m-03

  会いたくなんて無かった。

 

 

 

 

 僕が、

 

 

 僕の手が君の未来を可能性を奪ってしまったから。

 

 

 

 

 殺すくらいなら、殺された方がいい。

 

 本当にそう思った、あの時。

 

 

 それは、今も変わらない。

 

 

 

 

 ずるい・・・・のだと思う。

 逃げているのだと思う。

 解ってる。でも・・・・・・

 

 

 

 

 

 僕は碇シンジじゃなくなっているけど、心は碇シンジのままだから。

 

 

 

 

 

 


dear  frends

 

 

 

 

 

 

「ユイさん!」

 背後から聞き覚えのある声がした。病院のロビー。時間の所為か閑散としていた。

 僕の車椅子を押す母さんが振り返ったのが気配でわかった。

「あら、鈴原君。」

 母さんの声と一緒にパタパタと小走りに走る近づいてくる足音。

 

 え?トウジ?足は!?

 どうして走れるの?

 

 

 その名前と共に、僕の頭の中を支配する。

「ご無沙汰してます。」

 そう言ってトウジは頭を下げた。

 ねぇ、知り合いなの?どうして?

 思い付くのは、彼がチルドレンだった過去。・・・・・その所為?それしか、思い浮かばない。

「本当に久しぶりね。」

 にこやかな母さんの声。

「今日はどうして?」

「足の件です。」

 え?足?

 足って・・・・・・僕が奪ってしまったんだよね。

「あら、それで?」

「全くの正常だから、もう、来んでええ言われました。」

 え?何?正常って?

 何が正常なの?どうして?

「それは善かったわ。」

 ねえ、何が良かったの?どうして良かったの?

 次第に大きくなる疑問。

「はい。ありがとうございます。これも、シンジのお陰ですわ。」

 僕のお陰?

 どうして?僕は何もしていない。

「ありがとう。」

「いえ、感謝するのはワシの方ですから。」

 何で僕がトウジに感謝されるの?

 ねえ、どうして?

 足の件って何?

 僕は出口の無い迷路のようにグルグルと考え込んでしまい、名前を呼ばれている事にも気付かなくて・・・・・、母さんに手を握られた。

「!? ・・・・・・お母さん?」

 顔を上げると心配そうに僕を見る母さんとトウジ。

 え?僕、また、やっちゃった?

「ヒナノ、疲れた?」

 違う。違うんだ。思考に方に比重を取られたから・・・・・だから・・・・・

 大きくなった疑問を抱えつつ、答える。

「そんな事、無い。ごめんなさい。ぼうっとしてた。」

 顔が上げられない。手が震える。

 罪の意識が僕を支配する。

「そう?ならいいけど・・・・」

 そう言うと母さんはトウジを見た。

「この"ぼうっと”したのが私の娘。合うの初めてよね、鈴原君。」

 今度は僕を見る母さん。

 うん。解ってる。挨拶だよね。でも・・・・・覚悟が出来ないんだ。

 僕は君の足を奪ったから。君の可能性を奪ったから。

 言葉を発する事が出来ずに、俯いた。

「ヒナノ?」

 解ってる。解ってるよ。解ってるんだ、母さん。僕はもう、碇シンジじゃない。別人なんだ。だから、トウジとも初対面。彼がエヴァのパイロットだなんて、チルドレンだったなんて、知らないんだ。そう自分に言い聞かせる。

 大きく息を吸って、吐き出す。

 現在までの情報は、『母さんの知り合いの鈴原君』。初対面。ただそれだけの関係。

 僕は、ヒナノ。シンジの妹だ。

「鈴原さん、初めまして。碇ヒナノです。ヒナノって呼んでください。」

 上手く笑顔は作れただろうか?声は震えていなかっただろうか?

 車椅子に座った僕がトウジの顔を見るには見上げる形になってしまう。(きっと、立っててもそうなんだろうケド)

 ・・・・ってトウジ、固まってるし。

「・・・・・・・ほんまシンジにそっくりやわ・・・・・」

 優に1分は固まっていった言葉がこれ?

