季節の無いこの街で

「シンジ!!」

ユイはサルベージされたシンジに抱きついた。

「ごめんね・・・・ごめんなさい。」

ユイは泣き出していた。

「母さん・・・・・」

「みんなで、幸せになりましょう。」

そう言ってユイは彼女から離れた。

 

彼女が視線を上げると、そこにはゲンドウが立っていた。

「シンジ、すまなかった。」

「父さん・・・・・」

ゲンドウは彼女を抱きしめた。

あまりの行動に、彼女はびっくりしたのだったが、そこの場所の心地よさに、安心感に涙が止まらなかった。

ゲンドウが彼女の背中をさする。

「名前を考えた。

 ユイとふたりで考えたんだ。」

そう言って、言葉を切る。

彼女が視線を上げた。

 

「お前の名前は『アオイ』

 碇アオイだ。これからは碇アオイとして生きていって欲しい」

 

 

 

 

 

季節の無いこの街で

 

 

 

 

 

 

昼近くになって、かつてシンジであった少女――アオイ――は目が覚めた。

 

   ここは?

 

思考が空転する。

あまりにも色々な事がありすぎて、考えがまとまらなかった。

 

   あぁ・・・・・サルベージされたんだっけ、僕。

 

ふと、自分か着ているパジャマに目がいった。

「女の子になったんだっけ、僕・・・・・」

ピンクのやけにかわいいパジャマだった。

ユイが用意したのだろうか?

アオイが寝ていた部屋も、女の子らしいかわいい感じであった。

 

   起きよう。

 

アオイはベットから降りると、クローゼットを開けた。

「うわっっつ!!!」

中にあったのは、ピンクやらフリルやらレースやら・・・・やたらとかわいい服。

 

   僕にこれを着ろって言うの?

 

アオイはなみだ目だった。

 

 

「アオイ!!」

しばしの間の後、ドアが勢いよく開いてシンジが飛び込んできた。

 

「お・・・・・お兄ちゃん・・・・・?」

アオイはなみだ目のまま振り返った。

「だ・・・大丈夫?」

 

   泣いてるよ~~~

   泣いちゃってるよ~~~

   僕が泣いちゃってる。

 

シンジはあわてていた。

「・・・・・・・・・・」

さらにアオイの目に涙が浮かび・・・こぼれた。

「ど・・・どうしたの?」

シンジの問いに、アオイはクローゼットを指差した。

シンジは近づいてクローゼットの中を見た。

 

   ・・・・・・・・・母さん、あなたって人は・・・・・・・・・・

 

シンジは頭を抱えた。

 

「僕の服、着る?」

コクンとうなずくアオイの手を引いて、シンジはリビングに来た。

ジンジの部屋は、リビングを通り抜けたところにある。

元々はゲストルームであった所を個室として利用している。だから、ベットは2つあり、リツコの帰りが遅い時など、カヲルが泊り込んだりしていた。

 

「おはよう、アオイさん。」

レイがにっこりと声をかける。

「あ・・・・綾波・・・・・」

レイの変化にアオイは戸惑っていた。

「レイって呼んで。

 同性になった事だし、仲良くしましょう。」

「う・・・・・うん。

 レイ・・・さん?」

「レイ、でいいわ。

 私もアオイって呼んでいい?」

コクン。

音がしそうな程、アオイはうなずいた。

 

   ここは暖かい。

 

そう思ったら、涙が出そうだった。

 

母さんがいて、お兄ちゃんがいて、レイがいて・・・・父さんもいる。

かつて、アオイが望んでいたものがここにはあった。

 

「アオイ、こっち!」

部屋に入るとカヲルがベットで雑誌をめくっていた。

「おはよう、アオイさん、よく寝られた?」

向けられたカヲルの笑顔に、アオイはドキッとした。随分とキレイな顔だったから。

 

「・・・え・・・・っと・・・・」

「カヲルだよ。」

「カヲル君?」

「そう。よろしく頼むよ。」

「こちらこそ・・・・・・・」

「アオイ! ここに入ってるから。」

シンジは、クローゼットを指差した。

アオイはそこに向かう途中、すっと立ちあげった――着替えるなら部屋を出ようとした――カヲルの手がアオイの手にぶつかった。

 

ビク!!!


