05  涙

碇指令は私に命をくれた。

 

碇君は私に心をくれた。

 

ユイさんは私に優しさをくれた。

 

だから、今度は私が・・・・・・・


 

でも、私は何を返したらいいの?


 

私は何も持っていない。


 

何も持っていない私には、人に与える事が出来ない。


 

 

 

私は・・・・・どうしたらいいの?


 

 

 

解らない。

解らないの。

 


 

 

私はどうしたらいい?

 

 

 

 

 

 

 

 

教えて、碇君。

 

 

 

 

 

 

涙      

 

 

 

 

 

守るべき存在か・・・・・

アスカはユイに言われた事を思い出していた。

アタシには・・・・・・無いのかもしれない。

ヒカリはこんなアタシの事を『親友』と言ってくれた・・・・・

泣いてくれたし、叱ってくれた。

アタシはヒカリを守りたいと思う。

でも・・・・ヒカリが本当に守って欲しい相手は、アタシじゃない。

アタシじゃないんだ・・・・・・・

そう思うと哀しくなる。

でもそれが事実で現実。

 

ネルフの廊下を歩きながら、アスカは考えていた。

 

思考は一向にまとまりをみせずにいた。

 

ファーストは?

ファーストはシンジを護りたいと思っているんだろうか?

    でも・・・・・・・・そう言ってた。

自分が死んでも守りたい相手・・・・・

あの、人形みたいな女にそんな感情があるの?

    でも・・・・・そう言っていた。

アタシはあの女にすら負けたというの?

 

 

 

「君は惣流・アスカ・ラングレーさんだね。」

すれ違いざまにアスカはカヲルに声をかけられた。

「アンタ、誰よ!!」

アスカの警戒レベルが上がる。

最近のアスカは誰の対しても、敵対心を隠せずにいた。

周りは総て敵。

そんな感情がわきあがってくる。

「僕? 僕は渚カヲル。フィフスチルドレンさ。」

にこやかに、あくまでも友好的にカヲルは言った。

「そんなの聞いてないわよ!!!」

一方アスカは明らかな敵意を向けてきた。

そんなアスカにカヲルは情け容赦が無かった。

「それで?」

冷ややかな視線と共に、辛辣な言葉がアスカをみまう。

「君の事は、大学まで卒業した才媛と聞いたけど、意外とバカだったんだねぇ」

「なっっっ!!!」

アスカは怒りに震えた。

今まで、自分の敵意にこういった形で返された事がなかったのだ。

 

闘争本能の少ないシンジに、感情の起伏が少ないレイ。

そして、優しく見守ってくれるヒカリ。

彼女が好んで回りにおく友人には、相手に敵意を向けるものはいない。

そして、周りの大人は、たとえ、アスカが敵意を向けようとも、心の中はどうであれ受け流してくれていた。
それが『大人の態度』である事に他ならないのだが、アスカはそれを『自分は特別だから』と勘違いしていたのだから。

「第一、君が知っている事がすべてな訳じゃないだろ?」

その通りである。

だが、その事を理解できるほどアスカは大人ではなかった。

「アタシは完璧よ!!

 完璧なのよ!!!」

「ふうん。完璧ねぇ・・・・・」

小馬鹿にしたような態度にアスカが切れた。

アスカの右手が振り上げらる。

「口で敵わないとなると、暴力を振るうのかい?」

冷ややかな笑みを浮かべ、アスカの手首をつかむカヲルがいた。

「なっっっ!!!」

「自称天才、自称エースの二号機パイロットさん。」

あくまでも、『自称』を強調するカヲルだった。

「君は自分一人で人類を救っている気になっている。

  違うかい?」

アスカは憎悪すらこめたまなざしでカヲルを見た。

「そうだろ?  君はエヴァの操縦をしているだけじゃないか。」

「そうよ!!」

   アタシは選ばれたの!!

   選ばれた人間なの!!

   特別なのよ!!

アスカは思った。

その事が、その事だけが今の彼女の存在意義なのである。

 

「エヴァを稼動させる為に、どれくらいの人手が必要なのか、

  考えた事、あるのかい?」

考えた事など無かった・・・・

アスカは思った。

しかし、アスカにはカヲルの言葉を認められる訳が無かった。

「自分勝手に行動して、周りの人の事なんか理解しようともしないで、それで『誰も自分の事を解ってくれない』って?

  笑わせないでくれよ。」

「はぁあぁぁあ!?」

「勝手に女王様を気って、周りを散々振り回した挙句、今度は、悲劇のヒロインでも気取るつもりなのかい?

