「君たちと一緒に卒業する事は出来なかったが、私の息子碇シンジもこの学校に在籍していた。私は自分の息子がこの学校で学んだ事を、自分の息子のした事を、誇りに思いたいと思う。」
来賓の挨拶で最後に付け足された言葉。
公式での訪問であったにもかかわらず、マスコミを一切シャットアウトして行われた第三新東京市立第壱中学校での卒業式での碇ゲンドウ言葉。
それは、ネルフ総司令 碇ゲンドウ が公の場でサードチルドレン碇シンジが自分の息子であると公表した瞬間だった。
More than anyone else in the world
常夏になってしまったとはいえ、式典には正式な制服の着用が義務付けられる。
暑苦しい気候と、暑苦しい制服、その上、厳重な警備体制に卒業生とその保護者だけでなく、在校生もピリピリとしていた。
・・・・・・・暑い・・・・・・
窓の外を眺めながらそう思った。
着慣れない制服の上着は新品で、体に全くなじまない。
・・・・・・・帰りたい。
そう思った。
「ヒ~ナ~ちゃん。」
視線を教室に戻すと、目の前にヒカリちゃんが居た。
「何?」
クラスメイトになってから、散々「敬語はやめて!!」と言われ続けて・・・・・こうなったんだけど、ボロが出ないことを祈る。
「すでに疲れてない?」
ヒカリちゃんはヒナの体調を心配してくれる。
「だって、暑い。」
そう訴えたら、実にあっさりと改善策をだされた。
「式典の最中だけ着てればいいのよ。」
「あ!!!」
そんな簡単な解決策ですら思い浮かばなかった自分が恥ずかしくて・・・・・・・、下を向きながら上衣だけを脱いだ。周りの人を見てみれば、通常の制服で、上衣を着ている生徒なんていなかった。
「そんなヒナちゃんにはこれをプレゼントしましょう。」
ヒカリちゃんと一緒に居たエリちゃんがヒナの髪を掻き分け、首筋に何かをペタリと張った。そのあまりの冷たさに「ひゃぁ・・・」と声が出た。
「冷却シート。暑い時にはこれに限るわ。」
「そうそう。ヒナちゃん、髪が長いから隠しとけばいいわよ。」
エリちゃんにヒカリちゃんが同意して、一瞬の空白の後、理解した。ふたりはヒナの事、心配してくれているんだと。
「ありがとう。」
感謝しなければいけない、今、自分がいる環境に。にっこり笑って「どういたしまして。」と言ってもらえる環境に。
「それにしても・・・・スゴイよね、今日の警戒態勢。」
エリちゃんが窓の外を見ながら言う。この言葉に申し訳なさがこみ上げる。
「でも、みんな、興奮してるみたいね。」
「だって、ネルフの総司令を“生で”見られるなんて、滅多に無いもの。」
そうか?そうなのか?
あの頃の威厳は何処へ行ったの?って位に最近のお父さんは親莫迦だったりする。なんかね、もうね。とにかくそうなんだ。
「・・・・・・・・そうなの?」
「「そうよ!」」
そ、そんな勢いよく言わなくってもいいなじゃない。それに、ヒカリちゃんもエリちゃんも会ってるじゃないか、ウチのお父さんに。
「・・・・だって、会ってるじゃない、お父さんに。」
小声でそういうと、「それとこれとは別!」ときっぱりと言い切られた。エリちゃんに。
「・・・・・・・・・・。」
曖昧な微笑でふたりを見ると、視線で周りを見ろと訴えられた。
・・・・・・・もしかして、みんな、興奮してる?
「気付いた?みんな、ネルフの総司令が来るの、楽しみにしてるのよ。」
「そうなんだ・・・・・・・・。」
改めて見回した教室には、アスカちゃんが居た面影もなく、卒業してしまう寂しさと共に、今日、来賓で来る事になっているお父さんの話題でもちきりになっている。
「ネルフに勤めてたって、そう会える人じゃないんだし。」
そう言われて記憶を辿ってみても、碇シンジ自身、そう会っていない事に気付いた。
「・・・・・・・そうだよね。」
ヒナノは毎日会ってるけどね、親莫迦全開でとんでもない事になってるけどね。
「実はね・・・・・、もっと怖い人かと思ってたんだけど・・・・・ねぇ・・・・。」
と言うヒカリちゃんのコメントは笑顔でスルーした。だって、その通りだから。色々と迷惑をかけてごめんなさい。
「中々お茶目なお父さんだと思うよ?うん。」
エリちゃん、ありがとう。アレの何処がお茶目なんだかヒナノには理解できないけど、お母さんは『可愛い』って言うから、見る人が見たら、そうなのかもね。
厳重な警戒態勢なんて何のそのと、卒業式の教室は異様な盛り上がりだった。
学校との話し合いで、ヒナノの卒業は認められた。
編入する時も揉めたらしく、それは『今まで学校に通った事が無いから』と少しでも知り合いのいる所へと親が押し切ったらしい。
条件として、学校名を出しての模試とか、某有名校の入試の合格があったけど。
でも、それでも、学校に通う事が出来たのは幸せだったと思う。
「で?どんな感じなの?」
