飛ばされる。

「ええな~。で、ドコでするんや?」

「ウチのルーフバルコニー。」

「え?出来るの?」

「うん。母さんがずっと、したがってた。」

「そっかぁ・・・・・・ 楽しそうね。」

 

 

 

そして、それは・・・・・・ユイやリツコ、ゲンドウを初めオペレーターや加持まで巻き込んでの大バーベキュー大会と化したのだが・・・・それは、後の話。

 

 

 

 

「あ、ヒカリちゃん。アスカにも言っておいてね。」

ニッコリと笑うシンジにヒカリはうなずいた。

「そうね。言っておくわ」

このまま、使徒なんて来なければいい。

ヒカリは思った。

このまま、みんなで楽しいままで・・・・・・

そう思わずにはいられなかった。


だが、最終決戦へのカウントダウンは確実に始まっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「君はどうしたい?」

休暇という名の謹慎の後、ミサトは司令室に来ていた。

「選択肢は3つ。作戦課に戻るか、他の部署に行くか、辞めるかだ。」

ゲンドウは続けた。これは、休暇に入る前に与えられた選択肢。

作戦課に戻る・・・・しかし『長』としてではない。

それを彼女が受け入れる事が出来るかどうかだった。

「・・・・・・・・辞表を用意しました。」

ミサトは用意した辞表を手渡した。

「そうか。 では、これは預かっておく。」

ゲンドウは渡された封筒を受け取ると続けた。

「では、執務室に後任を行かせる。 1週間を目安に引継ぎを完了するように。

 それから、今住んでいる所は1ヶ月を目安に退去するように。」

「了解しました。」

あくまでも、事務的に話は終わった。

ミサトは自分の執務室――もうすぐ過去形になるのだが――に向かった。


執務室に着くと、ミサトはリツコから借り受けた過去の使徒戦のメモリーディスクをかばんから取り出した。

これを改めて見たら、自分がどれだけ無能だったのか、解った気がしたのだ。

 

     私は何もしていなかった・・・・・

 

反省と言うよりは後悔に近い感情しか今は無い。

 

確かに、作戦成功率がコンマ以下なんで、『死ね』と言ってるいる様なモンよね。

何のフォローも無しに戦場に放り出した。

自分の事しか考えていなかった。

ユイさんの言うように、エヴァの力を過信していた。

 

 

本当に、心からそう思った。

 

     あたしは何がしたかったのだろう?

 

ミサトは考える。

 

   父の仇?

   自分の幸せを奪った使徒への仇?

 

何時もここで思考は停止する。

これ以上は、考えられない。否、考えたくない。

本能が拒否をするのだ。

 

 

    あたし、何も出来なかったよ・・・・・・・

    ゴメン、加持君・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室に現れた加持の胸倉をミサトはつかんだ。

「ア、アンタ今まで何してたのよ!!」

そんなミサトに加持は平然とし、同行していた日向の方があわてた。

「葛城さん、止めてください。彼は日本政府からの監査員でもあるんですよ。」

あくまでも、冷静に言う日向に過去の面影は無い。

「そう言う事だ。 この手、離してくれないか?」

変わらずに飄々とした加持をにらみつけると、ミサトは手を離した。

「一時的にだが、作戦課の責任者を任されたんだ。彼は、副官として俺の補佐をする。

 だから、する事早く済ませて、飲みにでも行こう。」

 

 

その言葉通りに、仕事は定時で終わらせ、加持のマンションに向かった。

セキュリティーの確りとした、高級マンション。

「あぁ・・・ここは政府の借り上げだ。」

上の階にはリッちゃんもユイさんもいるぞ、と続く。

部屋に着くと、加持はキッチンへ消え、リビングに取り残されたミサトはソファに腰を下ろした。

手持ち無沙汰に、テーブルの上にあるリモコンでテレビをつける。

 

 

     こんな時でも、世界は変わらずに回っている。

 


これは、休暇という名の謹慎中から思っていた事だった。

当たり前の事である。こんな事を今更感じるとは、彼女は自分中心に世界が回っていると思っていたのだろうか?