とアオイは震えた。

「一時的接触を極端に避けるね、君は・・・・怖いのかい?人と触れ合うのが。」

 

   え?

 

 

とアオイはカヲルの顔を見た。

 

赤い瞳に映る自分がアオイはヤケに恥ずかしく感じ、視線を逸らした。

 

「他人を知らなければ裏切られる事も、互いに傷つく事も無い。

 でも、寂しさを忘れる事もないよ。

 人間は寂しさを永久に無くす事は出来ない、人は一人だからね。

 ただ・・・忘れる事が出来るから人は生きていけるのさ。」

 

   ・・・・・・そうかも知れない・・・・

 

アオイはそう思った。

「常に人間は心に痛みを感じている。心が痛がりだから生きるのも辛いと感じる。

 ガラスのように繊細だね。君の心は。」

カヲルは言葉を切ると、アオイに視線を合わせ、にっこりと微笑んだ。
 
「好意に値するよ。」

「・・・・・・・・好意?」

「好き・・・・ってことさ。」

カヲルがそう言うと、アオイは頬を赤らめた。

「・・・・・・・・カヲル君・・・・・・・」

なんだか、面白くないとシンジは思った。

「何?シンジ君?」

シンジはカヲルを促して部屋を出て、ドアを閉めた。

「あの言葉、僕にも言ったよね?」

「うん。」

「・・・・・・・・・・・・」

「だって、アオイさんも、シンジ君だろ?」

確かにその通りなのだが・・・・・

口説いているようにしか思えないのは何故?

「あ・・・・母さんに電話しなくちゃ・・・・」

シンジは明らかに話をそらした。

 

 

 

 

 


部屋から出てきたアオイは、半べそ状態だった。

着換える時に見てしまった、自分のうっすらと膨らんだバスト。

そして、足りないふくらみ。

 

   ・・・・・・・・トイレ、どうしたらいい?

 

不安を隠さずに着替えると、かつて、自分が着ていたはずの服が大きいのだ。

 

   ・・・・・・・・本当に女の子になちゃったんだ・・・・・・・

 

改めてそう感じると、涙が出た。

 

でも、それは、悲しいだけの涙ではない。

 

   だって、ここは、暖かい。

 


かつての所の様なとげとげしさは無く、皆が自分を受け入れてくれる。

ありのままの自分を受け入れてくれる。

そして彼女は思い出した。かつての自分の想いを


  そうなんだ、僕は必要とされたかったんだ!


   それだけの為に、エヴァに乗った。

   それだけの為に、理不尽に思っても家事をし続けた。

 

じゃぁ、ここでは?

 


不安を隠せずにリビングに戻ると、テーブルの上には4人分のお茶が用意されていた。

「ゴメン、もうじきお昼だから。

 母さんが外で食べようって。」

おなか空いてた?と聞いてくるシンジに、アオイは首を振った。

 

   あぁ・・・この人は僕なんだ。

 

アオイは改めて思った。

僕が何を望んでいたのかを知っている。

 

   だから・・・・・・・・安心していいの?

 

すがる様なアオイの視線に気付いたカヲルが、隣のシンジを肘で突付く。

その仕草に気付いたレイが口を挟んだ。

「お茶、飲みましょう。」

促されるように座って、アオイはお茶を飲んだ。

 

 

言葉は無いけれど、時間は穏やかに流れていった。

 

   なんだか、安心する。

 

アオイはそう感じた。

僕はここにいてもいいのかも知れない。

そう思ったら、自分が女の子になった事も、些細な気がしたアオイだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

アスカはカーテンを引いた部屋――かつては、ヒカリの姉の部屋だった――の中で、ひざを抱えて座っていた。


どこへ行っても、何をしてても、思い出す。

 

「弐号機、シンクロ率、起動指数を割っています!」

「餌食にされるわ!戻して!!」

 

マヤとミサトの声。

 

   ついに、動かなくなっちゃった・・・・・・

 

もう、涙も出てこない。

アスカは膝を抱えたまま、動かなかった。

 

   アタシ、要らない人間なのかなぁ・・・・・

 

そう思うと、体が震えた。

耳を塞いでも聞こえる、マヤとミサトの声。

 

   アタシ・・・・・・・どうしたらいい?

