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 案の定とも言うべきなのか?ってタイミングで僕の携帯にメールが入った。

 

 今日、これからうかがってもいいかな?

 

 相手はヒカリちゃんだった。きっと、新聞を見たのだろう。そう思ったら、返信を躊躇った。

「ヒナノ。今日は加持君の代わりに渚君が来るわ。」

 どうやら母さんの所にもメールが来てたらしい。当然と言えば当然の事なのかもしれない。

「そう。いってらっしゃい。」

 母さんを見送る。お互いに食欲は無いままで、お茶だけ飲んだ。

「行ってきます。渚君によろしくね。」

 そう言って母さんは仕事へ向かう。こんな時だからこそ、笑顔で見送りたいと思った。

 あれから、仕事で忙しい加持さんの代わりにカヲル君が来る事が多い。きっと本当に忙しいんだろうな・・・・と思える位に事態は深刻だし。ミサトさんの解雇問題だと当事者にもなる訳だし。

 学校は学期末の長期休みに入った所為でアスカは日本にいない。ドイツでこの情報がどれ位の重要度があるのかは判らないけれど、ドイツ支部の職員から聞かされているだろうと思う。ドイツ支部にいたこともある人だし。

 日本に居たら怒鳴り込まれていたかも知れないな・・・・と思った。

 返事をためらっていると、家のチャイムがなった。

「マンションの前に居たから・・・・・」

 そう言ってカヲル君がヒカリちゃんを連れてきた。外出先から呼び戻されたって事?

 なんだか、非常に申し訳ない気持ちと、いたたまれない気持ちでいっぱいになる。

「急に来てしまって・・・・・ごめんなさい。」

 でも・・・・・・・

 笑顔を作ろうとして作りきれていないヒカリちゃんが哀しかった。

 

 

「あの・・・・・・・。」

 目の前に出されたお茶に手をつける事無くヒカリちゃんが切り出した。迷って、躊躇って、それでも切り出した彼女は、本当にアスカの事を心配しているのだと思う。

「もう、無理なんだ。」

 僕が答えるよりも早く、カヲル君が答えた。

 たったこれだけの言葉で理解できてしまう位に、葛城ミサトと言う人は色々とやらかしてくれた。

「でも・・・・・それじゃぁ、アスカは?アスカはどうするの?」

 未だに、名目上ではあるけれど、ミサトさんはアスカの保護者だ。

「どうするって?」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 カヲル君の返答にたっぷりと時間をおいてヒカリちゃんは自分の問いがおかしい事に気付いたらしい。

「だから、どうするって言われても・・・・・・ね。どうにもならないんじゃないかな。」

「あぁ・・・ごめんなさい。どうするの、じゃ無くて“どうなるの?”ね。」

「それは、本人次第じゃない?」

 実に簡単にカヲル君が答えた。それは至極、尤もな答えだった。でも、それはヒカリちゃんの求めている答えじゃなくて・・・・・

 いたたまれなかった。ヒカリちゃんの気持ちを考えると。でも、僕自身に出来る事は無いに等しい。

 否、違うな。

 僕自身に出来る事はある。でも、したくなんか、無い。再び沈黙が訪れた。

 

 

「別に彼女は僕の事が好きな訳じゃないから。」

 カヲル君から唐突に切り出された言葉。

 “彼女”が誰を意味するのかは理解できた。でも、意味が解らなかった。アスカがカヲル君を好きだって言ってたの?

