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  愛されたいと言う欲求を愛する事に変換する事が出来たなら、人は幸せになれるのだろうか?

 

 そう思った。


 
 父さんは、母さんと言う存在を得て、初めて、人を愛する事を知ったのだ、と思う。

 だから、父さんは執拗なまでに母さんを求めたのだ、と今では思える。

 それは僕も同じだから。

 父さんと僕は、同じものを望んでいた。

 

 望んだのは家族。

 

 安らげる、居心地のいい空間。

 自分自身を無条件で受け入れてくれる場所。

 

 

 

 何かが"弾ける”と思ったあの瞬間、僕は自分の幸せだけでなく、僕の知っている人の幸せも望んだのだと思う。核心はないけれど、『そうなんだ』と思う。

 

 僕の望みを聞いてくれた存在。

 誰だか解らなかったけれど、懐かしく暖かく思った。


 神様なのかな?


 良くは解らないけど、僕の望みを叶えてくれた、みんなを幸せにしてくれた誰か。


 僕は、あなたに感謝します。

 

 

 

 

 


Family ties

 

 

 

 

 

 


 トウジに会った事で、踏ん切りがついた僕は、リツコさんの提案通りに第3に引っ越す事を決めた。

 

 僕が決めてから10日後には引越しって?

 そう思ったけど、多分、僕が知らないだけで水面下では動いてて・・・・・話を切り出したのがリツコさんだっただけなんだろう。

 事が決まってから3日後には新しい部屋の図面を持ち帰った父さんを囲み、初めての"家族会議"なるのもを体験した。主に今後の事を話し合い。僕は幾つかのおねだりをし、幾つかのお願いをされた。そして、お互いが納得するまで話し合った。とっても疲れたけど、翌朝は起きれなかったけど、それでも有意義だったと思う。

 

 そして、家族旅行。

 

 そう呼べるのかも解らない位の近場だったけど。でも、それでも、僕にとっては楽しいものだったんだ。


「お父さぁん。何時までビデオ撮ってるの?」

 少し離れた所から、僕と母さんを父さんはカメラをまわし続けていた。

 

「この家も、明日で最後だからな。」

 そう言って、引越しの前々日にビデオカメラを買ってきた父さんは、翌日には、あちこちでビデオを回し母さんと僕を撮影した。ここで暮らした記念に、と。

 そして、引越しの邪魔になるからっと言って(僕の事だよね)、やって来た温泉旅行でもカメラを回し続ける。

 幸せだ、と思った。

「ゲンドウさんね。」

 伏し目がちに母さんが言った。

「シンジが生まれた時も欲しがったのよ、ビデオカメラ。

 でも、そんな時代じゃなかったから。生きて行くだけで精一杯だったから。」

「・・・・・・・そう・・・・・なんだ。」

 改めて父さんの一面を知った気がした。

「お父さんはね、肉親の縁の薄い人だったから、子供の頃に親に愛された記憶の無い人だったから・・・・・自分が子供を愛せるのか不安がっていたわ。」

 ・・・・・・・・父さん。

「でも、もう、大丈夫よ・・・ね。」

 笑顔そう言う母さんに、僕も笑顔で答える。

「うん。」

「・・・・・よかった。」

 安心した表情の母さんを見ると、やはり母さんの中にも“罪の意識”と言うものは存在したのであろう。

 

過去は変えられない。

 

 だから、それに捉われてちゃダメなんだ、と思う。・・・・・・難しいけど。

 

 旅行先(っても車で30分だけど)から、直接新居に帰った。

 図面で薄々とは感じてたけど・・・・・

「お父さんってお金持ちだったんだ・・・・。」

 ポロっと出てしまった僕の言葉に、同行してくれた管理人さんがクスッと笑った。

「君のお父さんは偉い人なんだよ。なんたって、世界を救ったネルフの総司令なんだから。」

 管理人さんは、車椅子に座った僕の視線に合わせる為に腰をかがめて言う。優しい人なんだな。

 その言葉に僕は、父さんを見上げた。父さんはうなずき、母さんは「そうよ。」と笑う。

 流れるのは、穏やかな空気。

「斉藤さん。」

 母さんが管理人さんに呼びかける。

「この子は娘のヒナノです。ずっと入院してましたけど、やっと一緒に暮らせるんです。」

「それは善かったですね。」

 人の良さそうな笑顔で斉藤さんは答えた。

 エレベーターが最上階に着く。管理人の斉藤さんが鍵を使って扉を開け、その鍵を父さんに手渡した。

 目の前に広がる、広々とした玄関。予想してたとはいえ、実物を見るとやっぱり驚く。

「お母さん。」

「何?ヒナノ?」

「広いねぇ・・・・・・。」

 ため息共に言葉が出る。これじゃぁ、トイレに行くのも大変そうだ。

 そして、改めて感じたのは、前の家と今度の家の違い。前の家は“僕の為の家”で、今度は“ネルフの総司令の家”だのだろう。僕は、俗に言う“お嬢様”になってしまった訳だ。

「ヒナノ。」

 父さんが僕に手を差し出す。

「うん。」

 見上げた視線が絡まって、言葉にしなくても伝わる気持ち。

 

 

 ありがとう。

 

 

 どういたしまして。

 

 

僕は父さんの手を借りて立ち上がる。出来るだけ、家の中では自分の足で歩きたい。所々に置かれた椅子を見ながらそう思った。

 でも、ほんの少し歩いただけで、僕の足は限界を告げる。膝、笑ってるんですけど・・・・

「お父さん。」

 そう言っただけで、父さんは僕を抱き上げた。

「あなたは本当に子供に甘いわよね。」

 そう言った母さんの言葉に、引っ掛かりを感じた。

 

 

子供に甘い。

 

 

 ヒナノに、今の僕に甘いでは無く、“子供”に甘い。それって・・・・・?

