幕間 星に願いを

     星が見たかったの。

 

綾波が言った。


星・・・・・・

星なんて出ていない。

 

 

僕は、雨の冷たさよりも、綾波の心の中にある冷たいものに震えた。

 


     
さっきまでは出ていたの。

 

綾波が言った。

 

ロンギヌスの槍のせいか、一時は晴れたけど、やっぱり雨は降り出したのだ。

ねぇ・・・綾波

雨が降り出して2~3時間はたっているよ?

その間、綾波はずっとここにいたの?

公園の片隅の遊具の中で・・・・・

 

     雨宿り。ユイさんが言ってた。

 

ひざを抱え、たった一人で綾波は何を思っていたの?

 

     だって、ピノキオは人間になれたもの。

 

言葉が出なかった。


「綾波・・・・・・・・」

「何?碇君。」

「帰ろう。」


綾波はコクンとうなずいた。

その時、僕は自分が傘を持っていないことに気付いた。

 

 

 

 


   星に願いを

 

 

 

 

 

振り返ると、カヲル君が傘を持って待っていた。

綾波を見つけたのも実は、カヲル君だ。

「僕は行かない。君が行くんだよ、シンジ君。」

カヲル君に背中を押された。

それで、僕は迎えに行ったんだけど・・・・・傘を持っていなかった事に気付かなかった。

 

焦ってたんだな。

 

今更ながらにそう思う。

そう思ったとたんに、寒気がした。

「早く帰って、お風呂であったまろう。」

そう言う僕にカヲル君は

「それは僕が君に言いたいよ。」

と笑った。

 

 

家に帰ると、母さんが心配そうに待っていた。

「レイちゃん!!」

母さんは綾波を抱きしめた。

「よかった・・・・・・」

泣いているの?母さん・・・・・・

「ごめんなさい・・・・・・・」

「ううん。。。。いいの。

帰ってきてくれたから・・・・・それで、いいの。」

母さんの腕の中で、安心した綾波は、泣き出していた。

 

「え~~っと、シンジ。」

通り過ぎようとしたら、声をかけられた。

「ダイニングに、リッちゃん謹製の風邪薬があるから、飲んでから寝なさい。」

・・・・・実の息子にはそれですか?

ま、イイケド・・・・・・

 

 

朝、起きると額には熱を冷ますシートが張られたいた。

・・・・・そう言えば・・・・夜中、母さんに薬を飲まされた記憶があるような、無いような・・・・

ま、いいや。

気を取り直してベットから降りると、足元が微妙にふらついてた。

本調子じゃないって事だな。

僕は着替えてダイニングへ向かった。

 


テーブルの上には、朝食と手紙があった。

どうやら、母さんは仕事に向かったらしい。

 

手紙には、2~3日は休むようにと、薬は後で届けさせる、と書いてあった。

ま、この状態で学校に行けと言われても困るけど。

食欲が無いので、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して飲むと、リビングに向かった。

綾波がいるような気がしたから。

 

でも、リビングにいたのはカヲル君だった。

 

「薬、届けに来たよ。」

 

・・・・・・・・母さん、感謝。

この状態で一人でいたら、きっと思考はマイナスに走る。

それは、自分でも理解できた。


「シンジ君?」

じゃれ付く子猫をあしらいながら、カヲル君が言った。

「あ・・・あぁ・・・うん。おはよう。」

 

昼になって、綾波は部屋から出てきた。

昼食を食べてから、僕らは子猫と遊んだり、DVDなんかを見ながらまったりと過ごした。

綾波が選んだのは、母さんが用意した中からだった。

    ピノキオ

そう言えば、母さん、綾波の為に色々と用意してたっけ。

シンデレラ、白雪姫やピーターパン・・・・そして、ピノキオ。

名作と言われる童話に関しては、ほぼ網羅していた。

どうやら、綾波のお気に入りらしい。

 

     だって、ピノキオは人間になれたもの。

 


綾波、僕は君は人間だと思うよ。

僕はそう思ってる。

 

 