   弐号機はアイツの方が巧く扱えるし・・・・・

 

 

 

 

アスカはゲージでの事を思い出した。

 

 

 


「惣流さん、大丈夫?」

半ばエントリープラグから無理やり出されたアスカにカヲルは言った。

その声をアスカは呆然と聞いた。

周りは忙しなく、あちこちから大きな声がした。

「大丈夫、後は僕に任せて。」

笑顔でそう言ってカヲルは弐号機に乗り込んだ。

その姿をなすすべも無く、アスカは見送り、その場に座り込んだ。

 

 

「零号機、ATフィールドを反転しました!

 一気に侵食されます!!」

マヤの声がスピーカーから聞こえた。

「綾波ィィィ!!!」

今度はシンジだ。

モニターは無く、声だけが聞こえる。

「綾波、今、助けるから!」

「ダメ!! 来ないでぇ!!」

あの状態で、ファーストが言ったの?

あの、使徒に侵食された状態で?

アスカは思った。

「大丈夫、僕は君を助けるから!」

「ダメ! 来てはダメ!」

本当にファーストはシンジを守りたいんだ・・・・・

この間のやり取りとアスカは思い出す。

 

きっと、今のファーストならシンジを守るためなら死んじゃうかも知れない・・・・

『死』というものはこんなに近くにあったんだ。。。。。

 

そう思うと体が震えた。


「このままじゃ、コアが持ちません!!」

悲鳴のようなマヤの声が、再び響いた。

「レイ!!零号機を捨てて逃げて!!!」

ミサトの声がした。

「ダメ・・・・・・・ 私がいなくなったらATフィールドは消えてしまう。

 だから・・・・ダメ。」

「レイちゃん!」

「エントリープラグの強制射出!!」

「ダメです!!反応しません!」

「そんな・・・・・・・」

「シンジ、ATフィールド全開でプラグを引っ張り出して!!」

 

耳を塞いでも、聞こえる声。

 

上はどうなっているのだろう?

 

そう思っても、アスカは動くことが出来なかった。

 

「レイちゃん、ダメだよ。」

カヲルの声がした。

 

弐号機・・・・・出たんだ・・・・・・・

ついにアタシ、いらなくなっちゃったんだ・・・・・

 

そう思うと、涙があふれた。

 

「コアが臨界点を突破します!!!」

マヤの声がして、爆発音が聞こえた。

 

 

 

もしかして・・・・・・・ファースト?

 

 

 

もうここにはいたくなかった。

こんな所にはいたくなかった。

 

   何も見たくない!!

   何も聞きたくない!!

 

アスカはフラフラとゲージを後にした。

 

 


 

 

 

 

 

 

学校から帰ってきたヒカリが見たのは真っ暗な部屋の中でひざを抱えたアスカだった。

「アスカ・・・?」

警報が鳴ったのは、3日前。

 

   その間、アスカはどこに行っていたのだろう?

