04 せめて、人間らしく

「この世界はね、碇君だけの所為じゃない。」

 

リリスである綾波レイが言った。

 


すべてが・・・・海も空も赤い世界で、綾波の髪だけが蒼かった。

 


「僕だけの所為じゃない?」

 

「そう、彼女の意思が多分に作用している。」

 

残された赤いプラグスーツを見ながらレイが言う。

 

「碇君も、確かに他人を拒んだ。

 でも、心の底から他人を拒んだのは彼女。」

 

「綾波?」

 

「碇君は、他人を拒みながらも、心の底では他人を求めていた。

 だから私が存在していられるのだし、他の人が存在する余地が残されている。」

 

 

「・・・・・・・・・・・他の人・・・?」

 

「そう。」

 

そして、彼女は慈母の微笑をうかべた。

 

「碇君、あなたは、何を望むの?」

 

「僕は・・・・・・僕は家族と暮らしたかったんだ・・・・・」

 

何も考えずに言葉が出た。

 

 

「そう・・・・解ったわ。」

 

 

 

 

空からまばゆい光が舞い降りた。

 
 

 

 

 


せめて、人間らしく

 

 

 

 

 

「アスカ!余計な事は考えないで!!」

「やってるわよ!!」

ミサトの声に、アスカは過剰に反応した。

エントリープラグの中では最近、イヤの事ばかり蘇ってくるのだ。

子供の頃の事。

トラウマにすらなっている子供時代の事ばかりが思い出される。

 

 

一心に母を望んだ子供時代。

今、シンジの母親が還ってきたせいなのだろうか?

解らない。

解らないけど腹が立つ。

ジンジは自分やミサトより、ファーストを選んだ。

それも腹が立つ。

何でこのアタシが家事なんかしなくちゃいけないの?

それにも腹が立つ。

その上、ヒカリも今までとは違う反応をする。

全く、腹立たしい事ばっか!!!

 

アスカはイライラしていたのだった。

 

自分の感情、私生活、下降するシンク率。

総てが自分の思い通りに運ばない。

 

アタシ完璧なの!完璧じゃなきゃいけないのよ!!

周りにいる人間は、アタシの言う事を聞いてりゃいいのよ!!!

 


全く持って、理不尽なアスカの考えてあるが、アスカにとっては理不尽ではない。

実際、ドイツ支部では蝶よ花よと育てられてきたのだから・・・・・

 


「アスカ、あがっていいわよ」

思考の波にのまれたアスカは現実に引き戻された。

「・・・・・・・了解。」

同時にブラックアウトするモニター。

アスカは大きくため息───それすらもLCLに飲み込まれたが───をついた。

 

 

 

「コアの変更もやもなし・・・・・・か。」

リツコがつぶやいた言葉に、ミサトは食って掛かった。

「何よ、それ!!」

「来るのよ。フィフスチルドレン。」

彼はすでに来ているんだけどね・・・・・

リツコは思った。

実は、昨日のうちにユイから紹介され、保護者になることを引き受けていた。

 

ただ、まだチルドレンとして正式に登録されていない。

その為、ここには来ていないのだった。

「何よそれ!聞いてないわよ!!」

 

「当たり前よ。今、初めて言ったもの。」

「なっっっっ!!!」

ミサトの怒りを軽くいなすリツコに、ミサトも過剰反応をする。


荒れるのは勝手だが、自分に火の粉を振り掛けないで欲しいのだ。

 

 


シンジがいなくなっただけで、ここの家族ごっこは実にあっさりと崩壊した。

 

3人の中の1人。

 

その1人がミサトでも、アスカでも、崩壊はしなかったんじゃないのだろうか?

とリツコは思う。

 

それだけ重要な、『要』とすらいえる人間を彼女たちは大切にしていなかったのだから、当たり前と言えば当たり前であった。

 


「あのねぇ・・・・・・。

  アスカの不調の原因が何であるかは私は知らないわ。

  でも、あなたの責任よ。保護者さん?」

「な、何でよ!!」

「あなたねぇ・・・・

  マジで言ってる?」

「・・・・・・・・」

「アスカのね、保護者であり、上司であるあなたの責任なの。

  すべてあなたの責任。いい?解る?」

「どうして!?」

「上司は部下の責任を取る為に存在するの。保護者は被保護者を保護する為に存在するの。

  まして、あなたはチルドレンの責任者でしょ?

