03 猫と少年

暗闇の中、ナンバーが書かれたモノリスだけが光る


「初号機は自らS2機関を取り込んだのか?」

「その件は、碇からの報告は無い。」

「初号機の覚醒と開放・・・・・由々しき事態ではある。」

「鈴からは詳しい情報は無い。」

「奴め裏切ったのか?」

「いや、副指令の誘拐に失敗して捕獲された。」

「碇ユイが戻って来ているとも聞いた。」

「新しい鈴を用意しなければいかん。」

「鈴は鳴らなければ意味は無い。」

「送り込むか、新しい鈴を・・・」

「新しい鈴を用意しよう。予定を早めてな。」

「あれを使うのか?」

「それが最善であろう。」

 

「すべてはゼーレのシナリオのままに・・・」

 

 

 

 

猫と少年 

 

 

 

 

 

「母さん・・・・・まだ着るの?」

シンジは泣きそうな声で訴えた。

「次はコレよ!!!」

ユイの脇には洋服の山が出来ている。

反対側の隣には、洋服を抱えニコニコした店員がいた。

 

ここはショッピングモールにあるショップである。

先ほどからシンジは何十着もの服を試着していた。

「僕、疲れたよ・・・・・」

あきらめ顔でシンジはため息とともにつぶやいた。

「だってぇ・・・・・」

ユイは不満そうである。

ここに来る前に、レイを散々着せ替え人形にしてきたというのに、彼女だけは元気だった。

ちなみにレイは外のベンチでジュース片手に休んでいる。

 

「ねぇ・・・・母さん。

 僕、成長期なんだけど・・・・・・

 そんなに買っても、すぐに着られなくなるよ?」

と言うより、着られなくなって欲しいシンジであった。

「そうよね~。

 私は小さい方じゃないし、ゲンドウさんなんて大き過ぎる位大きいわね・・・」

そこでふと思いつく。

「何で、シンジはそんなに小さいの?」

   ・・・・・僕が一番知りたい・・・・・

ついに撃沈したシンジであった。

 

「さ、気を取り直して、次行くわよ!!!」

「え~~~~~~(涙)」

「だって、あなた達、明日から学校に行くんでしょ?

 今日中に買い物、済まさないと!!!」

「そうだけど・・・・・・」

 

退院してからの間、なぜだか忙しかったのだ。

引越しに新居での必要品の買い物、シンクロテスト・・・・・

やっと、新しい生活に馴染んできた所である。

 

「次は、あっちよ!!!」

逆らうことの無いレイと共に連れて行かれる。

 

この3人、顔が似ているので家族として歩いていても全く問題は無い。

ただ、ユイが母親に見られているかどうかは疑問である。

 

「シンちゃんとレイちゃんだと、レイちゃんの方が微妙に大きい?」

 

「・・・・・・・・・・人の気にしてる事を・・・・・・・」

 

シンジ、本日、二度目の撃沈である。

 「シンジ、何か言った?」

ユイがニヤニヤしながら聞いてくる。本当は聞こえているのに・・・・・だ。

「言ってないよっっっ!!!!」

ユイの情けない口撃に、抵抗する気力もなくなっているシンジであった。

 

童顔、女顔、平均を下回る身長と体重。声変わりですら、危うい。

思春期の男子にとっては、由々しき問題である。

 

単に、成長期が来ていないだけなのかもしれないが、そんな事は問題じゃない。

今、この現状を何とかしたいのだ。

 

「シンちゃんの食が細いのが原因だと思うけど?」

 

シンジの悩みを的確についた返答である。

なにせ、成長期の男子はご飯を食べながら『腹減った』と言うヤツだとか、すでに大量の食料を消費しておりながら『食べるのにあきた』など言うヤツもいるくらいである。

 

それに比べたら、ユイと同量しか食べないシンジの食は細いと言えよう。

 

「・・・・・確かにトウジは僕の倍以上食べるけど・・・・」

「だったらシンジもかんばって見ればいいじゃない?」

 

 

その言葉通り、夕食を食べに入った中華料理店で大量に料理を注文し、嬉々として食べるユイとレイの姿と、脂汗を流すシンジの姿があった。

 

 


    

 

 

 

 

 

 


久々の登校だ。

シンジは思った。

 

 

ごく当たり前の日常。今は、それがうれしい。

 

朝起きれば朝食出来ていて、お弁当まである。

あの頃、夢にまで見た生活が、今、ここにはあった。

 