 

そう思いながらも、様子のおかしいアスカにヒカリは普通に接する事にした。

「アスカ、おかえり。」

アスカに反応は無い。

「アタシ、いらなくなっちゃったんだ・・・・」

アスカはぽつんと言った。

「え?アスカ?」

「アタシ・・・・・・捨てられちゃうのかな・・・・・」

「そんな事無いわよ。」

「だって、ミサトの所、追い出されたんでしょ?」

「違うわ。」

「シンジもアタシを置いてったし・・・・」

「違うわ。」

「シンジはアタシの事が嫌いなのよ!!」

「違うわ。」

「シンジはアタシを置いて出て行ったのよ!」

「違うわ!」

「シンジはアタシの事、嫌いになったのよ!!」

アスカの身勝手さに、ヒカリは無性に腹が立った。

 

   今まで何をしてきたのかと。

 

連絡もなしに、帰ってこないアスカを私たちがどれだけ心配したのかを問い詰めたかった。

そして、シンジと同居していた時に、あなたは何をしていたのかと問い詰めたかった。

あれだけの事をして、それでも許されていたのに、今さら何を言っているのだと問い詰めたかった。

 

「それは、違うわ!!」

「え?」

今までに無いヒカリの口調にアスカは顔を上げた。

「碇君はアスカを嫌いになってなんていない。碇君はアスカを置いていってなんていない。

 拒んだのは、アスカ、あなたでしょ!!」

自分に向けられた『怒り』の感情に、アスカは震えた。

「碇君は何度も何度も、あなたに手を差し伸べようとしていたわ。

 その度に、アスカが拒んだんでしょ!!」

 

   そんな事・・・・・   そんなこと無い!!!!

 

アスカは両手で耳を塞いだ。

その手をヒカリが引き剥がす。

「アスカ、聞いて!

 拒んでいるのはアスカなのよ。

 勝手に自分の殻に閉じこもって、周りを見ようともしない。」

両手をつかまれて、アスカは首を振る。

「他人を知ろうとしない。他人を解ろうとしない。」

アスカはただ首を振った。

「自分を解ってくれない? 笑わせないで!

 自分から何もしなければ、他の人は解ってなんてくれないのよ。」

「そんな・・・・・・・」

「他の人を解ろうとしなければ、他の人は解ってなんてくれないのよ。」

「でも・・・・・」

「ねぇ・・・アスカ。

 アスカは何も話してくれないじゃない。」

「・・・・・・・・え・・・・・?」

「アスカ・・・・・何も話してくれないじゃない。」

返す言葉がアスカには無かった。

「アスカ、言葉で伝える事が難しいなら、態度で示すことだって出来る。

 でも、アスカはそれもしないよね?」

呆然とアスカはヒカリの言葉を聴いた。

「綾波さん、今回も、命がけで碇君や・・・みんなを守ったんだってね。」

爆発の音が、アスカの耳に甦る。

「自爆しようとして・・・・・・碇君に助けられたって。

 綾波さん、言ってたわ。」

「・・・・・・ファースト・・・・・生きてる・・・・の?」

「何言ってるのよ。 今日、学校に来てたわよ。」

「生きてるんだ・・・・・」

ほっとした反面、アスカの心の中にどす黒い感情が浮かんだ。

「変わらずに仲良かったわよ、あのふたりは。」

「・・・・・そう・・・・なんだ・・・」

このどす黒い感情は何だろう?

アスカは思った。

 

   嫉妬?

 

それは違う。あたしはシンジを好きじゃない。

 