僕たち3人は3日間、子猫と遊んだり、DVDを見たり、母さんに頼まれた仕事をしたりしてまったりと過ごした。

意外と充実していたかもしれない。

少なくとも、僕はそう思った。

 

 

 

 

 

 


「おはよう、惣流さん。」

登校してきたアスカを見つけた綾波が声をかけた。

「おはよう、アスカ。」

「・・・・・・・・・・・・」

アスカは無視を決め込むつもりだったみたいだった。

でも・・・・違った。

 

「あ~ぁ・・・。アタシも焼きが回ったモンね。

 こんな、人形みたいな女に助けられるなんて。」

すれ違いざまに、アスカが言った。

「・・・・・・・・・・私は人形じゃない・・・・・・・・・」

綾波の手が震えていた。

・・・・・・綾波・・・・・・

僕は綾波の手を握った。

手の振るえが僕にまで伝わる。

 

「あらぁ。無敵のシンジ様までいらっしゃったの。」

茶化すようなアスカに、苛立ちよりも、哀しさを感じた。

「お人形には王子様がいるの?

 王子様のキスでお人形は人間になれたのかしら?」

 

アスカ・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・私は人形じゃない!!!」

きっぱりと言い切った。

綾波、君は人形じゃないよ。

僕はそう思うよ。

父さんだって、母さんだって、カヲルくんだって、そう思ってる。

だから、安心して欲しい。

大丈夫。君は人形なんかじゃない。

 

「あらぁ・・・・・」

アスカは蔑むように笑った。

「アンタなんで、人形でしょ!!」

アスカが言い切る。
 
クラス中の視線を感じた。

まずい状況なのは解る。解るけど、こうなったアスカを止めるすべが僕には無い。

僕は綾波の前に、かばうように前に出た。

でも・・・・・・それが、火に油を注いでしまった。

 

 

「アンタ、指令が死ね!って言ったら死ぬんでしょ!!」

 

 

「・・・・・・・・・・死ぬわ・・・・・」

 

 

 

小さな声だった。

それでも、静まり返った教室、クラス中がこちらに意識を向けている状態じゃぁ、きっとみんなに聞こえている。

他の人も息を飲むのが解った。

 

「ハン!やっぱり。」

アスカの大げさな仕草。

 

天性のものなんだろうか?

 

これだけの人に注目されていても、アスカは動じない。


綾波は僕の後ろから一歩前に出た。

その一歩が、僕にはやけに誇らしげに感じた。


「それで、みんなが助かるんだったら・・・・

 碇君やユイさんや・・・みんなが助かるんだったら・・・・死ぬわ。」


綾波の本音。

そして、人類の存亡をかけて戦っている僕らの現実。


明らかに、教室での形勢が逆転したのが分かった。

 

エヴァのパイロットである事は、知られている。

最前線で戦っている僕らが『死』というものを感じている事も理解は出来ているらしい。

 

僕は左手で綾波を抱きしめた。

腕の中で綾波が泣き出したのを感じた。


パン!!


「アスカ、自分が何を言っているのか解ってる?」

僕は、アスカをたたいた。

 

我慢できないよ。

アスカの事、知っているし、解りたいと思ったけど・・・・・ここまでしていい訳、無い。

「ねぇ・・・・

 人を傷付けて、楽しい?

 人を蔑んで、楽しい?」

 

僕自身が泣きそうだった。

 

「綾波、行こう。」

僕は泣きじゃくる綾波の手を引いて、教室を出た。


途中、洞木さんが僕の顔を見てうなずいたのが解った。

 


ゴメン、洞木さん。

また迷惑をかけちゃった。

僕には力が足りないね。

せっかく還ってきたのに、力が足りないよ。

みんなが幸せになる為に還ってきたけど、幸せになれるかな?

 


でも、サードインパクトは必ず防ぐから。

みんなで明るい未来が迎えられるように!!

 

 


僕は綾波同様、星に願った。

 

 初 : 2009.05.22(オヤジの青春)

2009.11.22 改定

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