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「泣きたいなら、泣けば良い。」

 加持さんが言った。

「今まで泣けなかったんだろ?だったら、泣けばいいさ。」

 そう言って僕の頭をなでてくれた。

 昂ぶってしまった感情の、ほんの少しだけあった冷静な部分に、その言葉が響いた。

 

 あぁ・・・そうなんだ。

 

僕は、ずっと、泣きたかったのかも知れない。

 

 泣く場所なんで無かった。

 安心できる場所なんて無かった。

 居場所なんて無かった。

 だから、必死になって、僕が居てもいい場所を探してた。

 

 

 でも、今は・・・・・

 

 今の僕にはちゃんとした居場所がある。

 無条件で僕を受け入れてくれる家族が居る。

 

 

 だから、大丈夫。

 

 

 

 

 

 

crafty  schemes

 

 

 

 

 

 どうやら僕は寝てしまったらしい。(もしかしたら、寝かされたのかもしれないけど。って言うか、そんな気がする。)

 目を開けたら、全く違う場所で、ベッドに寝かされていた。ご丁寧に点滴までされてるし。

 実の所、泣くだけ泣いてしまうと、感情の波が収まると、意外な程僕は平然としている。だから、今もそんな感じ。僕以外の人からしたら、はた迷惑だろうな・・・・とも思う。でも、感情の暴走は止められない。

 申し訳ないとは思うけど、周りの人がそれを許してくれている現状に僕は甘えさせてもらっている。

 何とかしなくちゃいけないんだけど・・・・・・

 解ってはいるんだけど。。。。。。

 ・・・・・・・・・無理。

 ごめんなさい。無理です。

 甘えさせてください。お願いします。

 

 ふと、ここは何処なんだろう?と思って起きようと思ったら、体に力が入んなくて起き上がれなかった。

 しょうがないから、頭だけ動かす。

 少し離れた所に2人とも居て・・・・・ちょっと険悪な感じなんですけど・・・・・。声、掛けにくいんですが・・・・・って、一瞬だけ躊躇ったら、加持さんの声が飛び込んできた。

「だから!」

 加持さんが怒ってるっぽくて・・・・・。え~ん。声かけらんないじゃん。

「だから、何度も言ってるでしょ?ヒナノちゃんは、たまにああなってしまうの!発作的に泣き出して止まらなくなったり、過呼吸を起こしたり・・・・・。

 いい?彼女の今の体力じゃ、それすらも大事なのよ。」

 ・・・・・え・・・・・と、ごめんなさい。反省はします。・・・・・と言うより、その状況でも見捨てないでくれている事に感謝します。

「それでも、泣く事すら出来なかった分、、、、、」

 加持さん、リツコさんの言葉に食って掛かってるし。

「それでもよ!」

 きっと、どっちの言っている事も正しいのだと思う。僕の事を考えてくれているんだと思う。

 でも・・・・・。

 それで、もめないで欲しい。

 はぁ・・・・・とため息をついて時計を探す。時間にして、30分位、寝ていたみたい。

 

「話を元に戻すわ。」

 険悪な空気を拭い去るかのようにリツコさんが言った。

「あなた、ミサトをどうするつもり?」

 ・・・・・・って・・・・

「・・・・・切る。」

 加持さん?

 これって、僕が聞いていい話しじゃないよね?

「リッちゃんも止めてくれたんだろ? もう、俺の力じゃどうする事も出来ないんだ。」

 残念ながら・・・・と加持さんは肩をすくめた。

 再び訪れた沈黙に、今なら大丈夫かもと声をかけた。

「リツコさん。」

 蚊の鳴くような声って、こんな声?

 そんな声しか出なかった。

「リツコさん!!」

 今度は大きく息を吸って、自分自身は大きな声を出したつもりなんだけど・・・・無理でした。

 届いた声にリツコさんが振り返った。

「目が覚めた?」

 リツコさんが実に優雅な笑顔で言うもんだから、僕もつられて笑顔になる。

「はい。でも・・・・・・・」

 僕の意図を察したリツコさんは加持さんをにらみつけた。それに対し、加持さんは肩をすくめる。

「本当はもう少し休ませてあげたいんだけど・・・・・時間が取れなくってね。」

 ごめんなさいね。そう言いつつリツコさんは点滴を外し、僕の腕にテープを張る。

「リョウちゃん、彼女、抱えて連れてっちゃって。」

「了解!」

 そう言って僕の背中と膝の後ろに腕を回した。抱き上げた時表情が曇ったのは、僕が軽かったんだと思う。だって・・・・・

「・・・・・軽すぎだろ・・・・」

 って聞こえたから。

 でもね、でも、加持さん。女の子に体重の話は失礼だと思うよ。うん。

 

 

 


「話には聞いてたけど、本当に食べないのね・・・・・」

 あの後、ランチに連れ出された先でリツコさんに言われた。

「お腹、空かないんです。動かないし・・・・」

 半分も減っていないお皿を前にそう言った。お子様ランチ程度の量しかないのに。この後デザートが出るのに。・・・・・・・絶対に無理だよ。食べられない。

「それにしても・・・・・・・」

 対面に座った加持さんがマジマジと僕を見る。

「随分と可愛くなったなぁ。」

 手を伸ばしてワシワシと僕の頭をなでる加持さん。

 確かに、髪も伸びて外見もそれっぽくはなってきてはいる。服もお母さんが選んでくるのは、ヒラヒラのフリフリだし。色もピンクとかだし。花柄だし。

「可愛い・・・・ですか?」

 思ってもみなかった事を言われて、なんとも言えない気持ちになった。

 お母さんは僕の事を『可愛い』って言うけど、それは親だから言うんだと思ってたし。

「一般的に見て、可愛い部類だよな。」

 加持さんはリツコさんに同意を求る。

「そうね。保護欲を誘うタイプよね。」

「確かに。守りたくなるタイプだよな。」

 ・・・・・・・って言うか、僕、誰かに助けてもらわないと生活出来ないんですけど?