「そうでしょ?洞木さん?」

 さも当然な事を確認するかのような問い掛けに、ヒカリちゃんはあからさまに視線をはずした。そして、それは“肯定”を意味する事も理解できた。

「外見、スペック、ネルフでの立場。そんな見た目を気に入って取り巻きにしたかったんだよ。」

 初耳だ。でも、納得出来る。

 きっと、彼女はネルフでの立場を欲しがっていたのだろう。学校ではなくて、より、高位な所で。自分は尊敬に値する人間だと思われたかったのだ、と思う。

「連れて歩くんなら丁度いい、って感じにね。」

 あ・・・・・見た目も重要なのね・・・・・

「そんな・・・・・・・」

「違うって言える?」

 ヒカリちゃんは答えなかった。

「ま、それだけじゃ無いけど?」

 思いがけない言葉だったのかヒカリちゃんの表情が変わった。

「一番重要なのはね・・・・・・。」

 カヲル君は射るような視線をヒナに向けた。

「君への執着。」

「ぼ・・・・・・」

 思わず“素”に戻りそうになった僕は、慌てて口を手で塞いだ。

「惣流さんはね、ヒナちゃん、君を、君の兄であるシンジ君と、彼と重ねている。」

 一言ずつ区切るように話すカヲル君の口調が、やけに重々しくて。

「・・・・・どうして・・・・?」

「・・・・・・・・」

 大げさに肩をすくめるしぐさ。こんな派手なしぐさが彼にはよく似合った。

「・・・・・・・似てるから?」

 だって、本人だし?

「・・・・・・それも、あるね。」

「それ“も”?」

「そう。それも。」

 意味が解らない。顔が似ている以外に何があるんだろう?

 性格?

 これは変えようが無い。でも、以前とは違ってきている、とは思う。

 性別に性格が引き摺られたのか、元々そうだったのか。よくは分からないけれど、人に甘えられるようになったし、表情が柔らかくなった(幼くなったとも言われたけどっっ)とも言われた。考え方も随分と前向きになったし。

 理解できずに考え込んでいると、呟くようにカヲル君が言う。

「存在全てが・・・・・。」

「へ?」

「おかれている環境が・・・・・・・・、君の居る場所が。」

 思いがけない言葉に驚いた。

 僕の居場所?

 それって・・・・・・・

「お父さんがいて、お母さんがいる事?」

「それもそうだけど。」

 それ以外、何があるんだろう?

 僕には理解できなかった。

「解らない?」

 解らなかった。本当に。

 だから、ヒカリちゃんの表情が硬くなったのにも気づかなくて。

「だからね?」

「渚君!!」

 カヲル君の言葉を遮るようにヒカリちゃんが怒鳴って・・・・・・・。

「・・・・・・・ヒカリちゃん?」

 強張った表情で、手を硬く握り締めたヒカリちゃんは、初めてだった。

「もういいでしょ?」

 僕とカヲル君の間に割って入ろうとするヒカリちゃんが意外だった。バランス感覚に優れた、事を荒立てない様にするいつのもの彼女しか知らなかったから。こんな風に強い口調で事を荒立てるかのような真似もするんだと、純粋に驚いた。

「もう、いいでしょ!?」

「・・・・・・・」

「どうして?」

 何もいえなくなった僕に代わって、カヲル君が聞いた。

「だって、こんな・・・・・いない人の悪口言っているみたいで・・・・・・」

「悪口?」

 戸惑いを隠せないヒカリちゃんをあざ笑うかのようにカヲル君は言う。

「僕は本当の事しか言っていないよ?」

 鮮やかな笑みを浮かべたカヲル君の紅い瞳がヒカリちゃんを射抜く。

「悪口を言っているのは、彼女のほうでしょう?」

「そ・・・・・・・・それは・・・・・・」

「否定できる?」

「・・・・・・・・・・」

 無言を肯定と受け止めた。

 でも、何の感情も浮かんでこない。だって、知ってたし。解ってたし。

「散々人の悪口を言っている人の肩を持つ程、僕は優しくないし。」

「でも!!」

「大切にしたい人の優先順位が違うだけでしょ?」

「でも!!!」

「君が惣流さんが大切なように、僕はヒナちゃんが大切なんだけど?」

 ってカヲル君、誤解されるから言葉には気をつけようね?

「君がどんなに頑張ったって、今の彼女には届かないよ。」

 カヲル君の言葉が彼女を切り刻んでいる。

「ヒカリちゃん、ヒナは知ってるから。アスカちゃんがしている事、知ってるから。」

 黙りこんでしまったヒカリちゃんに、笑顔で言う。そんなヒナノに返されたのは、泣き出しそうな微笑。

 大丈夫。知ってるから。調べてたから。ケンスケを通して元クラスメイトから証言とっているから。ヒカリちゃんは知らないけど。知らせていないけど。

 だから・・・・・・

「・・・・・泣かないで・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

At the end of a dream

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカリちゃんが居なくなった部屋は、少しだけ張り詰めたものが無くなった気がする。