 そう思ったら、少しだけ安心した。

「そんなに・・・・・・・、似てますか?」

 自嘲っぽくならなかったかな?と思いつつ、僕は笑みを浮かべる。

 似てる・・・・じゃなくて、本人だから。

「顔は似とると思う。」

「え?」

「シンジはそないに人と笑ってしゃべるようなヤツやなかったから。」

 そう、そうだね。

 あの頃の僕はそうだったね。自分の殻に閉じこもり、一歩を踏み出せずにいた。

 見上げた視界には遠い目をしたトウジの顔。

「ええヤツやったで。」

 ・・・・・・ありがとう。

 その言葉で僕は救われる。

「でね、鈴原君。」

 母さんの声で現実に引き戻された気がした。

「お昼は?」

 話の展開について行けない。

「リツコさんにご馳走になりました。」

「なら丁度よかったわ。」

 って何がだよ!と思った時には出口とは別方向に向かって進んでいた。

「ちょとだけ、付き合ってくださる?」

 訳も解らずについて来たのであろうトウジが「はぁ・・・」と曖昧な返事をした。

「あのね、鈴原君。この“ぼんやりとした”ウチの娘とお友達になってくれないかしら?」

 止まったトウジの足音と、ジタジタともがきだす僕。母さん、なんて言う爆弾発言。

 無理!!無理だから!!絶対に無理だから!!もはや僕はなみだ目である。

「お願い。」

 と極上の笑みを浮かべて(見えてないけどそんな気がした)トウジを陥落させた後、返す刀で一言。

「落ちるわよ。」

 ・・・・・・はい。僕も撃沈した。


 トウジには缶ジュースを僕には紙パックのジュースを買い、ストローを刺してから僕に手渡す(残念ながら、僕には未だ出来ないんだ)。

「この子ね、学校に行ってないのよ。」

 母さんの言葉に、露骨にトウジが驚くのが解った。

 ・・・・・・・ごめん。君に心配させたくなんて無かったんだ。

 母さん、放っておいて欲しかったよ。

「すっと、病院にいたから・・・・・・・人見知りするし。」

 実ににこやかにトウジにそう言ってから、ベソベソとした僕の頭をなでる。実の所、女の子になってからの僕は感情を抑えることが出来ない。だから、よく泣いてたりする。いや違うな、一時期は泣きっぱなしだったな。

 だから、母さんは動じない。

「ママ・・・・・」

 なみだ目で見上げたら、ハンカチを渡された。

 心構えが出来てないのに。今は未だ無理なのに。そう思った僕をまるっきり無視する。

「その上、すぐ泣く。」

 悪かったね!

 でも、涙腺が壊れたかのように涙が出るんだ。感情が抑えきれないんだ。

「でもね、大切な娘だから。」

 ありがとう、母さん。

「シンジに何もしてあげられなかったから、この子にはその分まで色々としたいの。」

「・・・・・・・さいですか。」

 頭の上でトウジの声がする。

「こんな事、お願い出来る中学生って、鈴原君しか知らないのよ。」

「あ・・・・あぁ・・・」

 曖昧なトウジの返事。俯いたまま頭の上で交わされる会話。

「こんな状態だから、学校に行く目途も立たなくて。」

「はぁ・・・・・」

「家からも出たがらないし。」

「はぁ。。。。。」

「おしゃれにも興味ないし。」

「・・・・・はぁ・・・」

「好きな人でも出来れば変わるんじゃないかと思うんだけど・・・・」

「・・・・・・・」

「だからね、ウチの子の彼氏になってやってくれないかしら。」

 母さんの服を引っ張った。

「何?ヒナノ。好みじゃない?」

 ・・・・・・母さん、何言ってるんだよ。僕は首を振った。

「違う。鈴原さんに、迷惑だと思う。」

「どうして?ヒナノ可愛いと思うわよ?」

 ・・・・・・・母さん。

 そう言う問題じゃない。僕が願ってしまったから。ヒカリちゃんの気持ち、知ってたから願っちゃったから。ヒカリちゃんには幸せになって欲しいから。上手くいってて欲しい。言えないけど。

 

 

 

 ・・・・・って・・・・?