  随分と身勝手なんだね。」

アスカの顔が怒りで朱に染まった。

「だって・・・・・違うのかい?」

 

と、そこにリツコとミサトが現れた。

 

実は、ここをリツコが通ると予想してカヲルはここに来ていたのだ。

アスカに会ったのは予想外なのだが。

「あら渚君、こんな所にいたの?」

「こんにちわ。リツコさん。」

にっこりとカヲルが言った。

「ミサト、紹介するわ。

  フィフスチルドレンの渚カヲル君よ。」

「はじめまして、渚カヲルです。」

笑顔でそう言うカヲルにミサトもにっこりと笑った。

「葛城ミサトよ。作戦課長をしているわ。

  仲良くしましょう。」

差し出されたミサトの手をカヲルは無視した。

「いいえ。遠慮します。」

露骨に怒るわけにもいかず、ミサトは曖昧な作り笑いを浮かべた。

「もしかしたら『死ね』と命令されるかもしれない人と仲良く出来るほど、人間出来ていないんです。」

「え?」

「だって、そうじゃないですか・・・・・」

何を言っているんだ?と、カヲルは不思議そうな表情だった。

「何を言ってるの?  そんな事、しないわよ。」

同じくミサトも不思議そうな表情だった。

カヲルの表情が明らかに『侮蔑』に変わった。

「しない?  バカ言わないでください。」

そして、口調を強めて付け加える。

「あなたは本当にそう思っているんですか?」

と。


「え?」

「過去にしているじゃないですか。」

「してないわよ!!!」

「作戦成功率がコンマ以下なんて、死ねって言ってるのと同様ですよ。」

違いますか?とカヲルはリツコの顔を見た。

「そう・・・とも言うわね。」

あっさりと肯定するリツコに、ミサトは怒りを感じ、アスカは呆然とした。

「リツコ!!!!」

「彼らからしたら、そうよ。

 安全な場所から命令しいてるだけですものね、私たちは。」

「なっっっ!!!」

今度こそ、ミサトは怒りをあらわにした。

「だって、そうじゃない?

 一番怖い思いをしてるのも、一番痛い思いをしてるのも、一番つらい思いをしてるのも、みんな彼らよ。」

気付かなかったの?とリツコはミサトを冷めた眼差しで見た。

「だって・・・・・

 でも。。。。。」 

    だって、それしか方法が無いんだもの、仕方ないじゃない。

   そうしなければ、人類は滅んでしまうのよ。

   私がその事で悩んでいないとでも、苦しんでいないとでも思ってるの?

 この言葉をやっとの思いでミサトは飲み込んだ。

 

「同情して欲しいんですか? 私だって、苦しんでるって。」

カヲルの言葉に、ミサトは動揺した。

「僕は同情なんてしませんよ。 イヤなら辞めればいい。

 あなたの代わりならいくらでも居ます。」

「あんですってぇ!!」

「確かにその通りよね。」

「リツコ?」

かばってくれると思っていた、解ってくれていると思っていた親友の言葉にミサトは呆然とした。

「私たちは、子供に戦わせている。

 本来なら守られるべき存在である子供が私たちの代わりに戦ってくれてるの。

 これは事実で現実よ。いい加減、認めなさい、ミサト。」

「で・・・・でも・・・」

ミサトには認める事は出来る訳が無かった。

「あなたがどんなに悩もうと、あなたがどんなに苦しもうと、最前線で戦っている彼らには関係ないの。

 自分の苦しみを解って欲しい? 甘ったれた事、言わないで!

 いい加減、自覚しなさい!!!」

そう、私たちの手は汚れてしまってるのよ。

リツコは思った。

 

「リツコ・・・・・」

先ほどから呆然と話を聞いているだけだったアスカが再起動した。

「なに?アスカ?」

「あの・・・・・・・・・」

アスカは自分の考えをうまく言う事が出来ない自分が恨めしかった。

「あぁ・・・・彼ね、使徒との戦いの記録、全部見てるのよ。

 その場でね、別の作戦も立ててくれたわ。

 中々優秀なのよ、彼。」

「フィフス・・・・が・・・・?」

「そうだよ、セカンド。」

カヲルの言葉に、アスカは怒りの眼差しを向けた。

「アタシは!惣流・アスカ・ラ・・・」

「自分がされて嫌な事は人にしちゃいけないって教わらなかったのかい?

 こんな事、幼稚園児でも知っているよ?」

アスカの言葉を途中で奪って、カヲルは笑顔さえ浮かべてそう言った。

幼稚園児でもなどと言われて、怒りのあまり眩暈がしそうなアスカだったが、彼の正論に返す言葉は無かった。

「君が特別な訳じゃない。

 僕たちチルドレンが特別なんだ。 この違い、解るかい?」

世界で5人しか見つかっていないチルドレンである。

この重要性は計り知れない。

「でも、アタシは!!」

納得できないアスカは食って掛かろうとする。

「確かにね、ドイツ支部でたった一人のチルドレンだったさ。

 でも、本部では違うだろ?