 

赤い海までの出来事が、夢と思えるほどに・・・・・・・・

 

 

 

教室のドアを開けると、生徒の数はまばらになっていた。

 

 

「おはよう。洞木さん。」

「おはよう。ヒカリさん。」

ジンジと、彼と一緒に登校したレイがヒカリに挨拶をする。

ユイと暮らすようになって数日、レイは確実に変わりつつあった。

「おはよう。碇君、綾波さん。」

笑顔で挨拶をしてくれるヒカリの存在が、ジンジにはとてもうれしかった。

「人・・・減ったね・・・・」

「うん。みんな疎開しちゃった。」

ヒカリはさびしそうに言った。

被害を抑えようとしても、使徒との戦いで被害は出てしまう。

それを恐れての疎開だ。

仕方が無い事とは言え、やはり寂しい。

「そっか・・・・・・・」

「碇君のせいじゃないわ。」

ヒカリの慰めの言葉に、シンジは笑顔で答えた。ありがとう・・・・と。

「僕、洞木さんにお礼を言わなくちゃいけないんだよね。

 お見舞い来てくれたんでしょ?

 ありがとう。」

「ううん。・・・・・いいの。」

「それと・・・・・」

シンジは言いにくそうに口ごもった。

「鈴原の事はいいの。

 碇君の所為じゃないし。」

「でも・・・・・・」

「いいの。」

「ありがとう。」

碇君は変わった・・・・・

ヒカリは思った。

こんな風に言える人じゃなかったもの。

いい意味での変化だわ。

きっと、お母さんと暮らせる事がいい方向に作用してるんだ。

 

 

「おはよう、ヒカリ・・・・」

「おはよう、アスカ。」

 

 

教室に入ってきたアスカはヒカリと話しているシンジに気付いた。

 

「おはよう、アスカ。」

 

シンジの挨拶に無視を決め込んで、自分の席にアスカは座った。

 

 

なんとも言いがたい空気が流れた。

「碇君、アスカとケンカでもしたの?」

「ケンカと言うか・・・・・・・なんだろう?」

「ケンカした訳じゃないんだ。」

「タブン・・・・・・・

 お昼はアスカと食べるんでしょ?

 放課後、ウチに来ない?」

「え?」

「綾波もいるし。

 今日はネルフに行かなくてもいい日なんだ。」

「そうなの?

 アスカは毎日行ってるけど?」

「毎日行く必要は無いんだ。

 定期的にシンクロテストさえしておけば大丈夫。」

「そうなんだ・・・・・」

アスカと比べ、余裕のあるシンジ。

この違いは一体なんだろう?

ヒカリは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、3人は一緒に帰った。

 

案内されたマンションの一室で、ヒカリは呆然としていた。

 

「碇君って・・・・・・・お坊ちゃまだったんだ・・・・・」

 

見るからに高級そうなマンションの最上階である。

通されたリビングはだだっ広い。

 

「そうかな?」

シンジの言葉にレイが反論する。

「碇君は、総司令の息子。」

  知らなかった・・・・・・・

とヒカリは思った。

でも、今までの生活は?

「その辺に座ってて。今、お茶を煎れるね。」

綾波は着替えてくるといいよ。と言ってシンジはキッチンへ消えた。

案内されたソファに居心地悪そうにヒカリは座った。

 

   え~~~っと。 

 

ヒカリは考えた。

ネルフ総司令の息子って事は、お父さんの上司の息子・・・・違うわね、普通の会社なら本社の社長の息子って事?

