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 第三に引っ越してから、怒涛のごとく物事が動き出した。

 

 あくまでも、僕にとっては、だけど。

 

 あの後、トウジが洞木さんと一緒に遊びに来た。ケンスケが撮った僕の写真を持って。

 何故だか同情的な洞木さん(この理由は後で知るんだけど・・・・。出所はケンスケだろうな)とメアドを交換して、お母さんも交えて学校の話をした。話題に上ったアスカの話を不自然にならない程度に聞きだす母さんに、本当の理由はこれだったんじゃないかと思ったんだけど・・・・・・・

 実にあっさりと「違うわよ」と言われた。

「あなたの学校の事も考えないといけないからね・・・・」

 とシミジミと言われ、今の僕は戸籍上、13歳の中学2年生である事を思い出した。

「・・・・・・・行きたくない。」

 そう言った僕の頭を母さんは笑顔でなでてくれた。

 

 

 

 

 

 

The  created  past

 

 

 

 

 

 

 

「ヒナノちゃん、何か悩み事でもある?」

 カルテを手に、リツコさんは聞いてきた。緩やかだけど増加していた僕の体重が、こっちに引っ越してきてから減っている。多分、そのことなんだと思う。

「会うの10日振りだけど、痩せたな・・・・って思うわよ?」

 そう言うと、リツコさんは看護士さんに目で退出を促した。

「食事、おいしく感じないです。」

 看護士さんが出て行ったのを確認してから言った。聞く人によっては呆れてしまう理由だから。

「ひとりで食べる食事は美味しくないです。」

 向こうではずっと母さんと一緒だったから。慣れないし、馴染めない。ハウスキーパーで来てくれているルミさんは、お願いしても一緒に食べてはくれないし。

「盲点だったわ。」

 露骨に驚くリツコさんに、こっちが驚いた。

「そうよね、その通りよね。」

 うんうんとうなずくリツコさん。僕は今、きっと間抜けな顔をしている。

「じゃぁ、今日のランチ、一緒にいかがかしら?」

 え・・・・・と・・・・。

「先約がいるけど・・・・・ま、大丈夫でしょ。」

 そう言うと、電話で話し始めるリツコさんを、僕はボ~っと見ていた。

 ・・・・・まだ、返事して無いんですけど?

「で?本当の悩みは何?」

 電話を終わらせ、僕に聞くリツコさん。

 え・・・・と・・・・・言いましたよね、悩み。それだけじゃないけど。比重はそっちの方が大きいけど。

「・・・・・・・・」

 言えない。それとも、言っても大丈夫なのかな?

「アスカなら、ネルフに勤めるご夫妻に引き取られたけど。」

「そう・・・ですか。」

 ・・・・・・よかった。ほっと胸をなでおろす。

「アスカ、カウンリングも受けさせる予定なのよ。」

 え?

 突然切り出された話に、とっさに言葉が出なかった。

「元々、兆候はあったけど、最近は明らかに常識を超えてるでしょ?」

 今回の暴走の原因の最たるものとして、アスカの"一番への固執”がある。それは、たった一人のチルドレンになっても変わらない。むしろ、固執の域を超えて、妄執の域に達している気もする。

「・・・・・そう・・・・ですね・・・・・」

 否定は出来ない。けれども、あからさまな肯定も躊躇われる。

「ミサトにもね、カウンセリング、勧めたんだけど一蹴されたわ。」

 こっちもこっちで、自覚無し・・・・か。

「でも・・・・・・時間の問題かもしれないわね。」

「・・・・・・やっぱり・・・・・」

「何とかしようと手は尽くしてるんだけど・・・・」

 暴走は止まらない、、、、、、か。

「ま、同様に、私たちはミサトに振り回されてるんだけど・・・・・・」

 私たち?

 え・・・・と、それって・・・・

「そうよね、リョウちゃん?」

 背後から人の気配。今まで全く無かったのに、だ。

 慌てて振り返ると、両手を挙げて"降参”した加持さんがいた。・・・・マジですか?

「ヒナノちゃん、あのね。」

 この場合はシンジ君かしら?とさらっと爆弾発言したリツコさんは、更に爆弾を投下する。

「リョウちゃん、知ってるから。」

 はい????

「彼、知ってるのよ。」

 リツコさんは加持さんに目配せをした。 加持さんは椅子を引き寄せ座った。

「碇指令に頼まれたんだ。君の戸籍と痕跡が欲しいって。頭を下げてな。」

 ・・・・・・・・知らなかった。

「内調に捕まってた俺を助けた上で、だ。だから、大丈夫だ。君は堂々と外に出て行っていいんだ。」

「シナリオを考えたのは私だけど。」

 え~っと、リツコさん。シナリオって?

「知らないのか?」

 驚き続ける僕に、加持さんが聞くから、うなずいた。

「君はシンジ君の妹で、赤ん坊の頃、入院先の病院からゼーレに誘拐された事になっている。妻と娘を盾に取られた碇指令は息子を手放した。ゼーレの命令で、な。」

 それって・・・・・・

「本来、君を手放した理由の中に"ゼーレからの命令”も含まれている。」

 え?

「ゼーレサイドは依り代にする為に、指令は・・・・・巻き込みたくなかったんだろうな、君を。」

 え?