 自分の為に泣いてくれる人がいる。

 この事がどれ位ありがたい事なのか、きっと、アスカは理解しない。

「ねぇ、ヒナちゃん。」

 俯いてしまった僕を覗き込むかのようにカヲル君は視線を合わせた。

「また、敵認定されちゃったみたいだね。」

 茶化す訳ではない真摯な言葉に、こぼれるのはため息。

「前回同様、君がどうする事も出来ないもので。」

 そうなのだ。

 確かに、そうなのだ。

 失敗すれば人類が滅びると言われている戦いで、彼女に“勝ち“を譲る余裕なんてなかったし、ゆずる事も出来無かった。正確には、そんな事すら思い付かなかったのだけど。いっぱいいっぱいで、ギリギリで、全てにおいて余裕の無い状態で、そんな事を求められても、困る。そんな大人の対応を求められても困る。

 だから、逆に聞きたい。

 君は僕に、何をしてくれた?

 気が付かなかった事もあると思う。それは、認めるし、否定する気も無い。

 でも、聞きたい。『アスカ、君は僕に何をしてくれた?』と。

「痛い?」

 痛い?

「ここが。」

 そう言ってカヲル君は自分の胸に手を当てた。心が痛いのかもしれない。

 そう、少しでも“良心”と呼べる物が残っているのなら。

 でも、それすらも無くなってしまいそうだった。

 

「レイちゃんがね・・・・・・」

 いきなりカヲル君が切り出した。

「レイちゃんが言った言葉、覚えてる?」

「・・・・・・・覚えてる。」

 と言うより、この間、思い出した。

「君には幸せになって欲しいって言ってた。でも、同時に、自分が隣に居ない事を寂しくも感じてたんだ。」

 ・・・・・・・え?

「自分がいなくなったら君が惣流さんを見るんじゃないかって。そんな事無いって僕は言ったんだけど。」

 初耳だ。僕がアスカを見る?

「・・・・・・どうして?」

「一番近くに居るから。」

 それって・・・・・・

 赤い海で綾波から感じたアスカのイメージ。それは、そういう意味だったんだ。僕はただ、みんなで暮らしているのが羨ましいだけだと思ってた。ミサトさんも一緒だったから。

「君が惣流さんと幸せになって欲しくないと思ってしまっていたから。」

 どうして!?そんな事、あり得ないのに。

「惣流さんが君の事を好きだって知ってしまったから。」

 えぇえええ!!!

 そんなの、知らない。知りたくない。止めてよ!

「だから、君を女の子にして僕に託した。」

 ・・・・・・・それって・・・・・・

「君を女の子にしてしまえば、“そういった意味で”は女の子は見れなくなるでしょ?」

 確かにそう・・・・・かも知れない。

「女としての意地だとか、エゴだとか、嫉妬だとか。そんな感情が無かったとは言わない。でもね、レイちゃんの君に対する優しさだとか、愛情だとか、そういったものもね、感じたんだ。」

 ・・・・・・・綾波。

 今さらだけど、僕は最後の最後まで君の優しさに甘えていただけなのかも知れないね。きっと、君は僕がエヴァに関らないで済むように考えて、この答えに行き着いたのだと思うから。

「だから、君が女の子になる事も、僕がこの世界に還る事も同意した。」

 僕も、彼女同様、無に帰るつもりだったんだけどね。そう付け足したカヲル君はいつも通りで、彼もまた、“生”への執着が薄い事を改めて感じた。

「今後起こりうるであろう事象や、他者の言動。それを考えればこの形が一番良かったんだよ。いくつかの案の中でね。」

「それって・・・・・。」

「君が戻るなら、エヴァと共にエントリープラグの中になる。それが一番自然だし、ね。

 でも、そのまま戻ったたら、碇シンジのままだ。エヴァとの関りは絶てない。」

「・・・・・・確かに。」

「『碇君が碇君のままで戻ったら、この呪縛から逃れられない。』そう言ったレイちゃんの言葉は正しかったんだ。」

「呪縛。・・・・・確かにそうだと思うよ。」

 綾波の言う“呪縛”と僕の言う“呪縛”は同じなのかそうでないのか、今はもう解らないけど。でも、エヴァに関わると言う事が、彼女たちと関ると言う事とイコールで結ばれるのであればきっと、同じ意味になる。