何だか、スゴイ・・・・・・。

でも、碇君は全くそんな事感じさせない。

逆にアスカの方がそんな感じよね。


「洞木さん。紅茶でよかったかな?」

そう言ってシンジは3人分の紅茶をテーブルに置いた。

シンジはヒカリの目の前に座ると話をきりだした。

「アスカの事なんだけど・・・・」

「ケンカした訳じゃないんでしょ?」

「うん。

 でも、アスカを怒らせちゃったみたい。」

「どういう事?」

「え~っとね・・・・・・僕がずっと眠っていたのはしってるでしょ?」

「うん。」

「その間にね、母さんが綾波と暮らす事になってて・・・・・

 母さんの中では綾波と僕の3人で暮らす事が決定事項になっていたんだ。」

「お父さんは一緒じゃないの?」

「うん。そうだよ。

 忙しいから本部で暮らしてる。」

これは対外的な言い訳だった。

ユイが予め考えて、シンジに伝えてあったのだった。

「・・・・・・・そうなんだ。」

ヒカリは納得できない感じだった。

「でね、アスカの事なんだけど。アスカにね、叩かれたんだ。

 それ以降、避けられてる。」

「何で?」

「何でだろう?」

シンジの顔には、納得できないとか、理不尽だとか、不愉快だとかの表情が浮かんでいた。

「アスカにね『綾波と母さんと3人で暮らす事になったから、アスカもどう?』って聞いたんだ。

 そうしたら、『何でアタシに先に言わないのよ!』って言われて・・・・・

 パチンと。」

「・・・・・・・・・」

ヒカリは落ち着く為に紅茶に手を伸ばすと、一口飲んだ。

美味しい。

碇君って、紅茶淹れるのも上手なんだ。

こんなの当たり前に飲んでいたら、それこそ、そこいら辺のなんて飲めないじゃないのかな?

アスカって、自分がどれだけ恵まれた環境にいたのか理解してなかったのかもしれない。

「ねぇ・・・・碇君。私、思うんだけど・・・・

 アスカはさ、自分より綾波さんを優先させたのが赦せなかったんじゃないかな?」

「綾波の保護者って父さんだったんだよ。

 アスカもそれは知ってたよ。」

「それでもよ・・・・・・・・」

「ねぇ・・・・洞木さん。

 アスカ中心に世界が回っている訳じゃないと思う。

 僕の知らない所で決まった事まで僕の所為にされても、困るよ。」

「・・・・・・そう・・・かもしれない・・・」

   確かに・・・・・叩く必要は無かったわよね。

   私ってば、また、やってしまったわ・・・・・

ヒカリは反省モードに入った。

   アスカを中心に世界が回っている訳じゃないか・・・・・

   その通りだわ。

   確かにアスカは、自分を中心に世界が回っていると思っている節があるわね。

   そして、その一番の被害者が碇君だったんじゃないかしら?

   碇君はそれが嫌になったのかも知れない。

 

 

「洞木さん。

 僕は今まで、弱くて、ずるくて、逃げてばかりいたんだ。

 人の言いなりになって、流されて・・・・・人の所為にばかりしていたんだ。」

「碇・・・・くん?」

「でも、それじゃいけないって思ったんだ。

 人に流されないで、自分で考えようと思ってる。

 だから・・・・・・アスカとは前みたいには暮らせない。」

まっすくな瞳だとヒカリは思った。

碇君が考えて出した結論。

アスカにどう思われようと、回りがどんなに騒ごうと、きっと、変わる事の無い。

この件に関して、私が何を言っても同じなんだ。


「そう・・・だよね。」

沈黙が流れた。

が、ヒカリには言葉を見付ける事が出来なかった。

「ごめん・・・・・・・・・」

「碇君が謝る事じゃないと思う。」

「でも・・・・・アスカが迷惑をかけてるから。

 僕がもっとしっかりしていたら、こんな事にはならなかったから。」

ヒカリは首を振った。

「それは・・・・・違うと思う。」

 

そこに、タイミングを見計らったように着替えたレイが来た。

「ユイさんがこれから帰るから・・・って。」

「母さんが?」

「そう。電話があったの。」

だから時間がかかったのか・・・・とシンジは思った。

いや、違うな。

きっと、母さんはチェックしてるな。

「ヒカリさん、夕食、一緒にいかが?って、ユイさんが」

「え・・・・でも・・・・」

「食べていきなよ。

 母さんの事だから、手回しは済んでるよ。」

「じゃぁ・・・・・お願いするわ。」

「僕も着替えてくるから、綾波、洞木さんをお願い。」

「解ったわ。」

二人を残してシンジが部屋に行った。

レイは相変わらず無口ではあったが、話を振れば返事はする。

取り留めの無い会話をするうちに、シンジは着替えて戻ってきて、程なくユイも大量の食材とケーキを持って帰ってきた。

その後、シンジを除く三人はレイの部屋に行き、制服を着たままだったヒカリはいつの間にやら着替えていた。

何だか楽しそうな三人だった。

「シンジ、私はコーヒーね。」

・・・・あ、僕がお茶を淹れるのね。

シンジはキッチンでお湯を沸かす支度をすると。人数分のお皿とフォークを持ってリビングに向かった。

4人しかいないのに、なぜだか10個以上あるケーキ。

不思議に思うシンジをよそに、ヒカリとレイにケーキを勧めるユイ。

彼女たちのお皿の上には、2個づつケーキが乗っていた。

残ったケーキの中から、チョコレートケーキを選ぼうとしたシンジにユイが言った。

「だめよ、それはゲンちゃんのだから。」

  ・・・・・ゲンちゃん????