そんなアスカを見て、ヒカリはアスカに問いかけた。

「ねぇ・・・・アスカ。

 アスカは碇君の事、好きなの?」

「キライよ!あんなヤツ。」

アスカはそっぽを向いた。

「ねぇ・・・アスカ。

 自分に嘘をついてはいけないと思う。」

「キライよ!あんなヤツ!」

「そっか・・・・・・・

 私は、アスカは碇君の事、好きだと思ってたわ。」

まっすぐに見つめるヒカリの視線に、アスカは負けそうになった。

「好きだから、振り回してると思ってた。

 好きだから、自分を見て欲しいと思ってた。

 好きだから、碇君が家を出た事に過剰に反応しているんだと思ってた。」

「違う!!!」

「違うの?」

ヒカリの視線に負け、アスカは目をそらす。

「違うわよ!!」

言葉では否定しても、それはヒカリには通じていない。

「アスカはさ、碇君に、自分だけを見て欲しかったんだよね。」

「・・・・・・・・・・・・・」

言葉にならなかった。

「ただ・・・アスカの事だけ、考えてて欲しかったんだよね。」

アスカの返事を待たずに、ヒカリは続ける。

「だから、わがままを言ってたの?」

「だから、家事を全てさせてたの?」

「だから、碇君を振り回してたの?」

畳み掛けるように続けるヒカリに、アスカは言葉が無かった。

「でもね、アスカ・・・・・」

ヒカリは優しい笑顔でアスカを見た。

「自分だけを見てて欲しい・・・・・

 私はそれが、 好き って事だと思う。」
 
「・・・・違う・・・・・ 
違う!!」

アスカは首を振る。

「碇君頑張ってたでしょ?

 あんなに頑張ってたじゃない。」

「全部アタシのものになんないんだったら、あんなヤツ、いらない!!」

アスカは盛大に泣き出した。

 

   いつもなら、ここでヒカリが折れる。

 

そんな計算がアスカに無かった訳じゃない。

が、今回、ヒカリは折れなかった。

「アスカ、いい加減にして!!

 自分がどれだけ身勝手な事言ってるか解かんないの!?」

「ヒカ・・・・リ・・・?」

 

    ヒカリが泣いている・・・・・

 

アスカは呆然とその姿を見た。

「アスカは依存する事しか頭に無いの?」

 

   依存?

 

考えてもみなかたった言葉にアスカは愕然とした。

「依存?

 アタシがあの、馬鹿シンジに依存してたって言うの?

 ふざけないでよ!!

 アタシが何時、そんな事したって言うのよ!!」

「違うの?」

「当たり前でしょ!!!」

「アスカは、何も解っていない・・・・・」

悲しそうにヒカリは笑った。

「だって・・・・アスカはいつも、いっつも、自分ばっかり。

 アタシはかわいそうなの。 アタシは傷ついてるの。 アタシはがんばってるの。

 ・・・・・・・・・だから、何?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「みんながんばってるし、みんな傷ついてるわ。

 そんな事も解んないの?」

ヒカリはトウジとシンジを思った。

「碇君から聞いたわ。 綾波さんは、自分が不幸だって事も知らずに育ったって。

 それに・・・・・・ 世界中にはアスカより不幸な子供だっていっぱいいるわ。

 それでもあなたは自分だけかわいそうな子だって言うの?

 悲劇のヒロインにでもなったつもりなの!?」

アスカの脳裏に、フィフスの顔が浮かんだ。

 

   同じ事、言われた。。。。。

 

そう思ったら、やけにおかしかった。

あいつ、意外といいヤツなのかも知れない。

 

「・・・・・・そう・・・・かも・・・・・しれない。」

 

アスカはクスっと笑った。

「アスカ・・・?」

不思議そうな顔でヒカリがアスカを見る。

 

    あ、今アタシ、笑ってた。

 

そう思うと、アスカは少しだけ自分が元気になったような気がした。

「ヒカリ、ありがと。 アタシは大丈夫。」

考えなければいけない事は、山ほどある。

自分の事、シンジの事、エヴァの事。

 

   でも、大丈夫。

   アタシ、笑えたから。

 

笑うことすら忘れていた自分に気付いたから・・・・・

 

 

だから・・・・・

「ヒカリ、ありがと。」

そう言ったアスカは、久々に彼女らしい笑顔であった。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

シンジはレイやカヲルと共に、アオイを連れて学校に向かった。

「アオイ、大丈夫かな・・・・」

教室で、シンジはつぶやいた。

アオイは職員室である。

「オイ!シンジ。 『アオイ』って誰だよ。」

耳聡いケンスケである。特に女の子の名前は聞き逃さない。

「あぁ・・・・僕の妹。」

そういえば・・・・・・シンジ達が見かけない女の子と登校してきた話は耳にはさんでいた。

 

    でも・・・・『妹?』そんなの聞いていないぞ。

 

