m-13

 

逢いたくなんて無かった。

 

逢うつもりなんて無かった。

 

逢えるなんて思っても無かった。

 

僕が君を殺したから。

 

『好きだ』と言ってくれた君を僕が殺したから。

 

 

 

でも、君は“僕”を探してくれたの?

 

 

あの、忌々しい儀式の中で、君を見付けて安心したのも事実。

君には生きていて欲しかったから。

 

でも・・・・・・・

 

君を殺した事への罪悪感は、未だにこの手に残る。

君を殺した感触が、未だにこの手に残る。

 

生きて欲しいと願ってくれた君に、

『好きだ』と言ってくれた君に、

僕は何が出来たんだろうか?

 

 

 

 

 

Turning point Ⅰ

 

 


 ノックの音に「はい。」と返事をした。

 着替えは前もって済ませてある。今日の服もお母さんの見立てたもんだけど。出張に出る前に届けてくれたから。お父さんの買ってくれたバッグと一緒に。

「こんにちわ。」

 そう言ってヒカリちゃんが入って来た。

 約束の時間の10分前。

「あのね・・・・・」

 と、実に申し訳なさそうな顔でヒカリちゃんが切り出す。

 ・・・・もしかして、迷惑だった?

 そう思うと、いたたまれなくなる。この人は、とても律儀な人だから。

「・・・・・・ごめんなさい。」

 口からこぼれ出た言葉は、空に舞った。

「え?」

 とワンテンポ以上遅れてヒカリちゃんが反応した。

「・・・・・・・違う・・・・・の?」

「違うわよ~。」

 と明るい声で返された。

「本当は渚君と私の2人で来る予定だったんだけど・・・・・」

 その時、僕は浮かれていたから、重要な言葉を聞き逃していたのを後になって気づいた。

「人数が増えちゃって。」

「・・・・・・え?」

「増えちゃったの、人数。」

「・・・・って・・・・・」

「下で4人ほど待ってます・・・・」

 ふぇ?

「・・・・・ごめんなさい。」

 ・・・・・・・・。

 思考が停止した。

 何故?どうして?

 ハテナマークを飛び散らせつつ、目の前でヒナに手を合わせるヒカリちゃんを見ていた。

 だって、ヒナノには友達なんて居ないし・・・・・・

「あのね、みんな、ヒナちゃんに会いたいって・・・・」

 ・・・・・・・どうして?

「興味本位とかそんなんじゃなくってね・・・・・、お友達になりたいって言っててね・・・・」

 ・・・・・・はい?

「碇君の関連の・・・・・」

 え・・・・・・・っと?

「碇君の知り合いって言うか・・・・・・・」

 言葉を濁すヒカリちゃんを、じっと見てた。不思議そうな顔をしてたと思う。だって、本当に意味、分かんなかったし。

「・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・下で待っているんだよね?」

 確認をすると、コクコクとうなずくヒカリちゃんが、可愛かった。

「お願いしてもいいですか?」

「・・・はい。」

「連れて行ってください。」

 

 

 

 閑散としたロビーに見慣れた制服があった。

 

 そこに存在する銀色の髪に思うより先に言葉が出た。

「カヲル君。」

 と。

「ヒナちゃんと知り合いって、本当だったんだ・・・・・・・。」

 上から降ってきた言葉と、振り返った赤い瞳。

 目が合った瞬間、頭が真っ白になった。

 でも・・・・・・・

 

生きてる。

 

 安堵と共に広がる言いようの無い恐怖。両の手の甦った生々しい感触。

 

 伸ばされた手に体が震えた。

 

「大丈夫、僕は生きてる。」

 耳元でささやかれた言葉と、掴まれた手の温もりに、カヲル君の“生”を感じた。

 泣いちゃいけないと見上げたそこには、カヲル君の笑顔があった。

「・・・・・・・・よかった・・・・・」

 言葉と一緒にこぼれしまいそうになった涙を我慢した。

「僕はシンジ君に感謝してるんだよ。」

 そう言って笑ったカヲル君を見ていたら、視界に見覚えの無い制服を着た女の子が入った。

 え・・・と、ヒカリちゃん、後4人て言ってたよね。カヲル君にトウジにケンスケ。で、残りの一人って事?

 不思議そうに見てしまったら、目が合った。

「はじめまして。私、佐々木エリって言います。」

 誰だろう?思い出せない。

「わたし、碇君に・・・・・・・・、助けてもらったの。」

 え?