聞く気も無く聞いていたヒカリが目を白黒させたのはご愛嬌。

「え?父さん、来るの?」

「そうよ。」

ゲンドウとチョコレートケーキがうまく結びつかないシンジではあったが、ここでこのケーキを選ぶ事の危険性は理解できた。

シンジは無言で他のケーキを選ぶと、残りを冷蔵庫にしまう。

お茶を用意して持って来た時には、すでに食べ始めている3人だった。

   ま・・・・いいけど・・・・

楽しそうに話す3人に、何故だか自分自身も楽しく感じるシンジだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


食事が終わった頃、見計らったかのようにゲンドウが現れた。

彼を見たヒカリの顔がこわばったのは言うまでも無い。

 


程なくヒカリの父親もやってきた。

 

ダイニングで食後のお茶を飲んでいる子供たちにユイは言った。

「大人の話があるから、宿題でも済ませといて。

 シンジ、いいわね。」

念を押すように言うユイに、シンジはうなずいた。

「解ったよ。

 僕の部屋へ行こう。」

何の話をするのかは聞いていなかったが、大体の予想がシンジにはついた。

   アスカの事だ。

   アスカはミサトさんの家を出るのかもしれない。

   行き先は洞木さんの処か・・・・・

 

30分ほどで話し合いは終わった。

 

思案に暮れたヒカリの父親を見て、シンジは確信した。

 

「洞木さん、また遊びにきてね。

 今度は、チェロを弾くからさ。」

シンジは部屋にあったチェロにヒカリが興味を持っていたのは気付いていた。

しかし、時間が時間だったので、気付かない振りをしていたのだった。

 

「え?あ・・・うん。」

「ヒカリさん、、また明日。」

「また明日。レイさん。」

家族4人に見送られ、ヒカリは父親と家路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ねぇ・・・・・・アスカ・・・・・寝てる?」

ヒカリは今日も泊まりに来ているアスカに声をかけた。

   今日こそ言わなければ・・・・・

ケンスケから参号機の話を聞いて数日、話を切り出すきっかけが無いままに過ぎていた。

   でも、今日なら・・・・・・

そう思いながらも、ピリピリしているアスカにヒカリは何もいえずにいた。

「・・・・・起きてるわ・・・・・」

「ねぇ、アスカ。

 私はアスカの事、親友だと思ってる。

 だから・・・・ウソはつかないで・・・・」

「ヒカリ?」

アスカは不思議そうにヒカリに聞き返した。

「ねぇ・・・・・何で碇君を無視したの?」

今日1日、アスカは徹底的にシンジを無視し続けたのだった。

「・・・・・・・・・・・」

「理由、あるんでしょ?」

「・・・・・・・・・・」

答えないアスカにヒカリは苛立ちと同時に悲しみをを覚えた。

でも、ここで怒っては話にならない。

「アスカはずっと、頑張ってたよね。

 それは知ってる。

 でも・・・・・・それしか知らない・・・・」

「ヒカリ?」

「だってアスカ、何も話してくれないじゃない。

 私はアスカみたいに天才じゃないから、言ってくれないと解らないよ。」

今にも泣き出しそうなヒカリに、アスカはあせった。

「エヴァで・・・・・・・エヴァで勝てなかったんだ。」

誰に?

とは聞かなくても解った。

アスカは碇君に負けたくなかったんだ。

「アスカはアスカでしょ?

 勝ち負けなんて関係ないよ。」

「アタシは完璧なの。

 完璧じゃなきゃ、いけないのよ。」

   アタシは一番にならないといけないの。

   アタシは完璧でないといけないの。

   そうでないとママが見てくれないのよ・・・・

アスカは思った。

 

「アスカ・・・・・・・・」

ヒカリはアスカの心の中の闇を見たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


翌朝、ヒカリは一人で学校に向かった。

アスカは学校に行く事を拒否したのだった。

   ・・・・・しょうがないか・・・・・

学校でシンジにその事を告げると

「そっか・・・・・」

と悲しそうに言った。

「洞木さんが気にすることじゃないよ。

 これはアスカの問題だから。

 ・・・・・・でも、迷惑かけちゃって、ごめんね。」

   変わらずに、碇君は優しい。

でも、前とは違って『余裕のあるが故の優しさ』な気がした。

   碇君って、前はかなり不安定だったもんね。

   綾波さんも変わってきてるし。

   お母さんの存在って、そんなにいいものなのかな?