  責任者は責任を取る為に存在するのよ。

  そんな事も知らないの?」

リツコの言葉に返す言葉もなく、ミサトは出て行った。

これからブリーフィングルームでチルドレンとのミーティングがあるのだった。

 

 

「マヤ、何か言いたそうね。」

戦々恐々と見守っていた部下の存在に、リツコは声をかけた。

「あのぉ・・・・・アスカ、降ろすんですか?」

「さぁ?アスカ次第じゃない?」

「でも・・・・・」

マヤは口をつぐんだ。

変わりに日向が言った。

「リツコさん、それじゃあアスカちゃんがかわいそうじゃないですか!!」

「下手に出して使徒の餌食にされたら、それこそそっちの方がかわいそうよ。

  命に関わる事だし。人類の未来にだってね。」

理屈ではその通りであった。

 

じゃあ、感情は?

 

「そうですが・・・・・」

感情は納得なんて出来ない。

「先輩・・・・・アスカの不調の原因、知ってるんですか?」

マヤの問いにあっさりとリツコは答えた。

「全部じゃないけど、思いあたるふしはあるわ。」

「じゃあ、何で教えないんですか?」

「だって、本人が納得してないんですもの、教えるだけ無駄よ。」

確かにその通りである。

「あ~、俺、思い当たるふし、あるっす。」

青葉が言った。

「なんだよ!シゲル!!  教えろよ!!」

日向の言葉にマヤがうなづく。

「アスカちゃん見てて何か感じないか?」

青葉の言葉に日向は考えた。

そして、ポンと手を叩く。

「あ~~~そう言えば最近『バカシンジ!!』って聞いてないなぁ・・・」

「まずはそれ。」

「それ・・・・ですか?」

不思議そうにマヤは聞き返した。

「そう。八つ当たりの対象がいなくなって、ストレスの発散が出来ない。」

確かにそうかもしれない・・・と、3人は思った。

些細な事でシンジの事を怒鳴っているアスカの姿はよく見受けられたからだった。

「それだけじゃないんですよね?」

日向は確認の意味も込めて言った。

「そうよ。最も重要な事があるのよ。」

リツコは苦々しそうに続けた。

「人間の基本的欲求。衣・食・住。

  これがね・・・・」

「先輩、もしかして葛城さん、家事出来ないんですか?」

「出来ないわよ。だって、彼女、生活不能者だもの。」

「え?」

「炊事、洗濯、掃除。すべてシンジ君がしていたのよ。

  朝起きれば朝食があって、お弁当も出来上がっていて、お風呂だって沸いている。

  夕食も黙ってても出来上がるし、汚れた服はカゴにさえ入れておけばキレイに畳まれて戻ってくる。

  そんな生活してたのよ、アスカ。」

あまりの事に声が出なかった。

 

彼はそこまで一人でしていたのか?

 

それじゃあ、『同居』ではないではないか、と。

「三食、別のものにしないと、怒った事も有ったらしいし・・・・・・ね。文句は言っても、感謝はしない。

  そんな生活が一転したんですもの。」

「そりゃあ・・・・荒れますね・・・・」

マヤの言葉に、残る二人もうなずいた。

「ねぇ、先輩。シンジ君、知ってたんですよね?

  アスカも家事が苦手だって。」

「ええ、知ってるわ。」

「じゃぁ・・・・何で・・・・・?」

「嫌気がさしたんでしょうね。

 自分を保護してくれない保護者と、文句ばかり言う同居人に。」

もはや、うなずくしかない三人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、シンジ君、アスカちゃんの事、嫌いになっちゃったんですか?」

リツコの執務室に向かいながら、マヤは聞いた。

「違うわよ。 正当な権利を主張しただけ。シンジ君にとってのね。」

「シンジ君にとっての・・・・ですか?」

「そうよ。アスカにとっては今までの生活こそが当たり前だったのよ。」

「どう言う事ですか?」

「ドイツ支部で相当甘やかされてたって事。」

「・・・・・・・・・・」

「本人に直接聞いてみる?

  来るわよ。彼。」

 

 

 

 

リツコの執務室のドアの前にシンジが立っていた。

「ごめんなさい。待たせたわね。」

そう言うとリツコはドアを開け、二人を招き入れた。

「コーヒーでいいかしら?」

「ありがとうございます。」

リツコの問いかけに、シンジは笑顔で答えた。


「やっぱり、リツコさんのコーヒーは美味しいです。」

差し出されたコーヒーを飲んで、シンジは言った。

「そう?」

リツコもうれしそうである。

「はい。人が僕の為に作ってくれたものは、おいしいです。

  最近、知りました。」

そんな事も知らなかったの?