 綾波がアスカと僕を関らせたくは無かったのだとしたら、カヲル君は綾波のエゴだと言うけど、だけど、僕はエヴァに関りたくないのと同じ位に彼女たちと一緒に暮らしたくは無かったのだ。関りたくは無かったのだ。それを綾波が知っていたのかどうか、それは本人にしか解らないけど。

 綾波の手で、僕は呪縛から解放されたのだ、と思う。それは本当に感謝したい。

 だって、本当に“呪縛”だったから。

 碇シンジのままだったら、きっと、今でも彼女たちと暮らしている。母さんが戻ったのなんか関係ない。彼女たちにとってそんな事、関係ないから。

 碇シンジ、と言う彼女たちにとって便利な存在を手放す気なんて、無かったんだろうから。

 

 

 何時だってそうだった。

 アスカにしろ、ミサトさんにしろ、求めるばかりで、与えてはくれない。

 

 

 確かに、ミサトさんには“帰る場所”となる“家”は与えられた。でも、それは、彼女の純粋なる好意の奥底に、本人ですら気付かない“願望”があったのだ、と今なら理解できる。

 そう、“彼女自身が家族を欲していた”のだ。

 どんなに忙しく家事をしてても、『ゴミン』だとか『ありがと』だとか、言葉では感謝される。が、行動が伴わない。それは、そこが“彼女の求めていた場所”であって欲しかったから。彼女の求めていた暖かい場所である“家庭”であって欲しかったから。

 セカンドインパクトで失ってしまった“家族”を再現したかったのだから。

 

 最初は違ったのかもしれない。

 でも、いつの間にかそうなってたんだ。彼女の求める場所に。彼女が安心して暮らせる場所に。

 そこに“僕”は入らなかったのだ。それだけじゃない、アスカですら、入っていなかったのかも知れない。だって、求めていた“家庭”での彼女の役割は、娘。保護者ではなく、被保護者。死んでしまった母親を僕に求め、アスカはたぶん、妹。

 だから、僕が家事をするのは当然な訳だ。“娘”である自分が家を仕切っていい訳が無い。そして、僕がどんなにアスカに対しての文句を言っていてもお座成りだったのは、姉が妹に言う程度だったから。親でも無い、姉である自分が、真剣に向き合う事もないだろう。そんな感じなんだろうと思う。

 

 やっと見付けた自分の居心地のいい場所を、自分の欲してた家庭を手放す気なんてなかったのだろう。

 だから僕に執着した。

 そして、僕が“帰ってこない事”を認めると、僕が憎くなったんだ。

 自分の望んでいた家庭を壊した“敵”として。自分が“無能”と言われる原因を作った“部下”として。

 最初は違っていた、と加持さんは言っていた。きっと、最初はそうだったのだと思う。純粋に帰ってこなかった僕を心配し、悩んだのだと思う。

 だって、自分の責任だから。

 最後の最後に、嫌がる僕を無理やりエヴァに乗せたのは、ミサトさんだったから。

 そういった役職であったし、あの状況では正しい行動だったのだとは思う。でも、壊れてしまっていた僕を、もうエヴァに乗りたくなかった僕を、無理やりエヴァに乗せたのは彼女なのだ。

 純粋に、力で碇シンジを死に向かわせてしまったのは、彼女なのだ。例え、それしか方法が無かったとしても。

 

 

 

 アスカはもっと簡単だ。

 自分の自由になる“下僕”がいなくなった。唯、それだけ。

 僕の事を好きだったって言われたって、納得なんて出来ない。それだけの扱いをされていた。だって、掃除、洗濯、食事の支度、家事全般を僕が“一人で”していたのだ。彼女は文句は言うけど、何もしない。何も出来ないのかもしれない。それすら、知らない。本当に、知らない。何も。もう、興味すらない。

 それに、自分が好きな男に、自分の下着を洗濯させるなんて思考回路、僕には理解できないし、したくも無い。

 彼女なりに優しくしてくれたんじゃないか?と言われたとしても、誰から見てもそうだった訳じゃないし、僕にはほとんど記憶が無い。冷たい事を言うのなら、彼女が僕に優しくしていたとしても、それは自己満足に過ぎないんじゃないか、とさえ思う。“そういったフィルター”をかけて見たら、そう見える部分もあるのかもしれないけれど、そんな事、知らないし、知る必要性も感じない。

 ヒカリちゃんが「アスカは碇君に甘えていた。」とヒナノになってから聞いた時も「それで?」としか思わなかった。だって、彼女が求めていたのは大人の対応だ。そんな事、同じ年の中学生に求める方がおかしい。

 彼女を全て受け入れ、わがままを聞けって事?