ヒカリは思った。

 

 

 

そして・・・・放課後。

校門の前がやけに騒がしかった。

 

特に、女子はキャーキャーと黄色い声をあげていた。

   何だろう?

そう思いながら、シンジはレイと共に校門の前を通り過ぎた。

「シンジ君。」

声をかけられて振り返るとそこに居たのは

「カヲル君?」

何故だか小さい段ボール箱を抱えたカヲルだった。


   あぁ・・・・そう言う訳ね。。。。。

シンジはため息をついた。

 

家の場所は知らないし、ネルフに行く訳にもいかなかったのは理解できた。

 


「早いけど・・・・来ちゃったよ。」

本当ならマルドゥック機関からの通達はもう少し後になるはずである。

話が来た段階で、来てしまったのだろうか。

「そうなんだ・・・・・」

シンジはカヲルの持つ段ボール箱に目を留めた。

「これ?

 さっき、拾ったんだ。」

中には生まれてすぐの子猫が3匹ほど入っていた。

「かわいい・・・・」

はじめて見る子猫にレイは興味津々である。

恐る恐る箱の中に手を入れた。そんなレイに子猫はじゃれ付く。

「疎開先では飼えないから・・・・・・なのかな。」

シンジは寂しそうに言った。罪悪感も感じていた。

「そうなんだろうね。」

カヲルも同様だった。

「街、壊したくないな・・・・・・・」

独り言に用にシンジはつぶやいた。

「今度は壊さなければいいなじゃない?」

カヲルの返事にシンジは驚いた。

「出来るの?」

「考えてみる価値はあるよね?」

「こんな小さい命もこの街にはあるんだよね・・・・・」

「護りたいんでしょ?」

「うん。」

「じゃぁユイさんも交えて相談しよう。

 連れて行ってもらえるかな?」

「解った。こっちだよ。」

 

連れ立って歩く3人の話題はこの子猫だった。

 

   レイはすっかり子猫が気に入っているようだし、飼いたいな。

   でも、あのマンション、ペット大丈夫だったかな?

などと考えてしまうのは、シンジがシンジである所以あろう。

 

 


マンションに着くと、シンジは使い古したタオルをダンボールの中に引き、牛乳を温めた。

手ごろな皿を出すと、牛乳をそこに入れ、子猫の前に置いた。

子猫はピチャピチャとミルクを飲み始め、それをレイが飽きることなく見ていた。

 


「ただいまぁ~♪」

程なくユイが帰ってきた。

手には猫砂なるものがある。

おまけに猫の餌まである。

 

  絶対、母さんチェックしてる。

  絶対に楽しんでる。

 

シンジは確信した。

でも、それを言ってはいけない。

何故なら、逆襲される。

これは過去の経験から導かれた答えであった。

「お帰りなさい。」

レイは子猫を抱いて、真っ先にユイを迎えに出た。

「レイちゃん、そのこ、かわいい?」

ユイの問いかけに、コクンとうなづくレイ。

「じゃ、飼いましょうか。」

ユイがにっこりと笑うと、レイもにっこりと笑った。

   レイちゃんが珍しく興味を持っている。

ユイは思った。

   情操教育の面ではいいんだけど、みんなで本部に行っている時はどうしよう?

   え~~い!!リッちゃんにお願いしちゃえ♪


    ユイさん・・・あなたって人は・・・・・


リツコの心の声が聞こえた気もするが、全く意に介さないユイだった。

 


 

 

 

 

 

 

 


「ねぇ・・・・シンジ君。

 1つ聞きたいんだけど、元々いたシンジ君はどうするんだい?」

 

レイがお風呂に入っている間を狙って、カヲルが問いかけた。

先ほどまで子猫と遊んだレイは満足したようである。

子猫も満足したのか、夢の中の住人(住猫?)となっていた。

 

「え?」

カヲルの質問に、シンジは戸惑った。

実はどうしたらいいのかを考えてはいたのだが、いい案が思い浮かばなかったのである。

 

「体が無いんだ。

 僕が使ってしまったから・・・・・」

   あぁ・・・そういう事か・・・

どんなに力があっても、無から有は作り出せない。

カヲルは言ってしまった事を少し、悔やんだ。

 