「何度も言われただろ?『帰れ!』って。」

 思考が追いつかない。言葉が出ずに、うなずいた。

「碇シンジを最初から"エヴァのパイロット”にするつもりなら、アスカやレイちゃん同様に早いうちから訓練をさせているはずだ。違うか?」

 ・・・・・・・違わない。

「だから、真実と嘘を混ぜてシナリオを作った。そうだろ?リッちゃん?」

「そうね。」

 リツコさんはさらっと、同意する。

「シンジ君や周りの人があなたを知らなかったのは、あなたが予定よりも早く生まれてしまって、助かる見込みが非常に低かったから。自分の息子にすら知らせる事を躊躇う位にね。

 だから、碇夫妻しか知らないのよ。だって、退院してから改めてお披露目をしようと思っていたんだもの。」

「よって、ヒナノちゃんの体が弱いのは生まれつきな訳だ。」

 って、加持さん、ウインクされても・・・・・。

「それでね・・・・・・・」

 珍しくリツコさんの歯切れの悪い言葉。手が空を彷徨う。タバコ、吸いたそうだな。

「えらく同情的なのよ、一部の人が。」

 え~っと、、、、、

「あなたの今の状態は"病気の所為”って事になってはいるんだけど、シナリオを知っている人は信じていないのよ。」

 それって・・・それって、もしかして・・・・・

「ゼーレの所為?」

 思わずでた僕の言葉に、「ご名答」と加持さんが答えた。

 

 

「聞きたい事があるんですけど・・・・・・・」

 聞きたいと思ってた。でも聞けなかった事がある。

「何かしら?」

 そう言って微笑ってくれたリツコさん。今なら、聞ける?

「どうして?どうしてそんなに・・・・・・・」

 ずっと感じていた疑問を投げかけた。

 みんな僕に優しかったから。ずっと、不思議に思っていた。

「贖罪・・・・・・かしら。」

 迷う事無く答えたリツコさんに、加持さんも同意した。

「だって、"仕方が無い”だとか、"それしか方法が無い”だとかを隠れ蓑にして、あなたたちに無理強いしてたから。自分のエゴの為にね。」

 それ位の自覚はあったのよ。とリツコさんは言う。加持さんも同じみたいだった。

「・・・・・・・・・・」

「でもね、今は違うわ。」

「・・・・・・・・・」

「少なくとも、あなたの両親やリョウちゃんや・・・・マヤだってそうだし、青葉君や日向君や・・・私もね。」

 あぁ・・・・そうだ。僕に接している人は、何よりもまず、僕を一番に考えてくれる。

 だから、素直に感謝も出来る。

「私たちは出来るだけ、チルドレンの望みを叶える方向で物事を進めているの。」

 リツコさんの言葉に、素直にうなずく事が出来る。少なくとも、僕にとってはそうだから。

「3人目のレイも、鈴原君も、チルドレンでいる事を望まなかったわ。あなた同様にね。」

 ・・・・・・・やっぱり、と思った。と同時に、だからなのか・・・・と思った。

「だから・・・・アスカは・・・・」

 自分への賛辞や尊敬を求めて、アスカは実名の公表を希望したんだ。たったひとり残ったチルドレンとして。

 ただ、世間で支持されたのは、アスカではなく、自らを犠牲にしたファーストチルドレンと、最後まで戦ったサードチルドレン。同じ日本人であるし(アスカはアメリカ国籍のドイツ人だしね)、綾波のとった行動は実に日本人好みだし。完遂の為に手段を選ばないアスカよりも、自己犠牲の綾波の方が"日本人からしたら”共感しやすい”だろうし。終ってしまった事だから、『可哀想』って同情できるし。

「そうね。実名の公表はアスカの希望。本人の思惑通りにはならなかったけど。」

「・・・・・みたいですね・・・・・」

「アスカは、“たった一人残ったチルドレン”として賞賛を浴びるつもりだったのよ。

 でも、アスカの求めた通りの賞賛は無かった。」

「・・・・・・・」

「全ての賞賛は自分の所に来ると思ってたのよ、アスカはね。」

 莫迦か?莫迦なのか?莫迦だろ。

 戦歴をみれば、どのエヴァが最強だったのかは一目瞭然なはず。確かに、初号機は“暴走”に助けられた。でも、素直にそれを公表するほどネルフは莫迦じゃない。そうなった場合どうなるかなんて、ちょっと考えれば解るはず。

「でも、ふたを開けたら一番指示されたのはレイだったの。」

 あの莫迦は偉そうな事ばかり言ってたわりに、認識が甘い。と言うより、独り善がり。

 『アタシが』『アタシは』『アタシだって』『アタシこそ』

 アスカは何時だってそうだったじゃないか。ごり押しで自分の意見を押し通す。我儘を言って散々周囲を振り回した人間が今更“悲劇のヒロイン”気取ったって・・・・・。無茶だろ。おかしすぎる。

 どうせ“悲劇のヒロイン”にするなら、薄幸で控えめで儚い方がいい。泣き言も言わずに従順に任務をはたしていた少女が、たった一度だけ我を通す。好きな人を護る為に。

 ・・・・・・って、ドラマみたいじゃないか。

 こう考えたら、本当に“お涙頂戴モノのドラマ”みたいじゃないか。

 口惜しさに涙が出た。

 茶化すなよ。

 あの頃の僕の、綾波の気持ちを茶化すなよ。

「シンジ・・・君?」

 心配そうにリツコさんは僕を見るけど、心配そうに加持さんも僕を見るけど・・・・・

 ダメだ。感情がマイナスに突っ走る。

 グルグルと色んな感情が僕の中で渦を巻く。

 口惜しさとか、哀しさとか、やるせなさとか・・・・ダメだ。涙が止まらない。

 


2010.06.30