マヤは愕然とした。

「ユイさんが食事、作るの?」

マヤが聞いた。

「はい。朝食とお弁当は。」

「え?」

ユイのこなしている仕事量を知っているマヤは驚いた。

「分担したんです。食事は母さん、洗濯は綾波、掃除は僕です。

  夕食は帰りが遅くなると僕が作るんですが、必ずお礼を言われます。」

「そう。」

リツコはマヤをチラッと見る。

「今までは・・・・・葛城さんやアスカには言われなかったの?」

意を決したようにマヤは言った。

「え?  ミサトさんはおいしいって言ってくれましたけど・・・」

ほらね と言う顔でリツコはマヤを見た。

「ま、味音痴に言われてもうれしくは無いわよね。」

リツコの毒舌にシンジは苦笑いをした。

 


「シンジ君、ちょっと聞いていいかな?」

マヤの問いかけに、シンジはうなずいた。

「あのね・・・・あの・・・・・  何で葛城さんの所を出たの?」

「あぁ・・・その事ですか?

  母さんが『一緒に暮らそう』って言ってくれましたから。」

「・・・・・・・」

「夢だったんですよ。自分の家族と暮らすの。」

うれしそうに笑うシンジに、マヤは悲しさを感じた。

「本当は、アスカも誘ったんです。でも、叩かれました。」

「何故?」

「解りません。でも・・・・・・

  綾波の保護者って父さんじゃないですか。

  だから、母さんの中では決定事項になっていたらしくて・・・・・

  綾波と3人で暮らそうっていわれて、それをアスカに言ったんです。

  『母さんと綾波と暮らす事になったから、アスカも来ない?』って。

  そしたら、パチンと・・・・・・

  『何でアタシに先に話さないのよ!』って言われました。」

「そう・・・・・」

なんとなく、リツコは理由が分かった気がした。

一方のマヤは、理解できずに憤慨していた。

「そんな事で?」

「マヤさん、アスカ、機嫌が悪いとたたく事、あるんですよ。」

シンジは苦笑いを浮かべると

「あ、忘れるところでした。これ。」

と、本来の目的であったレポートをかばんから取り出した。

「綾波のもあります。」

「ありがと。レイは?」

「綾波は母さんと買い物です。」

「一緒に行かないの?」

リツコの問いにシンジは首を振った。

「・・・・・・・イヤですよ。

  下着売り場に連れていかれたりとか、着せ替えにさせられたり・・・・」

「・・・・・したいかも・・・・・」

ポソっとマヤが言う。

そんなマヤを軽くにらむと、シンジはかばんの中から包みを取り出した。

「そんな事言うマヤさんには、あげません。」

出てきたものは、手作りらしいクッキー。

マヤはあっさりと白旗を揚げた。

 

「綾波と母さんが作ったんです。」

そういって差し出されたクッキーをつまみながら、エヴァの新しい武器についての話し合いが始まった。

それは楽しくおしゃべりしているようにも見えた。

 

 


「リツコ、いる?」

ミサトはノックもせずにドアを開けた。

「今、取り込み中よ。後にして!」

リツコの言葉にミサトは苛立ちを感じた。

彼女には3人がお茶を飲んでいるだけにしか見えなかったのだ。

「あら、シンちゃんもいるじゃない。」

ちょうどよかったわ。

ミサトは強引に入ってきた。

リツコとマヤの苦々しい顔は無視をして、リツコの隣に座った。

「ねぇ、シンちゃん。帰ってくる気、無い?」

「・・・・・・・・・・・」

シンジは無表情でミサトを見た。

さっきまで、シンジが笑顔で話していたのを見ていたミサトは再び苛立ちを感じた。

「アスカもね、落ち込んでいるわ。」

「僕にどうしろと?」

「だ~か~ら~、帰ってこない?」

軽く言うミサトに、マヤは怒りを感じた。

シンジ君は、夢が叶ったのに・・・・・と。

 

反論しようとするマヤをリツコが視線で止めた。

「・・・・・・・・・・・条件をのんでくれるんなら。 条件をのんでくれるんなら、戻ってもいいです。」

「ホント?」

「はい。」

「で?いつ頃?」

「ミサトさん!僕の話、聞いてます?」

「へ?」

全く、自分にとって都合のいい事しか聞いちゃいない。

心底不思議そうな顔をするミサトに、リツコはめまいを感じた。

 