だが、それは、ある意味正しい。

彼女は『仕方が無い』を隠れ蓑とし、現実を見ようとはしていなかったのだから。

 

 


「待たせたな。」

そう言って、つまみの皿とビールを1缶、テーブルに置いた。

350mlの缶のビールをあけ、一気に飲み干す。

これは、体が覚えた感覚。

異常だと称される彼女の飲み方だった。

 

だが、異常だと称されるのはそれだけでは無い。

彼女も味覚もまた、異常なのであった。


続いて加持は彼が作ったと思われる炒め物の皿と、取り皿をと箸を持ってきた。

「ねえ、加持。なんか、こう・・・・胡椒だとがタバスコだとか・・・無い?」

「あるけど、出さんぞ。お前、自分の味覚が異常だって気付いてないのか?」

「へ?」

ミサトはキョトンとした顔で加持を見た。

「無自覚かよ。」

「だって、シンちゃんは何も言わなかったわよ?」

「アスカは言ってただろ。第一、シンジ君はそんな事言うよな子じゃないだろ?」

「・・・・・・・・・・・」

「都合が悪くなるとだんまりか?言っておくが、お前の味覚は異常だ。」

それだけ言うと加持はビールを取りにキッチンへ行った。

しぶしぶとミサトは料理に手を出す。

 

    味覚がおかしいなんて、言われて無いわよ。

 

そう思った瞬間、ミサトは思い出した。

前は散々リツコに注意されてた事を。

 

    何時ごろから言われなくなったんだろう?

 

そう思ったら、背筋に悪寒が走った。


加持がビールと乾き物を持って戻ってきた。

「どうした?」

先ほどよりも青ざめたミサトに声をかける。

「なんでもない・・・・・・・」

「そうか。」

そう言って、加持はミサトにビールを手渡すと、自分の分のプルを引き上げた。

「お前の分はそれで終わりな。」

「え~~!!」

不満げににらむミサトを加持ははなで哂う。

「お前、飲み過ぎだ。自覚しろ!」

珍しく厳しい口調の加持にミサトがたじろぐ。

「お前は無自覚すぎなんだよ。ガキじゃないんだろ?」

 

    そう、こいつは何時までたっても、ガキなんだ。大人になんてなりゃしねえ。

 

加持は心の中でため息をついた。

 

俺たちの世代は少なくとも、セカンドインパクトの苦渋を知っている。生きて行く苦しさを知っている。

だがこいつはゼーレをいう籠の中でぬくぬくと暮らしてた。

 

「何よ、その言い方。」

その、微妙に甘えを含んだ言い方に加持は憤りを感じた。

「お前、最悪。」

「あんですってぇ!!」

一発点火かい・・・・加持は突っ込みたいのをかろうじてこらえた。

「お前、さ・・・・」

加持はタバコに火をつけると、ため息と共に煙を吐き出した。

「自覚が無さ過ぎるんだよ。なんにしてもな。」

「・・・・・・・・」

「黙り込むって事は、自覚あるのかい?」

「・・・・・・・・リツコに言われたわ・・・・・・・」

「言われただけだろ?」

「それは・・・・・・・・・」

「自覚があったらしないよな。あんな事。」

ミサトは目をそむけた。加持の視線がミサトに突き刺さる。

「お前はさ、逃げてるんだよ、現実から。」

彼は苛立たしげにタバコをもみ消すと、新しいタバコに火をつけた。

「いい加減、解れ。エヴァに深く関わった人間は、汚れてるんだ。」

「そんな事・・・・・無い・・・」

「あぁ?お前、子供を戦場に送り出してただろ?」

「だって、あれは・・・・・・それしか方法が無かったから。」

「ふうん、それで?」

加持の視線の冷たさに、ミサトの背筋が凍った。

「だって・・・・仕方ないじゃない。それしか方法が無かったんだから。」

「仕方ないか・・・・・・ステキな言葉だな。」

見下すような微笑とゾッとする程冷たい瞳。今までこんな加持をミサトは見たことが無かった。

でも、これは、彼の仕事中の顔。

それだけは、解った。

「で?何時まで被害者ズラしてんの?南極調査隊、唯一の生き残り、葛城ミサトさんは。」

「!!!!!」

ミサトは激しい怒りを感じた。

 

コイツ、何が言いたい?あの地獄を見ていないくせに、何を言いたいんだ!と。

 

「南極調査隊の生き残りだって?地獄を見たって?