「また、私が悪者ですか?シンジの時もそうだったじゃないですか・・・・」

「いいじゃないか、今日くらい。」

 交わされた会話に顔が綻ぶのが解った。記憶には無いけれど、僕が小さい頃もそうだったの?

「じゃぁ、そのままリビングまで連れて行っちゃってください。お茶を用意しますから。」

 

 父さんは僕をソファに座らせると、自分も隣に座った。

「ありがとう、お父さん。」

「疲れただろ?」

 向けられた優しさに、首を振った。

「大丈夫。」

 情けないくらいに体力が無いけど、それでも大丈夫。今は。先は長いかも知れないけど、大丈夫。頑張れるから。

「そうか・・・・。」

 沈黙ですら、心地よく感じる事が出来るから。

「・・・・・・実はな、」

 実に言いにくそうに父さんが話を切り出した。

 それは、僕が知らされてなかった"母さんの復職の理由"。てっきり僕は、前の様に研究を続けるんだと思ってたから。だから、それを聞いて、僕はソファに撃沈した。

 何だよそれ?

 研究を続ける為に戻るのではなく、メインはミサトさんとアスカの調整役だって?そう言えば聞こえはいいが、要は彼女達のストッパー役なんだよな。

「・・・・・・・何だよ、それ。」

 思わず、"素"に戻ってしまう。

「お前も気付いてたんだろ?」

 そりゃあ、気付いてたさ。テレビは見ていないとはいえ、新聞は目を通していたし、ネットでもそれなりに話題になっている。それも、悪い意味で。

 それにしても、人間の欲望は果てしないと思う。それが、"分相応"と言う言葉を知らない人ほど顕著だ。葛城ミサト、アスカ惣流・ラングレー。この二人が今、ネルフの汚点となってる。

 嘘で自分を飾り立て、エリート意識丸出しで取材を受ける。一方は仕事を、もう一方は学校を御座なりにして、である。見ていて吐き気がするほどに。

「惣流君と同居していた伊吹君が体調を崩して入院した話は聞いているな。」

 え?マヤさんが?

 そういった話は僕を素通りする。だから、知らない。

「・・・・・知らない。」

「そうか。」

 言ってしまった事を躊躇う父さん。

「マヤさん、大丈夫なの?」

「本当にまずくなる前に、赤木君が『ドクターストップ』を使った。」

「そう。」

「今、彼女はネルフに勤める夫婦に引き取られている。」

「・・・・・・そう。」

 未だ、未成年である僕らには保護者になる人は不可欠になる。セカンドインパクトの影響で、血縁関係が希薄となり、保護者の居ない未成年だっていない訳じゃない。だけど、用が済んだからといって、放り出す訳にはいかないのだろう。例え問題行動を起こしていたとしても。

「ねぇ、お父さん。」

 疑問に思った事を聴いてみようと思った。僕自身の中に答えはあっても、一般的に見てどうなのかは解らないし、知りたいから。

「何だ?」

「アスカはドイツに帰らないの?」

 父親と、義理とはいえ母親が居る。日本に来るまではそこで生活してたのだし。例え、いい関係ではなかったとしても、れっきとした保護者がいるのだ。(親の居ない綾波や父親はいても親戚に預けられていた僕に比べたら、アスカが一番恵まれて育ったのだ。本人は認めないけど)

「・・・・・・帰らんだろうな。」

 ・・・・・・・・やっぱり。

 ドイツは、ゼーレの本拠地が在った為に、この件では世界中から非難されている。ドイツと言う国自体が。

 一部の人間の選民意識によって行われようとしていた"儀式”は、ある意味で第2次世界大戦のナチスドイツを彷彿させたのではないか、と僕は思う。

「ドイツは嫌ネルフだ。日本に居る様には、ちやほやしてはくれないだろう。そして、彼女はそれを求めている。」

 ・・・・・・だろうな。

 日本は"世界を救った”と言う自負からか、ネルフやチルドレンに対しては好意的なのだ。だから、毎日の様にネルフに関する話題が世間を騒がせるのだ。

「・・・・・でな、シンジ。」

 あえて、父さんがこう読んだ。

 その意味に僕の手は震えだした。

「赤木君は、葛城君を切るつもりでいる。ただ、付き合いの深さから、切るに切れない状態だ。」

 父さんが言葉を切った。

 嫌な予感がする。

「近い内に惣流君を引き取る事になるだろう。覚悟だけはしておいて欲しい。」

「!!!!!」

 言葉の代わりに、涙が出た。

 性別に感情が引きずられるのか、情緒が安定しないのか、単に涙もろくなったのか、僕はよく泣いた。母さんの前で。父さんの前ではニコニコと笑っていたかったけど、無理。

 何で・・・・。何でだよ。

 何で僕の生活に入り込んでくる?僕は望んでなんて、いやしないのに。むしろ、関わり合いたくなんて無いのに。

 怒りや悲しみや、憤り、自分自身の無力感。嫌な感情が心の中で渦を巻く。

 キモチワルイ

 こんな感情に囚われたくないのに。穏やかに暮らしたいだけなのに。

「すまない。本当にすまないと思ってる。」

 父さんの言葉に、びっくりして僕は顔を上げた。

「でも、大丈夫だ。」

 隣に座った父さんが僕を引き寄せた。

「今度は間違えない。」

 ・・・・・・お父さん。

 


 
2010.06.21