仲裁に入った方がいいのかもしれない。

でも、シンジ君には自分の気持ちをミサトに伝えさせるいい機会なのかもしれない。

もう少し、様子を見よう。

リツコは思った。

 

「そうですね、家事は分担にしてください。」

「え?」

「だ・か・ら!!条件です!!」

「シンちゃん、そんな事、言わないでぇ」

女の甘えや媚びを全開にして言ったミサトに、マヤは激しい嫌悪感を感じた。

シンジ君は夢が叶ったのに・・・・・・・

その夢を取り上げようとするのか・・・と。

「イヤですよ。」

実にあっさりと言うシンジに、マヤは安心した。

「まず、家事は分担です。

  僕が料理は作ります。だから、それ以外。」

無難な選択ね・・・・・リツコは思った。

誰だって、自分は可愛いもの。

「掃除、洗濯、買い物、後片付けですね。」

「・・・・・・・・マジ?」

ミサトは冷や汗を流していた。

         これじゃぁ、元通りじゃないじゃない!!

どうやら、彼女の狙いは前の生活だったらしい。

 

「マジです。

  じゃぁ、食事の買い物と後片付けは僕がします。

  でも、自分の食器は自分で洗う!いいですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

「で、次に・・・」

「まだ・・・あるの?」

ミサトはさらに冷や汗の量を増やした。

「はい。こっちの方が、重要です。」

シンジはにっこりと笑った。

「まず、アスカが身勝手に僕に八つ当たりをした場合、アスカを説得し、納得させた上で、僕に謝罪をさせてください。」

実に正当なシンジの欲求であったが、今までが今までである。

アスカが納得するとは思えなかった。

「僕をたたいた場合も同様です。」

「で・・・・・でも・・・・・」

正論過ぎる正論にミサトには、反論する事が出来なかった。

「リツコさん、僕、変な事、言ってますか?」

「言ってないわね。」

リツコは無性に楽しくなっていた。

実は、ここまでシンジが言うとは思っていなかったのだ。

「ですよね。」

シンジはリツコの顔を見た。

いい機会よ。シンジ君、全部言っちゃいなさい。

リツコは心の中でそう思った。

「忙しい・・・・・とは言わせませんよ。今まで僕が一人でしていたんだから。」

「でも・・・・・・」

「それが条件です。」

 


少しの沈黙の後、口を開いたのはミサトだった。


「ねぇ・・・シンちゃん。」

ミサトは優しく呼びかけた。

「アスカってね、かわいそうな子なのよ。

だから・・・・・大目に見てやって。」

「ミサトさん・・・・・本気で言ってます?」

今まで、実に穏やかに話していたシンジの顔に険しさが浮かんだ。

「・・・・・・・本気だけど・・・・・」

真意の読めないミサトはあわてた。

「・・・・・・・・僕の身上書、見ていますよね?綾波のも。

  それでもいえます?」

「何?何なの?」

「最低ですね・・・・ミサトさん。」

シンジの顔に浮かんだ怒りにマヤははっとした。

レイちゃんにしろ、アスカちゃんにしろ、シンジ君にしろ・・・・決して幸せな環境で育ってはいない。

葛城さんはそれを忘れているのだろうか?

マヤは不思議に思った。

「僕はね、あくまでもミサトさんが『善意』で引き取ってくれてるんだと思ってたんですよ。

  ・・・・・・・でも、違ってた。

  ネルフから手当てが出ていたし・・・父さんからももらってましたよね?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「善意には善意で返そう思ったんです。

  でも・・・・違ってた。」

「ねぇ・・・・アスカの為に・・・」

「まだ、言います?」

シンジはミサトをにらみつけた。

「アスカのトラウマ、母さんから聞いて知っています。でもね、でも、ミサトさん。

  アスカがかわいそうな子だって言うんなら、綾波は?