 5人もいるチルドレンの中の一人に過ぎないんだよ?」

「でも!!!!」

 

   認められない。

   そんなの認めてなんてやるもんか!! 

 

アスカは憎悪をこめてカヲルを睨み返した。

「いい加減、認めて欲しいんだけどねぇ・・・・」

話すだけ無駄だと判断したのか、実にあっさりとカヲルはアスカに背を向けた。

その仕草が余計にアスカの怒りに火をそそぐのも計算の内である。

 

「リツコさん、探してたんです。」

にっこり笑っていう彼に、リツコは確信犯的なものを感じた。

「あら、電話で呼んでくれればよかったじゃない。」

「息抜きの散歩もかねてたんですよ。」

目だけ笑っていないリツコに、平然とカヲルは言ってのけた。

「ミサト、お呼びがかかったので行くわね。

 チルドレンの顔合わせは後日・・・・・・でいいかしら?

 あ、でも、彼はシンジ君とレイの事は知っているわ。

 この件に関してはあなたに一任します。」

話すだけ話して、リツコはカヲルを連れて立ち去ろうとし、思い出したように付け加えた。

「あ、彼の保護者、私だから。」

それだけ言うと、振り返りもせずに立ち去った。

残されたのは、怒りに震えている二人だった。

 

 

 

 

 


「カヲちゃん、ありがとう。」

周りに誰もいない事を確認し、あえてリツコはこう呼んだ。

「いえ。」

「あなたが悪役になってしまったわ。」

「別に・・・・本当の事を言っただけですよ?」

「それでもよ・・・・・」

だって、ミサトにしろアスカにしろ、事実を認めてないもの。

リツコは思った。

「それにしても・・・・・・

 え~~~っと、ここじゃまずいかな?」

「私の執務室に行く?」

「う~~ん、それもいいんですか・・・シンジ君に怒られそうだ。」

「え?」

「だって、リツコさんに用事があるのって、シンジ君なんですよ?」

現在、シンジとカヲルはリツコの指導の下、MAGIのミニチュアの製作に勤しんでいる。

その質問だろう。

「あら・・・そうだったの。」

じゃぁ。急がなくちゃ・・・

と二人は急いでシンジの元へ向かうのだった。

 

 

 

 

 


  

 

 

 

 

日向が作戦課の扉を開けると、中は大騒ぎだった。

「日向さん、止めてください。」

やってきたのは、作戦課の若手の子。名前は何だっけ?

日向はそう思いつつも、ある種異様な雰囲気に気圧されそうになっている自分に気付いた。

だって、彼女は泣いていたのだから。

 

「何事?」

「それが・・・・・・小林さんが辞めるって・・・・

 説得しに行った係長が今度は自分が責任を取るから・・・って・・」

何が何だかさっぱり理解できない日向は小林准尉の席を見た。

そこには、机に突っ伏し、泣いていると思われる小林准尉がいた。

おおよそ『涙』とは無縁な明るく豪快で姐御肌な小林准尉である。

日向も出向した当初は、彼女にお世話になったのだ。

「小林さん、詳しく話して下さい。」

階級は自分の方が上であっても、年上には敬語になってしまう日向だった。

「私が、私が悪いんです。

 私がちゃんと確認を取っていたら、こんな事にはなんなかったんです!!」


泣きながら話した彼女の話に、彼は愕然とした。

 

小林准尉はあの会議の後に、ある武器の案を提出していた。

その武器は超長距離砲だった。

戦自からのポジチロンスナイパーライフルを可動式にし、MAGIからのコントロールで発射する。

ATフィールドの中和範囲外ならば、エヴァをチルドレンを危険に晒す事が無くなる仕組みだ。

 


   ・・・・・・考えても見なかった・・・・・・・

 

日向は思った。

 

確かに、これが出来上がっていたら、前回の使徒はエヴァを危険に晒す事はなかった。

精神汚染も、防げたかもしれない。

 

    でも、何故、今頃?