ケンスケは嬉々として、シンジを問いただし・・・・・・必要と思われる事を聞き出す事に成功していた。

アオイはシンジの双子の妹で、つい最近存在を知ったとか、その程度であったが・・・・

 

 

 

 

始業のチャイムが鳴り、担任が入ってきた。

「ずいぶんとこの教室も寂しくなりましたが・・・・・・・

 今日は転校生を紹介します。」

担任の先生の言葉に、教室にどよめきが走った。

先ほどのシンジとケンスケの会話を聞いていた為(聞いていなかった生徒には別の生徒が教えていた)、誰であるかは知っている。

知ってはいるが、実物は見ていない。

期待は高まっていた。

「君、入りなさい。」

教師の声がした。

が、アオイはその場から動けなかった。

いきなり女のこになってしまって、スカートなんかはいてる。

恥ずかしさと、居た堪れなさでこの場から逃げ出してしまいたい。

事情を知らない人から見れば、全くの他人なのだが、本人はそういう訳にはいかない。

 

   助けて・・・・・・

 

アオイはそう思わずにはいられなかった。


サルベージされてからのシンジ――今はアオイだが――は、かなり甘やかされていた。

ユイは、今まで出来なかった分を取り戻すかのように甘やかすし、シンジは当然のこと、レイもカヲルも彼女を甘やかした。

そして、ゲンドウまでも、今まで出来なかった分を取り戻すかのようだったのだ。

必然、今までのシンジ――今はアオイだが――とは、だいぶ、性格も違ってきていた。

本来持つ素直さが前面に出てきた形となる。

内罰的な性格は変わらないにしても、素直で控えめな少女になったアオイを皆が好ましく思っていたのだった。

 

 

「君、入りなさい。」

再び担任に促され、アオイは教室に入ってきた。

クラスメイトの反応のよさに、ビクっとアオイの体が震えた。

「碇・・・・・あ・・・・アオイです。」

やっとの思いでそれだけ言うと、アオイはシンジの方を見る。

「え~、彼女は碇君の双子の妹さんだそうだ。 仲良くするように。」

担任はそう言うと、空いている席に座るように言う。

そして・・・・・

真っ赤になってうつむくアオイを見た時、ケンスケは思った。

 

   売れる!!!

 

相変わらず、彼は商売熱心であった。

 

 

 

 

 


休み時間、昼休みと、何人かの男子がアオイに接触を試みて、それをことごとくカヲルがつぶした。

が、彼女はそれを知らない。

現在は屋上にて、お弁当を広げていた。

当然、ユイが作ったものである。

 

朝から、いくつものお弁当箱を並べておかずを詰めるユイを、アオイはうれしそうに見ていたのだった。

そんなアオイをシンジは楽しそうに眺めていた。

 

   ・・・・・・・こんな日常が、うれしい。

 

そう思ったのは、シンジだけでは無いはずである。

そして、あの頃、夢に見たような日常が、ここにはあった。

 

   だから、その日常が、少しでも長く続くように・・・・・・

 

シンジはそう願わずには居られない。

ふと、見るとケンスケがいつものように写真を撮っている。

「ケンスケ、アオイの写真、撮るのはいいけど、売らないでね。」

シンジの言葉に、ケンスケはびくっとし、レイは軽くシンジをにらんだ。

「え・・・・と。綾波のもだよ。」

シンジの言葉に満足したのか、レイもお弁当を食べ始めた。

「なぁ・・・・・シンジ。」

なんとも言いがたい表情でケンスケは言った。

「何?ケンスケ?」

「お前、幸せ者だな」

ケンスケはため息をついた。

 

 

 

 


 

 

 

 


その頃、アスカはネルフに来ていた。

知りたかったのだ。

 

    何を?