  自分が不幸だってことにすら気付かずに育った綾波はどうなんです?」

もはや、言葉にならなかった。

「何でアスカだけなんですか?」

 

ミサトにとって、居心地の悪い沈黙が舞い降りた。

 

「チルドレンである僕たちは、みんな、決して幸せとは言いがたい生い立ちをしています。

 なのに・・・・・何でアスカだけなんですか?」

ミサトには答えられなかった。

 

本当にアスカの為だけに言った訳ではなかったのだから。

 

シンジはミサトを見た。

先に視線を逸らしたのは、ミサトのほうだった。 

「アスカの為じゃない。自分の為だって言ったらどうなんです?」

「そ・・んな・・・・」

「違うんですか?」

底冷えするような声だった。

そして・・・・・・・・

「僕だって・・・・僕だって充分不幸な子供だったと思いますけど?」

魂を凍らせるような響きがあった。

マヤは、泣き出したくなるのを懸命に堪えた。

「僕は、目の前で母さんがエヴァに取り込まれるのを見ていました。

  もがき、苦しんでいるように見えました。

  思い出したのは最近です。

  でも、僕は水が苦手です。」

 

そうだ・・・・・彼は見ていたのだった。

忘れていたわ・・・・リツコは思った。

 

「そして・・・・・僕は人から優しくされませんでした。 

  知ってるんでしょ?

  僕が先生の所にいた時の事だって。

  それでも言うんですか?」

ミサトは自分のしでかした事に、真っ青になっていた。

 

         なんて事をしてしまったのだろう?

 

もはや、彼女に言えることは何も無かった。

 

「ドイツ支部で特別扱いをされて育ったアスカと、先生の家の庭先に建てられたプレハブで育った僕。

  一人で寝て、一人で起きて、一人で食事もして・・・・・・

  周りからは『妻を殺した男の子供』って虐められましたよ。

  それでも・・・・・そんな僕に、アスカは・・・・・アスカだけがかわいそうな子供だって言うんですか!!」

 

「シンジ君・・・・もいいいわ。」

 

リツコは立ち上がって、シンジを抱きしめた。

自分の中にすっぽりと納まってしまうシンジを愛しいと思った。

守りたいと思った。

 

そして・・・彼女は自分の中に存在する母性に気付いた。

 

これが足りなかったのかもしれない・・・・・・

葛城家の崩壊の原因が解った様な気がした。

みんな子供だったって事ね。

 

「リツコさん・・・・・」

シンジは自分が泣いている事に気付いた。

「もういいの・・・もういいのよ。

  ごめんね。。。。ごめんなさい。」

 

そして、リツコはミサトをにらみつけた。

「ミサト!!あなた!出て行って!!

  今すぐよ!早く!!!」

「で・・・・でも・・・・・・・・・・・」

「聞こえないの!?出て行きなさい!!」

リツコの剣幕に、

「ワカッタワヨ・・・・・」

とつぶやいてミサトは出て行った。
 

 

 

 


 

 

 

 

 


────── 総員第一種戦闘配置  対空迎撃戦用意 ──────

 

 

警報が鳴り響いた。

 

 

「目標は衛星軌道上に停滞中。

 映像で確認しました。」

「最大望遠にします!!」

 

「これは・・・・・・・・・・・」

 

そこに映し出されたのは。巨大な、鳥の羽のような形の使徒だった。

 

「衛星軌道から離れませんね。」

「ここから一定の距離を保っています。」

オペレーターからの報告にミサトは考えた。

「降下接近の機会をうかがっているのかしら?

  それとも、その必要も無くここを破壊できるのか・・・・・」

 

上段から、ゲンドウとユイは見守っていた。

 

この使徒がどんな存在であるかは、ゲンドウもユイから聞いて知っている。

が、迂闊には言えない事でもあった。

           葛城三佐はどんな作戦を取るのか?

ユイは子供たちを敵の精神汚染から守りたかった。

が、それは不可能だろう。

出来るだけ早いうちに、ロンギヌスの槍による殲滅を指示しよう。

それが今の二人に出来る精一杯であった。

「レイは?」

ミサトの問いにマヤが答える。

「零号機共に順調です。」

「了解。」

ミサトが指示を出す。

「レイが超長距離砲を持って先攻。アスカはレイを援護して!」

今回、シンジは出撃しない。

 

昨日、初号機の再起動に失敗した。

意図してした訳ではない。

シンクロして流れ込んできた、エヴァの中のシンジの負の感情に動揺してしまったからだった。

 

現在、初号機は待機中である。

これは、ミサトの指示によるものだ。

 

「僕、行けますけど・・・・・」

エントリープラグの中でのシンジに言葉は、無視された。

 

「レイ、アスカ、いい?」

「了解。」

レイの言葉に、アスカが食って掛かる。

「何でアタシがファーストの援護なんてしなくちゃいけないのよ!!」

 

          アタシは負けてらんないのよ!!

