家に帰りたかった。
ただ、ひたすらに、家に帰りたいと思った。
家に帰りたい。本当に、それだけだった。
だって・・・・・・
ヒナの居場所はここじゃない。
ヒナの居場所は、お父さんとお母さんが居る、あの家。
だから、おうちに帰りたい。
おうちに帰らせて。
お願い。おうちに帰らせて。
やっと、手に入れた場所なの。
ずっと、欲しかった場所なの。
ヒナの居場所はあそこなの。
ねぇ・・・・どうして?
どうして帰らせてくれないの?
ここには居たくないの。
お願い。お願いだから・・・・・・
ヒナ、いい子にする。いい子にするから。
ご飯もちゃんと食べるし、お薬だって飲むよ。
お父さんの言うことだって、お母さんの言うことだってちゃんと聞く。
だから、お願い。
イヤだ。放して!
ヒナはおうちに帰りたいの。
おうちに帰らせて。
お願い、放して。その手を放してください。
ヒナはおうちに帰りたいんです。
お願いです。帰らせてください。
お願いです。
I wish
「ヒナノ・・・・・・・・」
お母さんの声で目が覚めた。熱る体とぼんやりとした視界。
「お母さん・・・・」
小さい声しか出なかったけど、気づいたお母さんが笑顔になった。
「よかった・・・・」
そう言われて、あぁ、また心配をかけちゃったんだな・・・・・と思った。
「お母さん。」
差し出そうとした手に痛みが走った。それでも差し出そうとした手を、お母さんがやんわりと握ってくれた。
「無理しないで。」
そう言われて気付いた、右手に巻かれた包帯と、体に巻かれてるであろう包帯。
・・・・・・・・・・・ヒナ、何したっけ?
「病院で『帰る。』って暴れたの、覚えていない?」
・・・・・・・え?・・・と・・・・・
「覚えていない・・・・・・の?」
え・・・・・と・・・・・・・
暴れたのかどうかは解らないけど、ただ、ひたすら、“家に帰りたい”って思ってた記憶は、ある。
このままじゃ、アスカちゃんに居場所を取られてしまいそうな気がしたんだ。
「・・・・・・帰りたかったの。」
こぼれ出た言葉に、お母さんは笑顔で答えた。
「大丈夫。すぐに帰れるから。」
と。
でも、それが“優しい嘘”だと理解した。
熱る体は、熱がある証拠。こんな状態で、すぐに家に帰れる訳が無い。右手の痛みと体に巻かれた包帯が物語っていた。
お母さんが見える様にと寝返りをうとうとしたら、体に痛みが走った。
「大丈夫?」
そう聞いてきたお母さんに、笑顔を向ける事の出来ない自分に自己嫌悪。
「筋肉痛と、打撲だから。」
って・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・恥ずかしくて熱が上がりそうだ・・・・・。
「お母さん。ごめんなさい。」
「どうして謝るの?」
「だって・・・・」
迷惑をかけたから。また、心配させてしまったから。
「アスカちゃんを連れて来たのは、ゲンドウさんと私よ?ヒナノ、あなたの所為じゃないわ。」
「でも・・・・・・・・」
続く言葉を笑顔で遮られた。「あなたの所為じゃない。」と。
訪れた沈黙は、イヤなものじゃなく暖かなものだったけど、お母さんの中にある“わだかまり”に気づいてしまった。
「アスカちゃんの事なんだけど・・・・」
言いにくそうにお母さんは話し出した。
「今はリッちゃんの所に居るわ。」
え?
「様子を見て、状態が落ち着いたら宿舎に行く予定なの。」
ちょっと・・・・待って・・・・・
「もうすぐ長期休みに入るから、休みに入ったらドイツへ帰らせる予定なの。進路の問題もあるし。」
それはそう。だって、3年だし。このまま日本で高校に進むのか、ドイツに戻るのか。
でも・・・・・戻らないだろうな。そう思った。
「その後は、未定。」
お母さんは言葉を切ると、ヒナの目を見た。
「ヒナノ、あなたはどうしたい?」
いきなり聞かれても困る。元々、アスカちゃんと暮らすつもりだったんだし。
ぼんやりとした頭で、ぼんやりと考える。
結論なんてでやしない。
でも・・・・・・と思う。
ぼんやりとした思考の中でひとつ気になる事がある。
どうして、アスカの母親はここにいない!?
と。
確か、あの時、アスカの母親の復活も願ったはずなんだけど・・・・・・
ぼんやりとした思考の中で漂っていたら、お母さんに「ヒナノ」と呼ばれた。
「時間はあるわ。ゆっくり考えて。」
そう言ったお母さんの笑顔が哀しかった。
「もう、寝なさい。」
お母さんの言葉。
「今は、体を休める事が重要だと思うの。」
優しく諭されて、目を閉じた。
でも・・・・・・
目を閉じても眠れなかった。
頭の中に色んな事がグルグルと回っていた。
思考がある一点にたどり着く。
どうしてアスカの母親は還ってこなかったんだろう?
おかしいな、ちゃんと願えてたはずなのに。
力が、願い方が足りなかったのかな?
そしたら、それは、僕の所為なのかな。
だとしたら、その責任はヒナノが取らなきゃいけないのかな。
本当は、アスカとは関わりあいたくは無い。でも、お母さんは“キョウコさんの娘である”アスカちゃんを手放せずに居る。アスカちゃんではなく、キョウコさんを信じたい気持ちが残っているんだと思う。同じ母親として。
それは解っている。でも・・・・・・・・
彼女のした事を、赤い海から還ってきてから、彼女のした事を、僕は赦せるのだろうか?
世界を滅ぼしてしまった僕だけど・・・・・
「この世界は、君の・・・・君だけの所為じゃない。」
ふと忘れていた言葉を思い出した。赤い海の世界で、誰かに言われた言葉。
「君は“きっかけ”に過ぎないんだ。こうなる様に“仕向けられた”んだ。」
誰に言われたんだっけ?
「君は“仕組まれた子供”。僕もだけどね。」
そう言って微笑った“彼”。
僕は彼を知っている。それだけは、解った。
そして、訪れた眠りの波にのまれていった。