ミサトさんに感謝していないと言ったら、嘘になる。
行く場所の無い僕に、居場所を与えてくれたから。例えそれが、居心地のいい場所でなかったとしてもそこは、“僕が居てもいい場所”だったから。
だから、努力もしたし、すがった。
理不尽だと思っても文句は言わなかったし、頑張ったんだ。
でも・・・・・
その結果があれだなんて、悲しすぎる。
Branches ⅱ
「選択権は君に有る。それを前提に聞いて欲しい。」
そう言った加持さんの真剣な表情にのまれる様に肯いた。
選択権は、ヒナノに、ある。
これは、お父さんもお母さんもリツコさんも言った。
リツコさんには、返事をしたんだ。一緒に暮らす、って。
でも、何度も確認されると、心が揺らぐ。だって、言外に『断ってもいいんだ』と言っている様なものだから。みんな、心配してくれている。それは、解っていた。
「ヒナノが決めていいって事なんだよね?」
確認をとっては見たものの・・・・・・・返事、したんだけど、と思う。
でも、心の揺らぎはしっかりとばれているようだ。
心が揺らぐんだ。
「そうだ。」
と加持さんは言う。
「でも・・・・・ヒナ、何も出来ないよ?」
確認するかのように、許しを問うかのように。
「ヒナが決めたら、それを前提に碇指令が最終決定をする。だから、責任の所在は碇指令だ。」
「そう・・・・・・。」
未成年であるヒナは責任は問われない・・・・・か。公式には13歳だし。
少しの沈黙の後、加持さんは話し出した。軽く、深呼吸して。
「葛城な、あの後、全てが終わった後、凄く落ち込んでいたんだよ。」
いつに無くやさしげな表情で加持さんは言う。
「自分のしでかした事の大きさ・・・・・、被害や何やらも含めてな。」
被害の大きさ・・・・か。
壊してしまった街。奪ってしまった人々の生活や、命。
責任の重さが圧し掛かったのは事実だ。
僕だって、あの、赤い海で散々悩んだし、後悔したし、泣いた。
だけど、僕は、この世界に還ってくることが出来た。
だから、それでも生きていたいと思った。生きて行こうと思った。
全ては僕の“罪”として。僕の“業”として。
世界を滅ぼしてしまった僕だから。
だけど、ミサトさんは違う・・・・・の?
「・・・・・・・・。」
言葉じゃなく、視線で訴える。続けて、と。
「葛城な、自分の犯した罪に、怯えていたよ。」
ミサトさん・・・・・が?
「そして、いろんな事を見て見ない振りしてた事に気づいたんだ。『仕方が無い』を言い訳にしてな。
仕事は山積み状態だったし、本当に忙しかったのも事実だったと思う。」
そうだね。あの頃は、みんないっぱいいっぱいだった。
「だが、仕事が忙しかったのは、言い訳にしかならない。君たちを引き取った事も含めて・・・・・な。」
そうだよね。仕事が忙しかったんなら、僕たちを引き取るなんて余計な事をしなければよかったんだと言われても仕方が無い。実際、言われてたし。
「そんな葛城だったから、支えてやりたいと思ったし、俺に出来る事があるのならしようと思った。
だから、プロポーズもした。」
そうだった。この二人はそのまま行けば結婚してたかもしれないんだ・・・・・
でも、今は。。。。。
加持さんは今でもミサトさんの事、好きなのかな?ふと浮かんだ疑問。聞かないけど。
「長年の宿願だった“父親の仇”の使徒も倒したし、それでいいじゃないかと俺は思ったんだがな。」
そう言った加持さんの顔がとても優しくて。哀しかった。
「葛城は・・・・あいつは、前しか見てなかったんだ。」
あぁ・・・・そうだ。ミサトさんは、前しか見てなかったんだ。
ただ、突っ走る事しか出来なかったんだね。
それがいい事なのか、悪い事なのか、僕には判断できない。でも、それは、言い訳にしかならないのも加持さんは解っている。ミサトさんはどうか、知らないけど。