          あんな女に・・・人形みたいな女になんて!!!

 

「エヴァ弐号機、発進します!」

アスカの声と共に、弐号機は射出された。

 

「いいわ。アスカを先攻させましょう。」

「葛城三佐!!」

「気の済むまでやらせてみましょう。」

 

 

 

 

降りしきる雨の中、弐号機は地上に出た。

          負けは許されないのよ!!

ライフルを構えながら、アスカは思った。

          アタシはエースパイロットなの!!

          馬鹿シンジなんかに負けてなんていられないのよ!!

      ミスは許されないわよ、アスカ!

 

アスカはライフルをかまえた。

 


「目標、まだ射程距離外です。」

「レイ。あなたは射出後、超長距離砲の発射用意。

  いいわね?」

「了解。」

「エヴァ零号機、発進!」

 

 

そして・・・・・

 

光が

光が弐号機を捕らえた。

 

 

警報が鳴り響く。

 

「アスカ!!!」

「敵の指向性兵器なの?」

「いえ! 熱エネルギー反応はありません!!」

発令所には緊張が走った。

「心理グラフが乱れていきます!!

  精神汚染が始まります!」

「まさか・・・・・  使徒の攻撃!?

  人間の心を探るつもりなの?」

リツコの言葉に発令所の人間は呆然とした。

 

「ちくしょうおおおぉお!!」

アスカはライフルを撃った。

 

「陽電子消滅!」

「だめです!!射程距離外です」

弐号機はもだえ苦しんでいた。

「きゃあああぁぁぁあぁ」

アスカは無意識にライフルの引き金を引き続けた。

「弐号機、ライフル算段0!」

「光線の分析は?」

「可視波長のエネルギー波です。

  ATフールドに近いものですが詳細は不明です。」

「アスカは?」

「危険です!」

「精神汚染。Yに突入しました。」

 

 

 

暴かれる過去・・・・・

 

 

 

小さいアスカがそこにいた。

アスカは一心に母を求めた。

が、自分の研究で忙しい母は、それに答える事が出来なかった。

・・・・・・・いいの、アタシは泣かない。

小さいアスカが人形を持って立っていた。

 

 

アスカちゃん。私のかわいい娘・・・・・

あなたは特別よ。

特別に作られた子供なの。

だからママの期待を裏切らないで

 

 

 うん、ママ

 

だからママの期待を裏切らないで。

あの子には負けないで。

あの女の子供にだけは負けないでね。

 

 

 うん、ママ 

 アタシ、誰にも負けない。


 ・・・・・でも、あの女って、誰?

 

 

 

 

 

「シンクロをカットして!!!」

ユイが叫んだ。

慌てて末端をたたくオペレーター。

「ポジトロンライフルの用意は?」

ミサトが問う。

「最終段階です。

  強制集束機作動中」

「全て発射位置」

 

 

「いけます。」

レイの言葉に、ミサトが反応する。

「発射!!」

ミサトの掛け声と共に発射された陽電子は、使徒のATフィールドに阻まれた。

「ダメです!」

「この遠距離でATフィールドを貫くにはエネルギーが足りません!!」

「しかし出力は最大です。

  もう、これ以上は・・・・・・・」

 

 

「レイちゃん、アスカちゃんを連れてにげて!!」

呆然とする発令所の面々をよそに、ユイが叫んだ。

「シンジ、ドグマを降りて槍を使え」

ゲンドウの声に真っ先に反応したのは冬月だった。

「碇・・・・・

  それは!」 

「ATフィールドの届かぬ衛星軌道上の敵を倒すにはそれしかない。

  シンジ、急げ!!」

「了解!!」

シンジは行動を開始した。

 

 

「司令!!

  アダムとエヴァの接触はサードインパクトを引き起こす可能性があるんじゃないですか!?」

ミサトがゲンドウに食って掛かった。

が、ゲンドウはそれを黙殺する。

          嘘・・・・欺瞞なのね。

         セカンドインパクトは使徒との接触が原因ではないのね。

ミサトは考えた。

 

 

 

 

 

じゃあ、セカンドインパクトの原因って・・・・何?

 

 

 

 

 

 

地上では零号機も指向性光線を浴びてもがいていた。

     レイちゃん・・・・・・

ユイは祈っていた。

     レイちゃん、頑張って!!