 そんなの、一瞬だろ?

 その後の方が、地獄だったんだよ。親を亡くした俺たちにとってはな。」

「地獄?南極以上の地獄なんて何処にあるのよ!?」

彼女は加持をにらみつける。が、それは長くは続かなかった。

「お前さ、何考えてっか知らんけどな、こっちは、こっちですげえ被害あだったんだぞ?

 まさか、知らないのか?」

「・・・・・・・・・・」

答えられないミサトに、加持のイライラがつのる。

「知らなかったのかよ・・・・・・」

加持の冷たい視線がミサトに突き刺さる。

「お前ってさ、本当に最悪。」

 

知らない。そんなの、知らない・・・・・

そんなの、知りたくない。

 

   南極調査隊の唯一の生き残り

 

 

ただ、これだけを盾に生きていたミサトだったのだ。

そんなミサトを無視して、加持は話を進める。

「地震で倒壊した家に家族を残して・・・・・・・まだ生きているかもしれない家族を残してさ、津波が来るからって避難しなければいけなかったヤツの気持ち、解るか?

 自分が生き残る為に、家族を見殺しにしなければいけなかったヤツの気持ちが解るか?」

 

 

    そんなの、知らない・・・・・・・

 

ミサトは、耳を塞ぎたかった。

「目の前で、親が、兄弟が、友達が、津波にのみ込まれていくんだぞ?

 それが地獄じゃなくて何なんだよ?」

耳を塞ごうとするミサトを、加持は力ずくで阻止する。

「地獄の後にも、地獄は続くんだよ。」

加持の声は至って冷静だった。故に、余計にすざまじさを感じさせる。

「逃げたら逃げたで、けが人が死んでくんだ。

 医者なんていない、薬も無い、手当てをしたくても出来ないんだぞ?

 何とかしたくても、何も出来ない。自分の無力さを呪うだけしか出来ないんだぞ?」

うなだれるミサトをよそに、加持は話を続けた。

「寝床どころか、食料すら・・・飲み水にすら事欠く状況で、中途半端に大きい子供の俺たちには救いの手はほとんど差し伸べられていないんだよ。

 女はな、体を売って食料に換えてたさ。 だが、食料をもらえればめっもの。もらえない事だってあったんだ。

 でもな、男である俺たちはな、そういう訳にも行かなかった。

 大人の中では力負けしてしまう状況で、それでも俺たちは生きてきたんだよ。」

「あ・・・・あたしは・・・・」

反論しようとするミサトの声には力が無い。

「お前、食べ物で苦労した事、無いだろ?

 たった、1個のパンの為に命が失われるなんて、知らないだろ?」

ミサトは愕然としていた。

そんな事の為に、命が失われるなんて、今まで知らなかった。

自分の殻に閉じこもっている間、世の中では何があったのか、彼女は知らない。否、知ろうとはしなかった。

誰も話す事は無かったし――正確には、知っているだろうと思っていたし、話したくなかった、思い出したくも無かったのだが――、あえて調べもしなかった。

彼女が世の中を知ったのは、復興が始まって、だいぶたってからなのである。


「お前はさ、自分を『苦労した人間』だとか、『地獄を見た人間』だとか思ってるみたいだけど・・・・・・

 俺たちの世代には、そんな人間、腐るほど居る。それが当たり前なんだよ。

 お前だけじゃないんだよ。」

「加持君・・・・あたし・・・・」

「お前もリッちゃんも、本当に苦労なんて、してはしないんだよ。

 ま、リッちゃんは自覚してるがな。」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「もっと、現実を見ろよ。仕方が無いを隠れ蓑にするなよ。」

「でも・・・・・・」

「お前はな、誰かの庇護が無いと無理なんだよ。ガキだからな。

 ネルフではずっと、リッちゃんがかばってくれてたろ?