「表情が柔らかくなったし、充分可愛いと思うわよ?」

「確かにな~。美人というより可愛いだよな。」

「そうよね。ユイさんじゃないけど、着せ替えにしたくなるわ。」

「って、猫耳とか言うなよ?」

「・・・・・・・その手があったわね。」

 って、リツコさん。僕、泣いてもイイデスカ?

「止めとけ、ヒナちゃんが引いてる。」

「え?可愛いと思うけど?」

「い~や、そう思ってるのはリッちゃんだけだ。」

「・・・・・・そうかしら。」

「そうだ。」

 納得できないリツコさんを加持さんがなだめてて・・・・・

 なんか、いいなと思う。

 付き合いの長さが会話の端々に出ていて・・・・・

 うらやましいな、と素直に思う。

 僕にもそんな友達が出来るのかな?

 楽しそうに話すリツコさんと加持さんを見ていてそう思った。

 でも、楽しそうにしていても、時折見せる表情がやっぱり曇ってて・・・・・。何やってるんだよ、あの二人は。そう思わずにはいられなかった。

「ヒナちゃん?」

 楽しそうに話すリツコさんと加持さんをニコニコと見ていたら、リツコさんが僕を呼んだ。

「楽しい?」

 そう聞かれて、僕はコクンとうなずいた。

「そう、よかったわ。」

 笑顔で言われると、僕も笑顔になる。そんな簡単な事に、僕はこの体になってから気付いた。

 情け無いけど。

 だから、余計にこの人たちの表情を曇らせてしまうあの二人が許せなかった。

 そう思ったらスコンと僕は、実にくだらないイタズラを思いついた。

「え・・・と・・・・・」

 とりあえず、言ってみる?

「何?ヒナちゃん?」

「実にくだらないイタズラを思いついたんですけど。」

 今までの僕だったら、ありえない発言。二人とも目を丸くしてるし。

「イタズラって・・・・ヒナちゃん。」

「だって、思いついちゃたんです、加持さん。」

 僕はここで言葉を切った。

「要は二人の暴走を止められればいいんですよね?」

 僕が確認すると、2人が飛びついてきた。

「出来るの!?」

「出来るのか?」

 え・・・・と、そんなに焦ってるんですか?

 平然としていたけど、そうじゃなかったんだ・・・・・・・。大人って大変だな。

「大人の世界の事、よく解っている訳じゃないのでアレなんですが・・・・・・無くは無いです。」

 僕のはあくまでも“イタズラ”だとか“イジワル”の域のモノだから。

「え?本当?」

「方向性が違うんですけど・・・・・・いいですか?」

 改めて確認をした。返事はYES。

「真実を証明するのは難しいです。だから、嘘吐きにしちゃえばいいんです。相手を。」

「え?」

「嘘を吐いた人の言う事って、信じられます?」

「まぁ・・・・そうね。」

 リツコさんがため息混じりに返事をする。悪魔の証明は難しいものね・・・と。

 悪魔の証明・・・ですか?リツコさん。

 確かに、あの人たちの近くに居た人は、彼女たちの“嘘”を知っている。でも、それはあくまでも一部の人間でしかない。だから、彼女たちの言っている事が真実だと思っている人がいる。というより、そう思っている人の方が多いのだ。だからこそ使える手だったりする。

「彼女たちは、"チルドレンを引き取って育てた、家事万能で、和食が得意な作戦課長”さんと、"毎日毎日、サードチルドレンにお弁当を作っていた健気なセカンドチルドレン”さんでしょ?」

 アスカは『サードにはせっかく作ったお弁当を捨てられた事もある』とかどこかで言ってたけど・・・・それ、逆だから。自分がした事を、『された』と言わないで欲しい。

「確かに・・・・・・そう言ってたわね。」

 本当は違うけど、とはき棄てるようにリツコさんは付け足した。

「だったら、料理、作ってもらいましょうよ。公開で。生放送で。」

「なるほど・・・・」

 と同意した加持さんは、すでに頭の中で使えそうな"コネ”を探しているみたいだ。

「最近、そんな形で取材されていないから、飛びつきますよ。彼女たち。」

「そう・・・・よね。」

 リツコさんも効果の程を計算しているようだ。

「但しね、内容は教えないでくださいね。」

 駄目押しをする。

「当然だろ。」

 加持さんがにやりと笑う。

「上手くいけば、過去の発言も“嘘”になるかもしれないわね。」

 加持さんだけでなく、リツコさんものって来た。

 そうなんだ、僕が思いついたのは“彼女たちを嘘吐き”にする事。

 何が真実で何が嘘なのかを曖昧にする事。

 それによって彼女たちが話していた事を有耶無耶にする事。

「じゃぁ、ユイさんに相談してみるか。」

 どうやら加持さんはいいコネが思い付いたらしい。

 

 

2010.07.11