「碇君は覚えていないだろうけど、どうしてもお礼がしたかったの。」

 きっかけをくれたから。そう言って笑った彼女に見覚えは無くて。

「僕同様、彼女もシンジ君には感謝してるんだよ。」

 ・・・・・僕に?どうして?

「僕の場合はね、僕の願いを聞いてくれたからね。」

「私はね、助けてもらったの。」

 実はね、同じクラスになった事は無いの。と付け加えられた言葉にちょっと、安心した。いくら周りの人間に興味が無かったとは言え、クラスメイトの顔すら覚えていないのは、ちょっと・・・・・・。

 でも、僕は何をしたのだろう?全く思い出せない。僕にとっては“その程度”な事が、彼女とっては“お礼がしたい”事になっている。世の中って、本当に不思議だ。

「じゃ、行きましょうか。」

 ヒカリちゃんの声と共に移動が始まる。

「ちょっと、委員長!」

 ケンスケから声がかかる。

「俺、忘れてない?」

「あ!」

 ケンスケは僕の視界に入るように移動すると、話し出した。

「俺、相田ケンスケ。会うのは初めてだよね。」

 人好きしそうな笑顔でそう言った。

「初めまして、相田さん。」

 笑顔で、言えたかな?何だか、いっぱいっぱいで・・・・。

「写真をありがとうございます。父も母も喜んでます。」

 型通りの挨拶。だって、僕らは初対面のはずだから。

「それは良かった。でね、整理し切れていないデータもいっぱいあるんだ。今度、お邪魔してもいい?」

 あ、無論一人では行かないよ。と付け加えられた言葉に、あぁ僕は碇ヒナノで、女の子なんだな・・・と改めて感じた。

「もちろんです。是非。」

  僕の言葉に満足そうにするケンスケの隣で、トウジの「腹減った」が始まった。

「どうする?この人数だといける場所、限られちゃうよね。」

 ヒカリちゃんの言葉に誰もが納得した。

「申し訳ない、碇さん。俺が渚に頼んだから・・・・・」

 そう言ってケンスケは手を合わせた。

「そうだよ、相田君ってばしつこいんだもの。」

「何言ってるんだよ。一緒に夜を明かした仲じゃないか。」

 ・・・・・・・・・。

「何言ってるの?君が勝手に寝袋持参で僕の部屋に来ただけじゃないか。」

「ま、そうとも言うな。」

「普通、そう言うと思うよ?」

 微妙にスネているカヲル君なんて、初めて見たよ。

「何だ、ケンスケ、渚んトコ、泊り込んどるんか?」

「そうなんだよ。しかも、寝袋まで置いてあるし。」

 カヲル君はトウジが助け舟を出してくれたんだと思ったみたいなんだけど・・・・

「ワシも泊まりに行ってええか?」

 ・・・・・・違った。

「・・・・・・・・・。」

 無表情になったカヲル君に、トウジの方が慌てた。

「スマンかった、渚。」

 手、合わせてるし。

 変わんないなぁ・・・と思った。前は、カヲル君の変わりに僕が居たんだけど。

「別に・・・・・・来るのは構わないんだ。でも、マズいもの触ると、加持さんに殺されるよ?」

「「・・・・・・・・・・」」

 あながち冗談には取れないカヲル君の言葉に、2人も黙り込んだ。そんな彼らを見て、クスクスと笑ってる僕。

「下手なコント見てるより面白いでしょ。」

 佐々木さんが言う。その前では、トウジがヒカリちゃんに叱られてるし。

「うん。」

「その前に、制服じゃマズいんじゃない?」

 カヲル君の言葉に、ヒカリちゃんが同意した。そういえば、僕だけ私服だ。

「着替えてから再集合にする?」

 本当は一度帰ってから来るはずだったのに・・・・とヒカリちゃんは言う。

「じゃ、ヒナちゃんとウチで待ってる。」

 カヲル君に言葉に全員の顔が引きつる。

「大丈夫、家の中を探検しようと思わなければ、ね。」

 ニコニコとカヲル君が続けた。その言葉にみんなが納得すると、カヲル君のウチへ向けて歩き出した。

 一人、又、一人と別れていく。

 二人っきりになると、カヲル君は佐々木さんから聞いた親の連絡先を、加持さんに告げた。多分、加持さんかお母さんから保護者の方に連絡が入るのだろう(お父さんからは・・・・・・・考えたくないな。うん)。

「加持さんから軍資金、貰ったんだけど・・・・・足りないよね・・・・」

 電話を切ると、実に申し訳なさそうに付け足された。

「あ・・・・え・・・と、ヒナが出してもいい?」

 思わず、“僕”と言いそうになるのを飲み込んだ。

 「碇シンジの遺産としてね、お金、もらったんだ。」
「じゃぁ、今日はシンジ君にご馳走になっちゃおうか。」

 