 

 で、どうだい?

 

 リッちゃんがお前のフォローをやめた途端、お前は周りと上手くいかなくなった。

 どうせ無自覚なんだろ?誰かがフォローしてくれて当たり前なんだろ?

 最低だよな。」

ミサトはうなだれるしかなかった。

「今の家、出なくちゃならないんだろ?だったら、俺んトコ来ればいい。」

「加持君?」

「ただし、条件があるぞ。」

加持はニヤッと笑った。それは、いかにも彼らしい笑顔で、ミサトは少しだけ安心した。

「まず、家事をキチンとする事。それから、酒を飲まない事。でもって、俺の仕事に口出ししない事。

 最後に、自分が何をしてきたのか考えろ。」

「加持君・・・・・」


「葛城、お前がさ、使徒からの・・・・・セカンドインパクトからの呪縛が消えたらさ・・・・・・・・」

加持は立ち上がってファに座るミサトの隣に座り、抱き寄せた。

「ん・・・・・・何?」

「そうしたら・・・・・・・・・・結婚しよう。」


恋人たちの夜は、これからなのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

おかしい・・・・

昨日まで普通に存在していたサイトが無くなっている。

 

ケンスケは思った。

実はケンスケ、ユイの頼みでアンダーグラウンドのサイトにエヴァの、使徒の情報を流していた。

そして、それは、確実に効果を出していた。

第三新東京市に住む人がどれだけの不安を抱えていたのかが知れよう。

そして、意外にも、戦自や国連軍の兵士からの反応があった。彼らは、何も知らされていない。何も知らされずに戦っていた。故に情報に飢えていたのだった。


ネルフは使徒による、サードインパクトを防いでいる。


この事がここでは当然のこととして認識されていた。

第三新東京市に住む人、国連軍や戦自の兵士からの書き込みは、疑いようも無い真実であったからだ。

が、あくまでも ここでは である。

他の国の人々や、日本に住んでいても違う地域の人々は全くといっていい程、知らない。

一部の人間を除いて、全く興味を持っていない。否、知らない。知るすべが無いのだ。

しかし、表立っての行動は、報道管制もあり出来ないでいた。

 

    そろそろ、表に出るか・・・・・

 

などと考えていた矢先の出来事に、ケンスケは苛立ちと焦燥を感じた。ケンスケに不安が無いわけではない。

 

   でも、命がけで戦い続ける親友がいる。

   そして、戦いで足を失った親友はそれでも又、戦う事を選んだのだ。

 

そんな彼らを身近に感じていたケンスケからしたら、自分が無力ではなく、親友の為に何か出来る事がうれしかった。


そんな彼の為に用意されたパソコンはMAGIで守られ、逆探知されないような仕組みをとっていた。

そして、彼にハッキングをかけようとした人については、逆にネルフの方からの洗い出しが始まっていた。ある意味、罠を張ったのである。

 

それが、どれほどの情報をもたらしたのか?

 

その事を、彼は知らない。


だが、これを、ネルフに関わる人間では出来ない。

「私たちには出来ない事だから・・・・」

とユイは彼に言った。

エヴァと係わりの無い人だから出来る事。

 

    だから俺もがんばるよ。

 

ケンスケは今日もパソコンに向かった。

 


    さて、計画を実行しようか。

 

彼は、あちこちにメールを出し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネット上で、ネルフとエヴァと使徒の事が暴露された。


出所はケンスケだった。

 

 

第三新東京以外に住む人にとっては、青天の霹靂である。

 

そして丁度、年度の替わる時期と相まって、第3新東京市からの転出が増加した。

 

元々、ここに残っていたのはネルフの関係者であり、関係者の子供であった。

セカンドインパクトの関係で、親戚関係が極端に少なくなっていた為、子供を預ける先が見つからずあきらめていた人たちは、職を辞して、疎開した。

それを、ネルフ側は暖かく送り出した。

それが、今、出来ることであったから。

 

そんな中で行われた卒業式は閑散としてた。

彼らは、チルドレンを見つけると、口々に感謝と励ましを言って去っていった。

 

 

 