もはや、ユイにとっては発令所のやり取りは耳に入らなかった。

食い入るように画面を見ていた。

 

     ごめんなさい。レイちゃん・・・・ごめんなさい。

     ごめんなさい。アスカちゃん・・・・ごめんなさい。

 


代われるものなら、代わりたかった。

でも、それは不可能である。

「レイちゃん!!!」

ユイの声にレイが反応した。

 


・・・・・・・ユイさん・・・・・・

      大丈夫です。

      私は大丈夫です。


零号機は、弐号機を抱え射出口に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

ロンギヌスの槍を持って、初号機は地上に射出された。

当然、指向性光線の洗礼を受ける。

 

「シンジ君、カウントダウン始めるわ!」

「ちょ・・・・ちょっと待って下さい・・・・・・」

 

エヴァの中にいるシンジが指向性光線を浴びて、暴れているのだろうか?

エヴァが暴走しそうになる。

 

それを無理矢理押さえ込む。

精神汚染?

そんな事より、この初号機をなんとかしてよ!!

 

   母さん、力を貸して!!

 

 

「・・・・・・・・・行けます・・・・・・・」

カウントダウンが開始された。

 


そして・・・・・

 

ロンギヌスの槍は、空を覆う雲を蹴散らし使徒に突き刺さった。

 


「目標消失!!」

「ロンギヌスの槍は?」

冬月の問いに青葉が答えた。

「第一宇宙速度を突破。

  現在月軌道に移行してます。」

「回収は不可能というワケだな。」

冬月は残念そうに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンジ、起きて!」

エントリープラグの中で気を失ったシンジは、病院の一室で目を覚ました。

「あ・・・・・・母さんか・・・・」

暴走しかけた初号機を、力でねじ伏せたシンジはとにかく疲れていた。

「ゴメン・・・・疲れた・・・・・寝かせて・・・・」

意識を手放そうとしたシンジにユイは言った。

「レイちゃんが、いなくなったわ。」

「どうして!!!!」

手放しかけた意識は一瞬で戻った。

「レイちゃんも、あの指向性光線を浴びてるのよ。

  だから・・・・・・・・」

前のレイだったら、大丈夫だったかもしれない。

が、今のレイでは・・・・・・・

 

「心当たり・・・・・無い?」

ユイの問いかけに、シンジは首を振る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 


次はアスカちゃんか・・・・・・・

 

ユイはロッカールームから出てこないアスカの元へ向かった。

 

レイちゃんは行方をくらまし、アスカちゃんは引きこもり、ウチの息子は寝とぼけてた・・・と。

シンジも図太くなったわよね~。

実はそれ所ではなかったのだが・・・・・ユイは知らなかった。

本当は私じゃなく、ミサトちゃんがする事なんだけど・・・・・

そう思いつつも、足は止まらないユイだった。

 

 

ロッカールームに着くと、アスカは入り口に背を向けベンチに座っていた。

 

さっきまで散々、暴れていた。

「よりによって、あの女に助けられるなんて!

  あんな女に助けられるなんて!!」

アスカはベンチを蹴り上げた。

「そんな事なら、死んだ方がマシよ!!」

今度はロッカーを殴りつける。

「キライ!キライ!!!

  みんなキライ!!大キライ!!!」

 

暴れて・・・暴れて、疲れて座り込んだままだった。

 

 

 


「アスカちゃん、大丈夫?」

ドアを開け、ユイが声をかけた。

アスカの表情は、ドアの脇にいるユイには見えなかった。

答えないアスカを気にしながら、ユイは言葉を続けた。

「ねぇ、アスカちゃん、あなたは何の為にエヴァに乗るの?」

ユイからの問いかけにアスカは返事をしなかった。

 

「あなたにとって、エヴァって何?」

 

アスカには語る言葉が見付からなかった。

 

彼女にとってエヴァは道具であり、方法であり、手段であり、そして・・・・・全てであった。

 

「シンジはね、大切な人を護る為に乗っているわ。」

反応を示さないアスカに、ユイは近づく。


「隣、いいかしら?」

 

変わらず、返事は無い。

 

返事をあきらめたユイは、ベンチに近づき、そして、アスカに背を向けて座った。

「シンジはね、人類を護る為とか、自分の存在を示そうとか、自分の才能を世に知らしめる為とか、一番になる為とか・・・・

  そんな事の為には乗ってないの。」

 

「!!!!!」

 

アスカの目が見開かれる。肩もかすかに震えた。

ユイの言葉が、自分の考えを真っ向から否定された気がしたのだ。

 

「ただ・・・・大切な人を護る為・・・・・それだけの為に乗ってるわ。

  大切な人の中にはアスカちゃん、あなたも入っているわ。」

 

 

 

アスカは返事をしない。

ずっと、ユイに背を向けたままだ。

アスカからの返事を諦めたのか、ユイは語りだした。

 


「ただ、大切な人を護るため。それだけよ。

  未だに乗りたくは無いみたいだし・・・・」

ユイの言葉に呆然とするアスカ。

 

           あんな・・・・・あんな才能を持ちながら何故?