 

「実は・・・・さっき・・・技術部の人に確認したら、そんな書類、見てないって・・・・・・

 そんなのがあったら、真っ先に作ってるって・・・・・・

 そう言われたんです。」

    あぁ・・・・・そう言う事か・・・・・

    葛城さんの所で書類が止まってるんだ・・・・・

「今からでも遅くは無いですよ。

 僕が責任を持って提出しておきます。」

彼はそう言って、その場を収めたのだった。

 

 

 

そんな彼女たちの想いを見てしまった日向には、ミサトの言い分には納得が出来なかった。

彼女は、作戦課として『チルドレンの発言権は賛成できない』と書いて書類を提出していたのだ。理由は、『命令系統の混乱防止及び、チルドレンには作戦立案は不可能』だからだそうだ。

「葛城さん、本気で言ってますか?」

「え?マジよぉ」

だって、もう提出しちゃったし・・・・

そう言いながら、ビールを飲んでいた。

確かにここは居酒屋であるから、ビールを飲む事はおかしい事じゃない。

しかし、ミサトの飲み方は常識を逸していた。

この人は、何を考えているのだろう?

日向は思った。

「第一、何であの子達に拒否権なんて与えなきゃいけないのよ。」

きっと、これが本音だと日向は思う。

「葛城さん、本気で言っているんですか?」

「え!?マジよお・・・・」

この件についての作戦課は、反対1、保留1、残りはすべて賛成だったのだ。

当然、反対はミサト、保留は日向である。

「葛城さん・・・・・作戦課の総意、知ってますよね?」

「知ってるけどぉ?」

    それがどうしたの?

そう言っているようだった。

「葛城さん、これだけは言っておきます。

 今回提出した書類、本当は作戦課としてではなく、葛城ミサト個人としての意見ですよね?」

確認するかのように、日向は聞いた。

こんな事をしても、例え書類を提出しても、上層部は作戦課の総意なんてお見通しなのに・・・・・

この人はそんな事にすら気付かないのか?

この人は、こんな人だったのか?

思考の波にのまれそうになるのを、日向は堪える。

「え~~~~どうしたのよぉ、日向君?」

 

    今まで俺は、何を見てきたのだろう?

 

そう思ってしまったら、何故だか急に、ミサトへの恋心も覚めてしまった気がした。

俺は利用されていただけなのか?

彼女の為に、スパイもどきの危険な橋まで渡って、何をしてきたのだろう?

俺が、支えたい、守りたい、と思った人はこんな人だったのか?

日向は自分の中にある恋心が消えてしまったような気がした。

 

 

シンジ君が家を出て、後を追うようにアスカちゃんの保護者が代わった。

家事が出来ないだけじゃないのか?

ふたりが家を出たのは、彼女が原因なのか?

日向は頭を振ると、

「これだけは言っておきます。

 俺は、今回の件、怒ってます。

 だから、なにか問題がおきても、俺は仲裁に入りませんから。」

それだけ言うと、彼は財布から札を取り出し、テーブルの上に置いた。

そして、無言のまま店を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「そろそろだよね・・・・・・・」

技術部の一部屋で末端に入力をしながら、シンジはカヲルに声をかけた。

足元では、この間カヲルが拾ってきた子猫がじゃれ付いている。

 

レイも子猫をかわいがっていた。

 

「そうだね。」

「街を壊したくない。」

足元にじゃれ付く子猫の存在。この小さな、いとおしい存在を失いたくは無い。

「それに・・・・・・ 目の前で綾波を失いたくは無い・・・・」

「でも、レイ君は・・・・・」

「それでも・・・だよ。」

ゴメン、綾波、約束、守れそうに無い・・・・・

「シンジ君。」

シンジはうなずく。

 


そして・・・・・使徒の到来を告げる警報が鳴り響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回は、レイが先攻。アスカはレイをバックアップ。

 シンジ君はまだ、不安が残るからゲージで待機。

 いいわね?」

「行けます!!行かしてください!!!」

モニターに映るシンジに、ミサトは首を振った。

「ダメよ。」

前回の出撃でシンジは気を失った。

その後、寝込んでいたともミサトは聞いていた。

 

が、本当の理由を彼女は知らない。

誰にも聞かなかったので、教えられていないのだ。

今までは、聞かなくても誰かがミサトに教えてくれた。

 

しかし、今は違う。

聞かなければ、調べなければ情報は彼女を素通りする。

その事に、ミサトは気付いていなかった。

 

「レイが先攻、アスカはレイを援護して。」

ミサトの指示にカヲルは眉をしかめた。

「葛城三佐、作戦は?」

カヲルがミサトに問う。

「敵の攻撃パターンは不明よ。 離れた所から威嚇して!」

「それが・・・・作戦ですか?」

「使徒の攻撃方法は不明なのよ。」

「だから・・・・そうじゃなく・・・」

リツコをはじめ、オペレーター達はカヲルが何を言いたいのかが解った。

が、ミサトには理解できていなかった。

「あんた達はアタシの言う事を聞いていればいいのよ!!」

ミサトの本音にカヲルは肩をすくめると、リツコと二言三言話して、発令所を後にした。

 

 

 

 