 

 

 

 え?

 

 もしかして・・・・・・・・僕が・・・・僕が、願ったから?

 

 僕が願ったからなの?

 僕の願いが届いたの?

 

 だとしたら・・・・・

 

 パズルのピースがつながっていく様に、言葉がつながる。「足の件。」「全くの正常。」って事はもしかして・・・・・・・。本当に、トウジの足を元通りに出来たのだったなら、僕はこのまま歩けなくなってもかまわない・・・・・そう思った。僕が犯した罪だから。僕が償わなければいけないんだ。

 

 瞬きをしたら、涙がこぼれた。

「ヒナノ?」

 母さんに呼ばれて、顔を上げる。心配そうな、ふたつの視線。

 ・・・・・・・あ。また、トリップしてた?

「だって、ヒナ、ひとりじゃ何も出来ないんだよ?」

 言ってから、しまった!と思った。いくら慌ててたとはいえ、本当のことだとは言え、トウジの性格知ってるのに、この状況でこんな事言ったらどうなるか・・・・・

「それはちゃうで!」

 トウジの言葉に、僕の体がビクリと震えた。

 案の定、今まで黙ってたのに反論する。トウジ、熱血モード、入った?

「自分の所為ちゃうやろ?だったら、気にせんでええと思う。」

 キッパリと言い切ったトウジに「そう言ってるんだけどねぇ・・・」と母さんがため息をつく。

「だって・・・・・・・」

 言葉が続かない。

 だって、本当の事だから。本当に何も出来ないから。

 お母さんが世話をしてくれなかったら、ヒナノは生きていけないから。みんなに迷惑を掛けなきゃ生きていけないから。それでも生きていたいと思う。

「ヒナノ?何度も言ってるでしょ?」

「でも・・・・・」

 嬉しさだとか、安心感だとか、申し訳なさだとか。訳の解らない感情が僕の中で渦を巻いて・・・・・

 ダメだ。感情が暴走を始めてしまいそうだ。だって、涙が止まらない。

「ワシは・・・・

 ワシが事故で怪我した時は『それでも生きていてくれてよかった』と言われたで?」

 ・・・・・・トウジ・・・・・・・

「親って、そないなモンちゃうんか?」

 そう・・・・・・なのか?

 そう・・・・・・かも知れない。少なくとも、僕もそう思ったかもしれない。

「そうよ。」

 ・・・・・・お母さん。

「それなのに、ウチの莫迦息子ときたら・・・・・」

「そう思います。シンジにも綾波にも生きてて欲しかった思いますねん。

 あないに頑張ってたんやから・・・・・」

 ごめん、トウジ。僕も3人目でよければ綾波も生きてる。言えないけど。

 でも、そう言ってもらえて良かった。

 

 

「さ、湿っぽい話はお終い!」

 明るく母さんが言った。

「で?鈴原君、ウチの娘とお友達になってくれるわよね?」

 にこやかに、でも有無を言わさない迫力で母さんは言い切る。

「はぁ・・・・・・ワシでええんですか?」

「だって、他にお願いできる人、知らないし。」

「・・・・・さいですか。」

 トウジ、迫力負けだね。僕もその気持ち、よ~く解る。

 母さんは笑顔で押し切るんだよね。

「お友達も連れて遊びに来てね。いいわよね、ヒナノ?」

 って、今度は僕ですか。

 ・・・・・・でも・・・・・・・・

 さっき、暴走しそうになった感情の波は収まって・・・・

 何だか、救われた気がする。トウジが僕を赦してくれるって思えるだけで、救われた気がする。

 だから・・・・・・・

「鈴原さん、よろしければ遊びにいらしてください。」

 そう言う事が出来た。

「・・・・・・近いうちにお伺いさせていただきます。」

 頭をかきながら言うトウジがとても、彼らしくて・・・・・僕は笑顔で返事をする事が出来た。

「はい。」

 と。

 

 

 

 


2010.07.04