そして、彼らは、中学の最終学年となる。

 

 

 

 

 


終業式が終わって数日後、ユイの誕生日パーティーを名目とした、バーベキューが行われた。

これが名目上でしかない事を、大人は理解していた。


水面下で動いていた事が、表面化してきている。


これは、戦いが始まる印。


大人は子供たちが楽しく暮らせる事を望んだ。

望むだけでなく、実行する。

 

 

少しでも、この一時の平穏が長く続くように。

 

 

量産機が攻めてこない事を祈りながら。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 


ついに、第三新東京市に避難警告が発令された。

 

第三新東京市からの退去勧告である。


今回は、『ネルフ』からでなく、『日本政府』からだった。

これにより、ネルフの職員の避難も始まった。

 

極一部の職員を除いて、下位の職員は避難する事が決まっている。

 

が、ここで、問題が発生する。

 

職員の多くが、避難をしたがらなかったのだった。


主に、チルドレンと直接接する人だった。

彼らからしたら、子供を残して自分だけが避難をする事は出来かねたのだった。

作戦課やゲージで働く人が主であった。

ユイやゲンドウ、シンジをはじめとするチルドレンまでもが説得にあたった。

その中にはトウジの父親もいた。

「鈴原さん。」

そう呼ばれた人は振り返った。

何度と無く見かけたその顔は、言われてみれば、よく似ていた。今まで気付かなかったのが不思議なくらいだった。

「はじめまして・・・・・ですよね。」

「あぁ・・・・君は・・・・」

向けられた笑顔はとても温かかった。

「いつもありがとうございました。」

頭を下げるシンジに「仕事だからね」と返す。

鈴原は主に初号機の整備を担当していた。

「僕はずっと、あなたにお詫びがしたかったんです。」

その視線はまっすぐに鈴原に注がれる。

「トウジの事、妹さんのナツミさんの事、本当に申し訳なかったと思ってます。」

「君の・・・・・・ 君の所為じゃない。」

あきらめたのとは違う、受け入れた様な彼に、シンジの方が驚いていた。

「それでも・・・・・・です。」

そんなシンジに、鈴原の方も驚いていた。

 

彼は何時からこんなに強くなったのだろう?指令補佐が帰ってきた辺りからか・・・・・

 

「そうか・・・・・・ ありがとう。」

自然と感謝の言葉が出た。

 

    ありがとう。

    私たち無力な大人の代わりに戦ってくれてありがとう。

    君の所為じゃないのに謝ってくれてありがとう。

 

鈴原は、そんな彼と自分の息子が親友といわれる事が誇らしかった。

「いえ・・・・・。それより鈴原さん、あなたは避難して下さい。」

「え?」

「ここは大丈夫です。僕が必ず、護りますから。

 だから・・・・・だから、あなたはナツミちゃんの所に居てあげてください。」

「シンジ君・・・・・・」

「トウジの事も僕が必ず護ります。」

 

    今度こそ!!

 

彼の瞳の中にある決意に、鈴原はうなずいた。

「分かった。」

その言葉を聞くと、シンジは笑顔で鈴原に別れを告げた。

「じゃ、僕は行きます。」

そう言って立ち去る背中は、自分と肩を並べつつある息子よりもはるかに小さいもので・・・・・・

その小さな背中に掛かるであろう重圧に、彼は心が痛んだ。

「生きて帰ってきてくれよ。」

かれは、そう祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 


着々と、準備が進められる。

 

多数のエヴァで攻め込まれる以上、できるだけ1対1の戦いになるように支援をしなければならない。

可能な限りの弾薬が、兵装ビルに配置される。

そして、これを動かすオペレーター達も、緊張を隠せずにミーティングを重ねる。

S2機関の搭載されたエヴァは、確実に倒していかないと、復活してしまうからだった。

 

今回、起動可能な本部のエヴァは2機。

予想される量産機の数は、9機。

 

1機当たり、4~5機の計算になる。

それを確実にコアを壊していく・・・・・・

簡単そうでいた、中々難しい。


どう、国連軍と提携できるかも、鍵を握る。

 