「来る!!」

レイの声と共に、螺旋を描いていた使徒が変態し襲い掛かってきた。

よける間も無く、貫かれる零号機。

「目標、零号機と物理的接触!」

発令所は騒然としていた。

「ATフィールドは!?」

「展開中です!!」

悲鳴のようなマヤの声。

「しかし、使徒に侵食されます!!」

「アスカは?」

ミサトの問いにマヤが答えた。

「弐号機、シンクロ率、起動指数を割っています!」

「餌食にされるわ!戻して!!」

ミサトの声に、オペレーター達はあわてて末端をたたく。

 

    ・・・・・・・だから渚君を出せばよかったのに。 

 

マヤはそう思った。

「俺も、そう思う。」

口に出てしまっていたのだろうか?日向が同意した。

「きっと、みんなそう思ってる。」

反対側から青葉の声もした。

でも、今はそんな事を考えている場合じゃない。

「僕が出ます!!!

 行かせてください!!!」

シンジの声がした。

 

 

 

 


レイはエントリープラグの中で、使徒の声を聞いた。

 

 

 

 

 

私とひとつにならない?

 

 

 

誰?

私?

エヴァの中の私?

違う・・・・・私じゃない。

だれ?

・・・・・あなた・・・・誰?

 

 


私とひとつにならない?

 

 

 

いいえ。私は私。

あなたじゃないわ。

 

 

 


そう・・・・でも、ダメ。

もう遅いわ。

私の心をあなたにも分けてあげる。

ほら、痛いでしょ。心が痛いでしょ?

 

 

 

 

 痛い・・・・・・いいえ、違うわ。サミシイ

そう、さみしいのね。

 

 

 

 

 サミシイ?

わからないわ。

 

 

 


一人でいるのがイヤなんでしょ。

私たちはたくさんいるのに・・・・

ひとりでいるのがイヤなんでしょ。

 

 

 


それをさみしいと言うの?

でもね、それはあなたの心よ

気付いてたはずよ、ずっと前から。

でも、あなたはそれに気付かないフリをしていた。

そして、もっと醜い心にも。

 

 

 

 

 


醜い?

 

 


 

碇君を自分のものだけにしたい心。

自分だけを見て欲しいと思ったでしょう?

さみしいから、いつもそばにいて欲しいと思ったでしょ?

それがあなたの心。

悲しみと憎しみと切なさに満ち満ちているあなた自身の心。

 

 

 

 

涙・・・・・・・

泣いているのは私?

 

 

 

 

 


「エヴァンゲリオン初号機、発進!」

ゲンドウの声がした。

その声に、オペレーター達は嬉々として末端をたたく。

「弐号機が戻ったら、渚君を乗せて発進させろ。」

ゲンドウの指示に、今度はゲージがあわただしくなる。


「碇君・・・・・・」

地上に射出され、助けに向かう初号機を見ながら、レイはつぶやいた。

その瞬間、使徒の攻撃が初号機へ向かう。それはまるで、レイの心が解かってるかのようだった。

 

「ダメ!」

レイは使徒を押さえ込む。

ただ、だた、シンジを守りたい。それだけだった。

 

   ・・・・・・だって、私が死んでも代わりはいるもの。

   あなたは、たった一人しかいないんだもの。

        あなたに代わりはいないもの。

   私はあなたを護りたいんだもの。

 

   だから・・・・・・・・・碇君!

 


「零号機、ATフィールドを反転しました! 一気に侵食されます!!」

マヤの声が発令所に響いた。

 

「綾波ィィィ!!!」

 

 

 

    ダメだ!やめてくれ!!

 

ジンジはパニックになりそうになる自分を抑えるので精一杯だった。

ATフィールドで使徒を押さえ込んで自爆した零号機の姿が甦る。

 

    やめろ!やめてくれ!!君を失いたくは無いんだ!

 

「綾波、今、助けるから!」

「ダメ!!

 来ないでぇ!!」

ジンジの言葉に、レイが反応する。

「大丈夫、僕は君を助けるから!」

 

    カヲル君、早く!!