 ・・・・・・馬鹿げてる。

 僕の意思は?僕の気持ちは?

 そう問い質したくなったけれど、相手が違う。相手はヒカリちゃんじゃない。

 

 もし、アスカが本当に僕の事が好きだったとしても、それに勝るエヴァのパイロットとしての、チルドレンとしてのプライドが彼女にはあった。誰にも負けたくない、そんな思いがあった。悪く言えば、そのプライドで彼女は自滅したんだけど。

 だから、目の上のたんこぶだった僕が居なくなって、「さぁ、今度はアタシが!!」とか思っていたんだろう。でも、使徒との戦いは終わってしまった。終わってしまった以上、何も出来ない。

 過去の栄光にすがろうにも、実績は僕の方が上だったし、回りからの評価もそうだった。その上、いつの間にか綾波と僕は“そういった間柄”とみなされていた訳だから、実績では上であるはずの綾波にすら負けたと感じたのかも知れない。

 負けたままの状態でいるのは、彼女のプライドが許さない。

 だから、僕を憎んだ。

 自分が手に入れるはずだった“エース”と言う称号を手に入れた碇シンジの存在を。

 自分が手に入れるはずだった“碇シンジ”と言う存在を奪ってしまった碇シンジ自身を。

 

 

 そして、現れた碇ヒナノの存在。

 彼女が欲していた母親と言う“家族”を手にした存在。その上、自分よりも重要度が高いとみなされた存在。

 そして、気付いた。ミサトさんは全くと言っていい位に碇ヒナノの存在に無関心だった。でも、アスカはそうじゃなかった事に。

 同居する事になったのも理由のひとつかも知れない。でも、それだけじゃない“何か”があった。確実に。

 これは僕の予想でしかないのだけれど、周りの人から話題に上ったり、関心を持たれたり、そんな事が要因なんじゃないかと思う。

 

 

 

 だから・・・・・・・・

 

 

「もう、いいよね?」

「いいと思うよ。僕はね。」

 黙りこんでいた僕が突然言い出した事に“何が?”と聞き返すことなくされた同意。

「・・・・・・・・ありがとう。」

 僕が何を考えているのかを推測はしているんだろう。素直に感謝の気持ちを伝えた。

 そう、きっと、僕は誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない。

「カヲル君、僕、決めたよ。」

 今まで何も出来ない僕でも受け入れてくれる人がいる、何もしない状態だった僕でも受け入れてくれる人がいる。

 思えば、最初の頃は人に頼らなければ生きていけない、そうまるで赤ン坊の様な僕だった。何も出来ないが故に素直に甘えられ、甘える事で信頼関係が築けた。そして、少しずつだけど出来る事が増えた。周りの人のお陰で少しずつ成長していくことが出来た。甘えるだけじゃいけないと思える様になった。僕が成長する事で、他の人も成長したんじゃないかと思う。家族ってそうして出来上がるんだって、信頼関係ってそうして出来上がるものだって、知った。

 

 だから・・・・・

 

「前に、進まなきゃ。」

 誰を傷付けても。

 それでも、前に進まなきゃ。

 せっかくの綾波の好意が無になってしまうから。

 僕に優しくしてくれた人の気持ちを台無しにしたくないから。

 僕には待っててくれる家族がいるのだから。

「僕は・・・・・・・、違うな・・・・・」

 そう、違う。違うんだ。

 “僕”ではない、“私”だ。

 綾波が僕に・・・・、私にくれた優しさだから。

「私、碇ヒナノは葛城ミサトと惣流アスカ・ラングレーを訴えます。兄である碇シンジの名誉毀損で。」

 

2011.06.10