「国連軍には、状況を説明して、逃げたい奴は逃がしてやるさ。」

加持の言葉に、隣にいた日向は苦笑する。

「だって、そうだろ?」

変わらす飄々とする加持に、日向は安心する。

「そうですね。」

「ここだって、志願者しか残っていない。」

否、志願した者でも残っていない人も多数であった。

必要最低限の人数しかいなくなったネルフは、閑散としていたのだった。

 

閑散としたネルフに、子供たちの笑い声が響く。

 

これから戦わねばいけない子供たちの笑い声。

大人はやるせない気持ちになりながらも、その光景を微笑ましく見ていた。

 

 

 

 

葛城は避難させた。相応の金も持たせたので大丈夫であろう。

問題は・・・・・アスカか。

 

はしゃぐ子供たちの中にアスカがいない事を確認した加持は、少しだけ眉間にしわをよせた。

だが、子供たちを前にした加持は、変わらずに飄々としたいつもの加持であった。

そして、これが加持の出来る優しさでもあった。

「よう!元気そうだな。」

「あ!加持さん!!」

振り返る子供たち。

シンジの顔が赤いのは、からかわれていた所為であった。

「加持さん、シンジの奴、綾波にプレゼントしたんですわ。あれ!」

トウジはレイの胸元を指差した。

レイの胸元には蒼い石のネックレス。

 

    あれはサファイアか?いや、違うなアクアマリンだな。

 

加持の観察眼は鋭い。

 

 

    あの大きさなら、値段もいいはずだ。

    シンジ君も張り込んだなぁ・・・・・・

 

と思った瞬間、いやな汗が背中を伝う。

 

    もしかして・・・・・

 

平然とした顔のまま、加持はシンジの様子を伺う。

 

    シンジ君、君は、もしかして・・・・・・・・

 

「トウジだって、洞木さんにプレゼントしたじゃないかっっっ。」

憮然としたシンジの声に、加持は現実に引き戻された。

「わしは、入院中に世話になったお礼や。そないな高いモンは買てへん。」

「それを言うならカヲル君だってアオイに買ってあげてたじゃないかっっっ!」

「だって、それは・・・・・レイちゃんと、洞木さんが貰ってるのにアオイに何も無かったら可哀想じゃない?」

「そないな問題、ちゃうやろ・・・・・・」

「そう?好きな女の子の喜ぶ顔が見れるって、うれしくない?」

その言葉を聞いて、ボンとアオイの顔が赤くなる。

「そうやのうて・・・・・」

何か言いたげなトウジを制するように、ジンジはカヲルの肩を叩く。

「え?何?」

どうやらカヲルも天然らしい。と言うより、日本人の感覚とは違う、欧米系の体質なのかもしれない。

頭を抱えるシンジとトウジをよそに加持はクックと笑った。

「なんかおごってやるよ。いいモン見せてくれたお礼にな。

 ・・・・・っても、自販機のジュースくらいだな。」

口々に礼を言いつつ加持の後ろをついて来る子供たち。

「あ、そうだ、鈴原君。リッちゃんが呼んでたぞ。」

この言葉で、ジンジは理解した。これから、トウジのオペがある事を。

 

エヴァに乗ることによって得られたデータを元にこれからトウジの足の再生手術が行われるのだ。

内々に国連や政府と取引をしているとはいえ、ネルフの今後が不透明である以上、今、ここでしなければならない。

「あぁ・・・そんなに急がなくてもいいって。ジュースくらい飲んでけ。

 俺が引き止めたと言えばリッちゃんも怒らないぞ。」

だって、俺は政府のお偉いさんだからな・・・・とおどける加持に、子供たちの笑みがこぼれる。

 

 

    葛城、俺たちは無力だな。

    それでも、出来るだけの事はするさ。

 

日に日に壊れていくミサトを思い浮かべながら加持は思った。

 

    子供たちも頑張っている。

    だから、お前も頑張らなければいけないんだ。

 

 


他愛ない会話を楽しみながら、この時間が続く事を加持は祈らずにはいられなかった。

 

初: 2009.07.10 (オヤジの青春)

2009.12.03 改定


 

 

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