    このままじゃ、零号機が持たないよ。 

 

シンジはATフィールドを張りながら、零号機に近づいていく。

「ダメ! 来てはダメ!」

レイは自爆装置に手をかけた。

 

 


「このままじゃ、コアが持ちません!!」

悲鳴のようなマヤの声が、再び発令所に響いた。

「レイ!!零号機を捨てて逃げて!!!」

ミサトの声がした。

「ダメ・・・・・・・ 私がいなくなったらATフィールドは消えてしまう。

 だから・・・・ダメ。」

「レイちゃん!」

「エントリープラグの強制射出!!」

「ダメです!!反応しません!」

ミサトの指示に末端をたたきながら、マヤは答えた。

「そんな・・・・・・・」

「シンジ、ATフィールド全開でプラグを引っ張り出して!!」

今度はユイが叫んだ。

 

 

 

レイが自爆装置のレバーを引こうとした時、弐号機が地上に射出された。

「レイちゃん、ダメだよ。」

カヲルの声がした。

それでも、レイはレバーを引こうとした。

レイは守りたかった。シンジを、そして仲間たちを。

ただ、それだけだった。

 

 

だって、私が死んでも変わりはいるもの。

 

 

 

 

 

・・・・・・・それは、違う・・・・・・・・・

あなたに代わりなんていない。

 

 

 


レイは誰かの・・・・自分の声を聞いた。

 

「コアが臨界点を突破します!!!」


初号機が零号機のプラグを引きずり出した。


次の瞬間、零号機はATフィールドにくるまれて、爆発した。

初号機と弐号機が鉢状にしたATフィールドで零号機を包んでいたのだった。

爆風は上空へ逃した。 

そのお陰で、地上には被害はほとんど無い。

エントリープラグも無傷だ。


「すごい・・・・・」

モニターで見ていたリツコは呆然としていた。

「マヤ!データは取れているわね?」

「はい!!」

リツコの言葉にマヤは末端をたたく。

「詳しい事は解らないですが・・・・・・弐号機のATフィールド、アスカの倍以上でています。」

これが彼の・・・・彼らの力なの?

発令所は騒然としていた。

 

 

 


 

 

 

 


発令所の喧騒をよそに、シンジはエントリープラグから外に出ていた。

「綾波ィィィ!!!!」

そっと、地面に置いた零号機のエントリープラグへ向かう為に。

一歩一歩がやけに遠く感じた。

「碇君!」

レイもプラグから出た。

そして・・・・・シンジはレイを抱きしめた。

「ゴメン・・・・・・約束、守れなかった。」

「いいの。

 助けてくれたから、いいの。」

シンジは、はっとした。

「綾波・・・・・」

「何?碇君。」

「おかえり。」

「ただいま。」

レイは魂を上書きするようにして還ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「渚君、申し訳ないんだけど、零号機と初号機、射出口に戻してくれないかい?」

呆然とするミサトをよそに、日向が指示を出す。

「了解です。」

カヲルは指示通りにエヴァを射出口へ戻していた。

 

 

 

発令所では、その、弐号機の姿を憎々しげにミサトが見ていた。

「ミサト、何で弐号機にアスカを乗せたの?」

リツコの問いにミサトは答えられない。

   理由?

   理由なんて・・・・

ミサトは答えない代わりに、リツコをにらみつけた。

「あなた、渚君の事、嫌いですものね。」

実にあっさりと、リツコはミサトの本心を言い当てた。


ミサトには返す言葉が無かった。

「だからと言って、戦いに私情を持ち込むのはどうかと思うわよ?」

「アスカには経験があるわ!」

「動くかどうか解らないパイロットより、確実に動かす事の出来るパイロットを選ぶ。

 基本中の基本だと思うけど?」

 

「葛城一尉、君には失望した。」

発令所の一段高いところから、ゲンドウの声がした。

「私が言った言葉の意味すら理解できていない。

 君の左遷も考慮しておく。」

 

 

 

 


 

 

 

 

 

週末、ミサトはリツコの家に来ていた。

「安心して、渚君はいないわ。」

「え?」

「シンジ君の所よ。」

「仲・・・・いいわよね、あのふたり。」

「そうね。」

リツコはワインを一口飲んだ。

テーブルには、チーズやらサーモンやら何点かのオードブルが並んでいる。

今日はここで、とことん話し合おうとリツコは思っていたのだった。

「あの2人には、私の仕事、手伝ってもらってるのよ。」

「え?」

ミサトは驚いた。

「アスカじゃなくて?」

「アスカじゃなくてよ。」

ミサトは不思議に思った。

アスカは大学まで卒業している。

そのアスカでなく、何故シンジなのかと・・・・

 

「アスカはね、作られた天才。」

そういうリツコにミサトは怪訝そうな視線をむけた。

「元々才能が無かったわけじゃないのよ。早熟だったし。

 それを利用されたのね。」

「利用?」

「そう、利用。

 あれだけのカリキュラムこなしてたら、大学くらい卒業できるわ。」

リツコは一回言葉を切ると続けた。
 
「本物の天才は彼らよ。」

「え?」

「MAGIの構造を理解してる。」

「マジ?」

ミサトにすら理解できているとは言い難いのである。

まして、中学生である彼らは本当に理解しているのだろうか?ミサトは思った。

「ええ。

 今、シンジ君と渚君とレイでMAGIのミニチュア、製作してるもの。」

「うそ・・・・・・」

「うそじゃないわ。」

いいかしら?