「確かにな、全てが終わってから、“他に方法は無かったのか?”とか言って検証を始めた国連や政府には虫唾が走ったさ。でも、そうしたくなる気持ちも解るんだ。」
それは僕も同じ。全てを知った後で、色々と考えたから。
「何も知らされてなかったんだ。それは仕方ない。」
仕方ない・・・・・か。
「でもな・・・・、全てを知ってから、全てが終わってからなら、何でもいえるんだよ。」
それはそう思う。
結果論なら、いくらでも言える。
「その過程で自分が“無能”だって言われて・・・・・・、それで、逃げたんだ、葛城は。逃げたんだよ。」
・・・・加持さん・・・・・
「逃げたんだよ、楽な道に。自分が傷付かなくていい様に。」
そうか、逃げたのか。ミサトさんは、逃げたんだ。
“罪”を“罪”として受け止める事無く、逃げて、責任転嫁したんだ。
「マスコミに踊らされてるのにも気づかないでな。」
はき捨てるように・・・・・とはこの事じゃないかと言う様な感じだった。
国連や政府関連の検証は、されて当然の事だと思う。やましい事がないのなら、胸を張っていればいいんだ。アスカみたく。それが出来ないって事は、やましい事があったか、単なる逃げだとか、弱さだとか、なんだと思う。
最終的に今回の件は、悪いのはゼーレでネルフは何も知らずに踊らされていた事になっているのだし、ネルフを攻め落とそうとした政府には偉そうな事は言えないはずだ。例えそれが、"戦自の暴走”だったと位置付けられていたとしても。
痛い沈黙だった。
心が痛くて悲鳴を上げている。僕のじゃ無く、加持さんの心が。
「アスカだってそうだろ?」
え?
沈黙を破った唐突な方向転換に一瞬だけ理解が遅れた。
「君に負けを認めたくない一心で、マスコミを利用してまで碇シンジを貶めた。」
「・・・・・・そう・・・・か・・・」
今まで腑に落ちなかった事が、スコンと納得出来た。
そうか、そうなんだ。アスカは、僕の存在が邪魔で、その存在を蹴落す事で自分の望んだものが手に入ると思っていたんだ。
「君を貶める事で、自分が一番になれると思ってた。」
そうなんだ。僕を蹴落として、そこに、僕の居たその場所に、“エース”と言う地位につこうとしたんだ。
「そして、“嘘”がアスカの中では“真実”になったんですね。」
僕の言葉に、加持さんの肩が一瞬だけ震えた。
「・・・・・・そうかも、知れない。」
肩をすくめた加持さんが痛々しかった。
「業務連絡。」
その場の湿った雰囲気を拭い去るかのように、明るく加治さんは言う。
「君の退院が決まった。3日後だ。」
3日後・・・・・って・・・・・
「え~!!熱が下がったら退院させてくれるって言ってたのに!」
「頬を膨らませるな。せっかくの美人が台無しだぞ?」
って、加持さん、僕をくどいたって何も出ませんよ?
「だって・・・・・・」
約束したのに!と文句を言い始めた僕に、加持さんは重々しく言う。
「お呼びがかかったんだ。夫婦で第2まで出張だよ。」
「それって・・・・・・・」
「あぁ・・・・、葛城とアスカの進退だ。」
・・・・・・やっぱり・・・・・・
第2って事は、国連軍か政府からの呼び出しだろう。もしくは、両方からの。
「ま、そう言った訳で・・・・楽しんでもらおうかと計画した。」
今度は、茶目っ気たっぷりで、実に楽しそうに言われた。
「・・・・・・何?」
「外出許可だよ。4時から8時まで。」
え?
「ヒカリちゃんたちが迎えに来る。」
「・・・・・って・・・・・・」
「食事でもして来い・・・って事。」
イタズラが成功したかのように笑う加治さんに、つられるように僕も笑った。
「楽しんで来い。但し・・・・・」
そう言って付け加えられたのは、「門限は守る事。それから、体調は崩さないように。」との事だった。
「・・・・解りました。」
そう返事をすると、久々の外出に楽しげな空気だけがそこには残った。
2010.10.18