滞りなく卒業式が終わった帰り道、ヒカリちゃんが聞いてきた。ずっと、黙ってたから。
「ん~、弁護士さんに任せちゃってるからよく解んないんだけど・・・・・・・」
と前置きをした。
「こっちの希望はね、これ以上碇シンジやネルフの事を公式、非公式を問わず話さない。公式な形で謝罪をする、かな。」
「そう。」
ヒカリちゃんは目を伏せ、エリちゃんは納得できない様な感じだった。
「それって、甘くない!?だって、だって・・・・・・・」
「それで、いいんだ。」
「え?」
「いいんだ、それで。」
エリちゃんの目を見て言った。
いいんだ、本当にいいんだ、それで。アスカちゃんが“謝る”って事が出来るのなら、本当にそれでいい。それが彼女にとって、どれだけの事だか理解できるから。
「もう、会う事も無いと思うから。」
ドイツに栄転と言う形で戻り、改めて大学に通い始めた、と聞いた。興味も無いし、それ以上は聞かなかった。そして、聞かれていないから話してもいない。ヒカリちゃんは知っているのかも知れないけど。
「・・・・・・・そう。」
未だに納得しかねるエリちゃんと、こちらが要求している事がどんなに難しい問題なのかを理解しているヒカリちゃん。対称的だとは思う。でも、事の本質を、惣流アスカ・ラングレーと言う人間を理解している人にはこの事がどんなに難題であるかも理解できているのだ、と思う。
「彼女にとっては最大の屈辱になってしまうと思うから。」
そう付け加えた言葉に各種の反応が返ってくる。
「それにね、“過去”にしたいんだ。」
そう、過去にしたい。エヴァの事も、碇シンジだった事も全て。だって、前に進みたいから。前に進まなくちゃいけないから。
「で?碇さんはどうするの?進路。」
案の定と言ったタイミングでケンスケが聞いてきた。
「市立の予定なんだけど・・・・・・。」
と言葉を濁した。
合格通知は手にしたものの、色々な意味で学校側と折り合いがついていない。正確に言うと、学校側が碇ヒナノを受け入れる事に消極的なのだ。理由は解っている。碇ゲンドウの娘だからだ。
公立校であるが故の管理体制の甘さがネックになっているのが実情で、公立である為にそういった事にかける予算も少ない。妥協のラインをお互いに探っている状態だったりする。
「予定?」
不思議そうにエリちゃんが聞いてくる。一緒に合格発表まで見に行ったから。
「家から一番近いからそうしたんだけど、ね。」
いくらセカンドインパクトで血縁が減り、早く働く必要のある子供に学年飛び級制度が認められているとはいえ、ヒナにはその必要は無いし。普通の飛び級も認められているとはいえ、そんなに一般的じゃないし。
「確かに近いよね。歩いて10分くらい?」
いえ、カヲル君、ヒナノの足だともっと掛かります。でも、ありがとう。話をそらしてくれて。
「・・・・・・・・それじゃ、着きません。」
少し悔しいけど、返事をした。
この1年でみんな、成長した。ほとんど背が伸びなかったヒナノからしたらカヲル君は見上げる位大きいし、ヒカリちゃんやエリちゃんだって、視線の高さが違う。
「そうなの?」
「・・・・・・・・残念ながら。」
カヲル君との会話に気まずい何かを感じたのか、ヒカリちゃんがフォローをしてくれた。
「ヒナちゃんはこれからでしょ?」
「そやな~。」
解ってるんだか解ってないんだか、トウジ君が相槌をうつ。そ~ね~、是非、150㎝は超えたいね~。
「って言うか、女の子は小さいほうが可愛いよ・・・・・。」
長身のエリちゃんが言う。大きければ大きいなりに悩みはあるもので・・・・・・
「大丈夫!高校にキタイしよう!」
小さければ小さいなりに切実なんだよね、相田君。凄くよく解るよ・・・・・・
和やかに時間が流れる。
毎日の生活や、親や友達とのやり取り。些細な事の中に潜む小さな幸せにあの頃は気付く事すら出来なかった。周りが見えていなくって、自分が世界一不幸なんじゃないか?なんて思ったこともあった。自分で自分の視野を狭めていたのだ、と気付いた。
それじゃぁ、いけない。
そう思って気付いた事がある。あのマンションは、ヒナノの為だった。中学はともかく、近くに高校なんてそんなに無い。駅からも近いし、セキュリティだけでなく利便性も高い。
きっと、中学は無理でも高校には・・・・・と思っていたのだろう。
第三新東京市には、“そういった意味での”私立高校は無い。在るのは第二の方だ。そこまで通うだけの体力が無い訳だから必然、公立の高校になる訳で、それなら近い方がいいだろう、と言う事なんだと思う。
見る方向が違えば見え方も違う。
たったそれだけの事に気付かなくって、遠回りしちゃったけど、今、ヒナノは幸せだと思う。
だから、最後に貴女にお礼が言いたい。
最後に君にお礼が言いたい。
ありがとう、綾波。今、僕は幸せだよ。
fin
2011.06.12