 

と聞かれても困ってしまうのだが、とにかく知りたい。

考えなければいけない事は、山ほどある。

ここの所、ずっと、一人で考えていた。

でも、考えはまとまらない。

だから・・・・その為の資料と、手がかりが欲しい。

ここに、それが、在るように思えたのだった。

 

 

「リツコ、いる?」

彼女が選んだのは、ここだった。

 

「あら、アスカ。どうしたの?」

最近はめっきり当たりが柔らかくなったリツコがいた。

そして、リツコの変化をアスカは今、初めて感じた。

「あのさ・・・・・・」

言葉に詰まるアスカを座らせ、コーヒーを差し出す。

「何を知りたいの?」

「・・・・・・・解らない。 でも、知りたい!」

「そう・・・・」

リツコは携帯を手にした。

数コールでつながり、現状を話したの後、回線を切る。

「1時間くらいで新しいIDが発行されるわ。

 場所も提供するから、そこで、好きなだけ調べなさい。」

「ありがとう。」

素直に感謝するアスカに、リツコの方が戸惑った。

「アスカ?」

「何?」

思いつめたような表情が消え、明るいアスカにリツコは話しかけた。

「この間ね、シンジ君にミサトがやり込められたのよ。」

「シンジに?」

「そうよ。」

そして、リツコの話にアスカは愕然とした。

「シンジって・・・・母親がエヴァに取り込まれた所、見てたの?」

「そうらしいわね。」

「そんな・・・・・・・・」

 

   自分は可哀想な子だと思ってた。

   否、自分だけが可哀想な子だと思ってた。

 

訓練もしないで、のうのうと暮らしてたシンジをうらやましいと思っていた。

 

   ・・・・・・・・・・でも、違った。

 

アスカはまたひとつ、考えなければならない事が増えた気がした。

 

   アタシだけが、可哀想だった訳じゃないんだ。

   シンジもファーストも、そうだったんだ。

 

「ねぇ・・・・・アスカ?」

優しく名前を呼ばれ、アスカは視線を上げた。

「ん・・・・・何?」

「自分が不幸だと思ったら、幸せにはなれないわ。」

「・・・・・・・・・・・そうね。」

今なら素直にうなずける。

 

 

 

そして・・・・穏やかに時間は流れる。

 

アスカは、リツコに話した。

くだらないと思える事も、まだまとまってはいない自分の事も、総て、話した。

それをリツコはいやな顔をせずに聞いていた。

ただ、それだけの事が、アスカにはうれしかった。

「ねぇ・・・・リツコ。」

「何?アスカ」

「ありがと。」

そして、アスカは届けられたカードを手に、与えられた部屋で知りたいことを調べ始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユイの元に一通の手紙が届いた。

その辺にあるような、どこにでもある白い封筒。

名前は無い。


中には便箋が一枚。

 

     首尾は上々

     近々報告にあがります。

 

とプリントされていた。

そして、書き足された日付は三日後。

 

って事は・・・・・3日後に何かがあるのね。

彼がやってくるのかしら?

 

ユイは考えた。

彼の事だ、余計な事は書かないだろう。

 

   楽しみね・・・・・

 

ユイはその手紙を楽しげに、引き出しにしまった。

 

 

 

 

 

そして、3日後。彼は政府からの正式な使者として戻ってきた。

 

「出世したのね。」

正式な形で行われた会談の後、加持はリツコの執務室にいた。

「・・・・・・・・・いや。そんなことは無い。」

加持はタバコに火をつけた。

タバコ1本分の空白の後、彼は口を開いた。

「現状を知りたくってね。」

コトンとコーヒーを差し出すと、リツコも座った。

「どうだったかしら・・・・・」

「葛城は部屋にいなかったぞ?」

あぁ・・・・それね。

リツコは、事の次第を加持に伝えた。

ミサトの降格人事の理由も込めて。

「今は、作戦課の長は不在になってるのよ。 ミサトが戻るのか、他の人がなるのか・・・・・

 指令の頭の中でしょうね。」

「そうか・・・・・」

実にあっけない彼の反応に、リツコの方が過剰に反応する。

「あら。それだけ?」

「いや・・・・・そんな気はしてたさ。

 葛城には荷が重いよ。」

「・・・・・・解ってたの?」

「そりゃあ・・・・だてに色々と首を突っ込んでないって。」

「ミサトはいい彼氏を持ったわね。」

くすりとリツコは笑う。

「リッちゃんも、いい女になったな。」

「ありがとう。」

リツコはタバコに火をつけた。

 