と言ってリツコはタバコに火をつけた。

「本当は、碇指令とユイさんと私で作る予定だったんだけど、時間が取れなくってね。」

「だからって・・・・あの3人に可能なの?」

「可能も何も・・・・

 出来上がりつつあるわよ。」

「そんな・・・・・」

呆然としつつも、ミサトはひとつの事に気付いた。

 

    何故アスカを・・・・アスカにはさせなかったのかと。 

 

「あぁ・・・・アスカね?」

ミサトの考えがわかるかのようにリツコは言った。

今日のリツコは珍しく雄弁だった。

「だって、一緒にしたがらないじゃない?」

そうかもしれない。ミサトは思った。

「アスカもあなた同様、渚君を嫌っているもの。」

ミサトは視線をそらした。

「あら。気付かなかったの?

 彼は、人を映す鏡の状態よ。

 好意には好意を。敵意には敵意を。

 あなた、彼に思いっきり敵意を向けてるわね。」

 

    そうかも知れない。

 

ミサトは少しだけ素直になった気がした。

「そして、ミサト、あなたも利用されていた。」

「え?」

「あなたもゼーレに利用されていたのよ。」

「・・・・・・うそ・・・・・・・・・・」

「ゼーレの存在、知っているんでしょ?」

「それは・・・・・」

ミサトは口ごもった。

知っているとは言えないのだ。

「知ってるわね。」

きつい口調で言うリツコに、ミサトはうなずいた。

「あなたは決して優秀じゃなかった。

 士官学校での本当の成績、知りたい?」

「・・・・・・何よ、それ!」

「あなたの成績はほぼ平均くらい。

 体術や射撃の腕は認められるけど、それ以外は・・・・・特に戦略に関しては平均以下よ。」

「そ・・・んな・・・」

リツコは何を言ってるんだろう?

ミサトの思考が空転する。

 

    そんなこと無いわよ。

    だって、あたしが立てた作戦は必ず成功してたんだから・・・・・・ 

 

「認められないのわ解るわ。

 でも、認めて欲しい。」

「そんなこと、無いわ!!

 だって、あたしが立てた作戦は成功してたのよ!!」

ミサトが叫ぶ。

しかし、リツコは淡々と続けた。

「・・・・・・・多くの犠牲をだしてね。」

ミサトは息をのんだ。

 

「ねぇ、ミサト。あなたの使徒に対する異様な憎しみ・・・・・・

 不思議に思わない?」

ミサトは憎悪をこめてリツコを見た。

「決して優秀じゃないあなたを優秀だと思わせる。

 そして、それをあなたは信じた。」

「違う!違うわ!!」

ミサトは激しく首を振った。

「あなたの使徒に対する異様な憎しみ・・・・・ おかしいと思わない?」

「だって、あれは・・・父さんの仇だから・・・」

「そう思わされたのよ。」

「そんなこと無いわよ!!」

「本当に?」

沈黙が流れた。

ミサトにとっては針のむしろのようだった。

 

 


「ミサト、あなた、いい加減、認めなさい。」

口火を切ったのはリツコだった。

「あなたは自分の復讐の為、子供たちを利用してたの。」

 

    解ってるんでしょ? 

 

そう訴えるリツコの視線にミサトはおびえた。

 

    認めない!

    認めたくない!!!

    認めてなんてやるもんか!

 

「そう、じゃあ、いいわ。」

リツコはあっさりと引いた。

今まで考えてもいなかった現実を突き付ける事が出来ただけでも良しとしよう。

話さなければいけない事はたくさんあるのだから。


「じゃぁ聞くわ。

 あなた達の共同生活が壊れた原因、解る?」

突然の話の転換にミサトはついて行けなかった。

「あなた達の共同生活が壊れた理由、解らないの?」

「・・・・・・・・・・」

ミサトは黙り込んだ。

「あきれた・・・・・・

 本当に解らないの?」

「それは・・・・・・

 あたしがシンちゃんに家事をさせたのが原因でしょ。」

ミサトはぶっきらぼうに答えた。

リツコは苛々としながらタバコに火をつけた。

「それだけ?」

リツコの射るような視線にいたたまれなさを感じながらも、ミサトには答えがなかった。

否、答える事が出来なかった。

 

「あなたが子供だからよ。」

 