「じゃ、レイちゃんの素体を使う?」

ユイが話しに割り込んでくる。

赤い海以来の密談状態である。

あの時は、レイもいたが・・・・・

彼女はまだ、還ってきていない。

 

「それもいいかも知れないけど・・・・・女の子になっちゃわない?」

シンジの問いかけにユイが首をかしげた。

「女の子?」

「だって、綾波は女の子だもの。」

確かにその通りである。

「でも・・・・・・精神に体が反応すると思うの、私はね。

 だから、シンジが『男である』事を意識していれば大丈夫だと思うんだけど・・・」

ユイの言葉にシンジは口の中で言葉を紡ぐ。


   ・・・・・・・それ、無理・・・・・

 

自分自身を明確に『男』として意識したことなんて無い。

否、自分自身を、明確に意識すらしていなかった。

 

だから、前回のサルベージ計画は失敗しそうになったのだ。

 

 

 

 

 


「シンジが迎えに行けばいいじゃない」

実にあっさりとユイが言った。

「だって、僕の力、残ってないよ。」

「え?」

「だって、還る時にほとんど使っちゃったし・・・・・・・

 残りはエヴァの中の母さんにあげちゃった。」

赤い海の世界では依り代となったシンジは神にも近しい存在となったいたのだった。

「だって、必要ないでしょ?」

あっけにとられるユイと肩を震わすカヲル。

その二人をシンジは不思議そうに見ていた。

 

「シンジ君らしい・・・・」

「そ・・・・そうかな?」

「じゃあ、エヴァの中の私が無敵って事?」

「そう・・・・かもしれない。」

   だからなのね・・・・

ユイは思った。

   シンジが目覚めるまでの1週間は、エヴァの中にいる私がくれたプレゼント。

   その間に、シンジを迎え入れる事の出来る状態を作れと言う必要な時間。

   だとしたら・・・・・

「エヴァの中のシンジは早く出さなければいけないわね。」

ユイの言葉にシンジは反対する。

「でも・・・・・、あの時の僕は、出たくなかったんだよ?」

「例えそうであったとしても、私なら出してあげたい、と思うわ。」

「でも・・・・・・そうすると、また、一人になっちゃうじゃない?」

「それでもよ。」

ユイの強い意志に戸惑いながら、シンジはカヲルを見た。

彼の視線を受けてカヲルは肩をすくめた。

「綾波が還って来てからじゃダメかな?」

「そうよね・・・」

「戦わなくても済むようになってからの方がいいと思うんだけど。

 そう約束したし・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌々日、カヲルはシンジのクラスに転校生としてやって来た。

「シンジ君、隣、空いてる?」

ちゃっかりシンジの隣の席をキープしていた。


2~3日は一緒に暮らすが、その後は他の人が保護者になるらしい。

大人の世界は色々と大変だ。

シンジは思った。

カヲルの機体はないので、便宜上、弐号機の予備パイロットとなる。

「四号機、取り出す?」

と言うカヲルの言葉に、ユイは興味津々で聞いてはいたが、今はその時期ではないらしい。

でも、S2機関が搭載された四号機はディラックの海から取り出す予定はあるらしい。

色々とめんどくさい。

シンジはそう思ったのだった。

 

初 : 2009.05.14 (オヤジの青春)

2009.11.16 改定

 

 

 

あとがき    という名のタワゴト  

またまた、こっちの更新です。

ど~も、悪い癖が出ておりまして・・・・・・・・現在、第6話位までの同時進行となっております。

ゴメンなさい。今しばらくお待ち下さい。

 

 

さて、今後、アスカはどうなるんでしょう?

彼女が壊れた原因は『ありのままに自分を受け入れる事が出来なかった』からだと思っています。

シンジは成長過程で自己の存在を否定されていた故に、存在を肯定する人を求めました。

アスカは成長過程で自己の存在を肯定してくれる大人の中で育ったのもかかわらず、さらに存在を肯定する人を求め、否定する人を排除しようとしていると思います。

これって、幼児期に親の無条件の愛情を感じずに育ってしまった所為ではないのか?などと思ってしまいました。
(漫画だとそれっぽいような気がするんですが・・・・・・)

 と言うような事を、前回のあとがきで書いたんですが・・・・・、他の人はどうなんだろう?

 

 

 

     せめて、人間らしく     ネルフ、新生     NOVELⅡへ