 

シンジをズルイと思った。羨ましいと思った。妬ましいと思った。

そして、憎いと思った。

 

             アタシは子供の頃からたくさんの事を犠牲にしてきたのに・・・・

 

実際、彼女は努力の人である。

天才を自称する彼女が、裏ではでれだけの努力をしてきたのか?

それはアスカ本人にしか、解らない。

 

 

「ねぇ、アスカちゃん。

  聞いてくれるかしら?」

ユイはアスカの返事をあきらめ、話し始めた。

 


  ねぇアスカちゃん?

    あなたにとって、シンジって何?レイちゃんって何?

 

  アスカちゃん、あなたにとって、シンジってどんな存在?

 

  私はね、ライバルだと思うの。

 

  あなたにとって、シンジやレイちゃんは基本的に『ライバル』

  
 
  負けたくない相手なのよ。
  

 

  仲間である事に変わりは無い。でも、ライバルなの。

  いい?そこを間違わないでね。

 

  でも・・・シンジにとってあなたはね、背中を任せて戦う事の出来る仲間であり、友人なの。

  決してライバルではないのよ。

 

  シンジはね、あなたの事を大切な仲間だと思っているわ。

  背中を任せて戦える、大切な仲間だって。

 

  これはカヲル君も同様ね。

 

  でもね・・・、でも、レイちゃんだけは少し違うのよ。

 

  シンジにとってレイちゃんは、背中を任せて戦う事の出来る仲間。

  それは一緒なの。

  でも、それと同時に、守るべき存在でもあると思うの。

 

  『ヤシマ作戦』あなたも知ってるでしょ?

  彼女は命がけでシンジを守ったわ。

  だからシンジはそれに答えたいと思っていた。

 

  スタートラインはそうだったわ。

  今は、少し違ってきているみたいだけど・・・

 

  例えばね、あなたたち3人が同じ様な窮地に陥ったとする。

 

  シンジはね、間違いなくレイちゃんを助けるわ。

 


  レイちゃんが弱い訳じゃない。

 

  あなたが嫌いな訳じゃない。

 

  あなたを信頼しているからなのよ。

  あなたなら何とかなる。何とか出来ると信じているのよ。

  あなたなら『負けない』と思っているからよ。


  レイちゃんに何とか出来る力があるのも知っている。

  でも・・・・それでも、レイちゃんを助けるわ。

 

  それは、理屈でなく、感情の部分なのよ。

 

  あなたが嫌いな訳でもない。

 

  それはね、理屈じゃないのよ。

 

 

  あのね、アスカちゃん。

  『守るべき存在』がある人は、それが無い人より強く成れる。私はそう、思うの。


  少なくとも、シンジは守るべき存在を見付けて強くなったと思う。


  あなたも守るべき存在を見付けなさい。

  大切なものを見付けなさい。

 

  そして、過去に囚われず、今を見て、そして未来を考えなさい。

 

  あなたにはそれが出来るから。

  絶対、絶対、出来るから。

 


  私はそう、信じてるわ。

 

 

 

 

それだけ言うと、「じゃぁ・・」とユイはその場を離れた。

残されたアスカは、その場で声を殺して泣き始めたのだった。

 

初 : 2009.05.18(オヤジの青春)

2009.11.22 改定

 

 

 


   

 あとがき    という名のタワゴト


前回のあとがきにも書いたのですが、ユイさんの最後の科白を言わせる為に今回の話は書いてきた気がします。

    過去に囚われず、今を見て、未来を考えなさい

これは、他の人にも当てはまるんじゃないかと思います。皆さん、過去に囚われっぱなしだし。。。。。

 

こっちじゃなくて、アチラを書かねば・・・・・・・と思いつつも、こちらの方が先に進む。

後日談とかも、色々と浮かんでは消え・・・・・

そのうち、拍手のページにでも書こうかな?とか思っております。

 

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