ミサトには思いもよらなかったリツコの言葉だった。

「・・・・・・・・・・・・・」

「アスカを放置して、シンジ君に八つ当たりさせてたのだって、アスカを叱る事で自分が悪者になりたくなかった。
 違うかしら?」

「そんな事・・・・・・・・」

無いとはミサトには言えなかった。

確かにそう思っていたのも事実だから。

でも、今、ここで、それを認める訳にもいかなかった。

「あなたは自分自身がいい子でいたいだけ。」

そうなのかもしれない。ミサトは思った。でも、言葉には出来なかった。

「シンジ君はアスカと違って我慢しちゃうから、だから、、、、、放っておいたの?」

「そんな・・・・・」

「気付かなかったの?」

「・・・・・・・・・・・・」

実のところ、その通りであった。

「何も言わなければ、何もしなくていい訳じゃない。

 あなたはふたりの保護者だったのよ。」

「で・・・でも・・・・・」

「あなたは二人の保護者だった。それは事実。

 保護者は保護するべき対象を守るものなのよ。知ってて?」

「・・・・・・・・・・」

ミサトは答えない。否、答えられなかった。

「あなたは母性のかけらも持っていないの?」

畳み掛けるようにリツコは続ける。

「あの子達が出て行ったのはね、あなたがあの子達を、護ろうとしなかったからよ?」

「自分が『いい子』でいたいから、自分の手を汚したくないから・・・・・

 それだけよ。」

「いいかげん、認めなさい!!

 私たちの手は汚れてしまっているの!!! 子供たちを戦わせてる時点で、汚れてしまっているの。

 大義名分?それしか方法が無い? そんなの、関係ないわ!」

 

 

ミサトの中で何かが壊れた。

 

 

 

どれ位泣いていたのだろうか?

 

ミサトが顔を上げると、優しい笑顔を浮かべたリツコがいた。

 

「あなたとアスカ、そっくりよ。

 ふたりも、与えられたくて、与えて欲しくて。

 でも、与えようとしない。」

「そうかもね・・・・・」

「あの家で、唯一与えてたのが、シンジ君だったんじゃないかしら?

 でも、彼の場合、 したくてしていた訳じゃないけど。」

 

ソウカモシレナイ・・・・・・・

ミサトはそう思うと、今まで自分がしてきた事を後悔したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜のゲージは不気味だった。

 

これから、エヴァの中に居る、シンジをサルベージする。

 

先ほど、カヲルがレイと共にダミー映像をMAGIに流した。

発令所には、念の為ゲンドウとユイがいる。

カヲルはレイの素体を抱き上げていた。

「じゃぁ・・・始めようか。」

シンジの言葉にうなずくと、レイは初号機のコアに触れた。コアは、水面のように波立つ。

「じゃぁ・・・行ってくる。」

レイはコアに入っていった。

今度はそこにカヲルがレイの素体を近づける。

レイの素体は、コアの中に溶け込んでいった。

 

「行っちゃったね。大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。 信じてないの?」

心配そうなシンジに対し、カヲルはいたって普通であった。

「信じてるさ・・・・・・・」

 

 


それきり、言葉が続かなかった。

 

 

 

永遠ともいえる長い時間が過ぎた。

実際はそんなには長くはなかった。

が、待つ彼らにとっては、永遠とも感じるような時間だった。

 

初号機のコアが光り始めた。

「シンジ君!」

シンジはうなずいた。

「カヲル君、お願い。」

カヲルがコアに腕を突っ込んだ。

中から出てきたのは、黒髪の少女。

 

    やっぱり・・・・・・・

 

とシンジは思う。

 

    自分を的確に認識する事が出来なかったんだ。

 

「おかえり。」

シンジは持っていたバスタオルをかけた。

「ただいま。」

少し照れたように、彼女は言った。

「今日から君は僕の妹になるんだ。」

「妹?」

はっとして彼女は自分の体を確認した。

「ごめんね。女の子になってしまって・・・・・」

彼女は首を振る。

「でも・・・・

 もう戦わなくても、エヴァに乗らなくてもいいよ。」
 
うつむいていた彼女がはっと顔を上げた。

「君は僕が守るから。みんなで君を守るから。」

「・・・・・・・ありがとう・・・・・」

彼女は笑った。

とてもキレイな笑顔だとシンジは思った。

      

 

 

初:2009.05.28  (オヤジの青春)

2009.11.30  改定  


 

あとがき      と言う名のタワゴト

 

実を言いますと、これは、EVAのSS初の長編だったりします。(その前に短いのを1つかいだんですが・・・)

そう言えば、高校時代、よく授業中に書いてたな~(爆)などと思いながら書きました。

 

現在でも、彼らは頭の中にいて、勝手に突っ走ってくださります。(又の名を”妄想”)

おかげさまで、頭の切り替えがつきません。。。。。

なので、きっと、また、続編が出来上がるんじゃないかと・・・・・・思います。

 

 

 

 

 

 

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