 

穏やかな時間。

 

こうしていると、あの頃に・・・・・キレイだったあの頃に戻ったような気がする。

 

でも、それは、違う。

 

今、ここに、彼女はいない。

 

「ミサトね、休暇中よ。」

「休暇? この時期に?」

「そう。 ・・・・・・・・・と言うより、謹慎に近いかもね。」

「そうか。」

「作戦課には、居にくくなっちゃったのよ。」

「どうして?」

「色々とね。

 彼女、独断専行型じゃない? だから、ぶつかるのよ。」

「まぁな。視野が狭いのは認めるが・・・・・ 独断専行と言うより、猪突猛進じゃないのか?」

 

   そうかも知れない・・・・・・

 

リツコは思った。

 

   でも・・・・・・・・・

 

「加持君・・・・・・ ミサト、引き取って。」

「はぁ? 何だ!?いきなり」

いきなりなリツコの言葉に、加持には疑問しか浮かばなかった。

「これは、あくまで、私の考えなんだけど・・・・・・・」

はっきりと言わない。

リツコにしては、珍しい事だった。

「ミサト、スケープゴーストになるかもしれない。」

「はぁ?」

余りの事に、加持の眉間にはしわがよる。

「指令もユイさんも、これ以上、ミサトをかばわないと思うの。

 ミサトは、チルドレンより自分を選んでしまったから。

 だから・・・・・・・・・・」

「国連や戦自からか?」

「そう。」

簡単な話である。

国連側からこれまでの戦いについての査問を受ければ、どうなるかは目に見えている。

 

作戦成功率の低さや、無茶ともいえるエヴァの起動。

都市部への被害。

そして、本来迎撃都市であるここは、ほぼ機能していないのだ。

 


それらが、全てミサトの責任にされる可能性は捨てがたい。

 

何より、指令を始め、幹部の多くは研究者上がりである。そして、多くの職員は非戦闘員なのである。

職業軍人ではないのだ

 

度重なる戦闘において、研究者上がりの幹部は役に立たなかったといっても過言ではなく、その責は当然チルドレンではなく、作戦課をはじめとするネルフの軍部へ向かうのだ。

故に、幹部と言われるであろう地位に居るミサトは、ネルフにおける軍部の最高責任者であるとされ、その責を問われる可能性はある。


ミサト以外の幹部が査問を受けた場合、職業軍人であるミサトの判断に任せたと言えば、それ以上の査問は行われないであろう。

あえて何も言わなくても、何も言わないが故に、ネルフおける軍部の最高責任者であるミサトに掛かる責任は重いのだ。

 


そして、その事をミサトは全く理解していない。

 


「・・・・・・・・考えてもみなかったよ・・・・・・・・」

加持はため息をもらした。

「言われてみればそうなんだよな。 あいつ、ここの軍事責任者じゃないか・・・・・・」

「解っていただけたかしら?」

「・・・・・・・あぁ・・・・・・・」


重たい沈黙だけが流れた。

 

 

 初:2009.06.21(オヤジの青春)

2009.12.01  改定

    


あとがき      と言う名のタワゴト

 

今回はほとんど直しておりません。(ま、多少は直したけど)

この辺りから、パソコンの前で、うなってた記憶が・・・・・・°・(ノД`)・°・     

現実逃避して、外伝を書いていた様な気も・・・・・したり、しなかったり。

ただ、この辺りで、漠然としたラストシーンが目の前にちらついていました。

もう、本当に、あっちこっち飛び飛びで書いてましたね。


さて、前回も書きましたが、アスカに関しましては、私見です。(キッパリ!!)

冷静に自分を見ることが出来れば、きっと、彼女は大丈夫だと思います。

 

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