 連れてこられたマンションは、ヒナノが住んでいる所と同じだった。

「ここ・・・・なの?」

「あれ?加持さんから聞いてない?」

 そう言われても・・・・・

「僕、加持さんと同居してるんだけど?」

「・・・・・・・。」

 そんな事、言ってたな。

「レイちゃんがリツコさんの所で、惣流さんが葛城さんの所。君も鈴原君も親元でしょ、だから、僕は加持さんの所。」

 あぁ・・・・・と思った。

 秘密の保持の関係も考えると、これが最善なのかもしれない。

 エントランスで管理人さんに挨拶をし、カヲル君が加持さんと同居している部屋に向かった。

 

「ずっと、お願いしてたんだよ。」

 唐突に切り出された言葉。

 部屋の入ってソファにカヲル君の手を借りて座った後だった。

「だから、全部話したんだ。」

「え?」

「覚えてないの?」

「・・・・何を?」

「紅い海での事。」

「覚えてる。でも・・・・・・・」

 僕は首を振った。

 断片的にしか覚えていない。

 そこにあった、“絶対的な孤独”は今もこの中にある。

「あぁ・・・そうか。リリスが記憶を抜いたのか・・・・・」

「リリス?」

 あの、地下にいた?続けた言葉にカヲル君は寂しげに首を振った。

「違う。君の言う、“綾波レイ”さ。」

「!!!!!」

「あの忌まわしい儀式の時、綾波レイはリリスになったんだ。」

 それって・・・・・・・

 目の前に水槽の中で笑う綾波がチラつく。
 たくさんの綾波は、僕の知っている綾波と同じ顔で・・・・・・・でも、全く別のものに見えたんだ。
 そして、儀式の最中で見た綾波を思い出して体が震えた。そんな僕をカヲル君は哀しそうな目で見ていた。

「君をね、女の子にしたのは、リリスなんだ。」

 リリス・・・・・・か。

「・・・・・・綾波?3人目の?」

思わず出てしまった言葉。3人目の綾波なんて、知らない。

「違うよ。」

 って・・・・・・・・・・・!!!!

「忘れてしまったんだ。」

 忘れた?何を?

「リリスの願い。」

 綾波の願い?

 何?

「リリスの想い。」

 綾波の・・・・・・・想い?

 どうして?

「女の意地と言うか・・・・女のプライドというか・・・・・

 ま、その辺が無かったとは言わない。でもね・・・・」

 笑って話すカヲル君の表情はどこか寂しげに見えた。

「元もままだったら、元のまま戻ってたら、君は呪縛から逃げられなかっただろ?」

 呪縛・・・・・か。

 確かにそうかも知れない。

「だから・・・・・・なんだ。」

「そう・・・・・・。」

 この場合は感謝した方がいいのだろうか?

「それに・・・・・・」

 優しくて、哀しくて、僕の言葉では言い表せない、そんな表情。

「彼女は僕に君を託したんだ。」

 ・・・・え?

「彼女はね、“無”に還ったんだよ。」

 それって・・・・・・・

 ずっと、綾波が言ってた・・・・・よね?

「それって・・・・・・・・」

「レイちゃんは3人目にね、なってしまったんだ。」

 お父さんとお母さんから聞いたかつて“綾波レイ”だった人は、リリスの遺伝子は無く・・・・茶色の髪と瞳を持つ極、普通の外見になってしまったらしい。

 そして、3人目に体を、命を受け渡してしまうなんて、本当に僕の知っている“綾波レイ”そのものだと思う。本当に無頓着で、人がいい。

「彼女はもう彼女として生きているから、って。だから、私はリリスとしてアダムと共に“無”に還るって。」

 ・・・・・綾波。

「本当はね、ちゃんと戻してあげられる予定だったんだけどね。」

 ・・・・うん。

「君が最後の最後で願ってしまったから。君が願ってしまったから・・・・・。

 だから“力”が足りなくなってしまったんだ。」

 それって・・・・・・・

「君の体の事はね、本当に申し訳ないと思ってる。

 免疫とか・・・・え・・・と、後、何だっけ?その辺の事、すっぱり抜けたよ。」

「・・・・・・いい。」

 失ったと思っていた君が、失ったと思っていた君だけでも今、ここに、居る。だから、それでいい。

 僕の涙はとまることが無かった。

 

2010.12.24