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 使徒との戦いは終わった。

 

 儀式は執り行われたけど、それでも今は、元に戻っている。

 

 

 

 『一瞬の空白の後、気が付けばそこに居た。』

 

 ネルフの本部に居た人や、ネルフ本部を攻め込んだ人の言葉だった。

 

 

 父さんが教えてくれた。

 

 

 でも、どうやら、紅い海での記憶は僕にしか無い、らしい。

 

 

 

 

 

 

 

affection

 

 

 

 

 

 


 サードインパクトと言う不可思議な出来事に戸惑いつつも、世間は混乱から脱しようとしている。

 訳も解らずに事後に使徒の存在を知った多くの人たちは対岸の火事でしかなく、まるで怪獣映画でも観るような・・・・・そんな感じであるらしい。そう言っていたのは、僕が入院していた第2新東京市にある病院の看護士さんだった。

 こんなに近くでもそうなのである。

 だから、テレビでは、面白おかしく“この戦い”を放送する。

 綾波は好きな人を守る為に自爆した悲劇のヒロインになってるし、僕は好きな人を守れなかった事に苦しみながらも戦い続けた悲劇のヒーローだ。

 

何だよ、それ。

 

 そんなかっこいいものじゃないんだよ。

 苦しくて苦しくて、どうしようもない位に苦しくて、逃げ出した。

 でも、連れ戻されて、逃げ場所も無くて・・・・・どんどん追い詰められていった。

 逃げ出したいのに、逃げられない。

 その上、圧し掛かる重圧。

 僕は壊れていったんだと思う。

 

 ま、今でも、壊れているけど。

 

 だから、あまり、テレビは見ない。不快になるから。

 入院中、どんなに時間があっても、僕の部屋のテレビがつくことは無かった。

 それは、退院後の今も変わらない。

 僕は未だに学校に行っていないから、本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごしている。退院後はそれにネットとDVDを見る事が加わったけど。
 

 

 だから、今、僕がリビングのソファに座り、テレビを見ているのは、珍しい事だったりする。

 

 好きな指揮者のコンサート。

 僕が入院中に近くで行われたコンサートだった。行けなかったけど。

 たまたまネットで見かけて、こうして見ていた。

 やっぱり、行きたかったな、と思う。

 でも、無理だったけどね。

 脂肪はおろか、筋肉や骨までもをエネルギーとして使って執り行われた“儀式”の影響で、エントリープラグから救出された時の僕は、何時死んでしまってもおかしくは無い状態だったんだ。指を1本動かす事も出来ない位に疲弊してしまった僕の体は、あの時、自力で行動なんて出来なかったし。第一、退院できるまでに優に2ヶ月は掛かったんだもの。明日も病院だし。

 

 つけたままのテレビでは、新しい番組が始まる。

 

 まただ、と思う。

 

 また、使徒戦の特番だ。

 

 世間は作り上げられた"伝説”(だって、本当にそう言ってたんだもの)に、舞い踊っている。

 

 国連からの正式発表の所為もあるんじゃないかと思う。

 国連及びネルフからは、チルドレンはセカンド以外は『死亡』と発表されたから。

 

 ファーストチルドレンは、第16の使徒アルミサエルとの戦いにて使徒を道連れにした自爆により死亡。

 フォースチルドレンは、第13の使徒バルディエルにエヴァごと乗っ取られ死亡。(って事になってる。元気にやってるみたいだけど)

 フィフスチルドレンは、ゼーレからチルドレンとして派遣されるも使徒である事が発覚し殲滅される。

 そして僕、サードチルドレンは最後の戦いで、死亡。(本当は生きてるけど)

 

 綾波とトウジに関してはネルフが混乱を避ける為にとった事なのだろうと思う。(本当は2人とも生きてるけどね。ま、詳しくは知らなから分らない。)

 でも、綾波、死んでるし。

 僕の好きだった綾波は自爆したし。

 3人目?

 そんなの、知らない。僕は知らない。知りたくない。

 僕はもう、ネルフやエヴァと関わりあいたくは無いんだ。

 

 ぼうっと眺めていたテレビにミサトさんとアスカが映った。

 

 吐き気がした。

 

 だから、慌ててテレビを消した。

 

 僕を“家族”と言いながら僕だけを散々こき使った女。

 奇麗事ばかり御託を並べ、僕が助けて欲しくて伸ばした手を実にあっさりと振り払った女。

 

 そして、自分は天才だ、エースだ、特別だ、と勘違いし、僕を自分の下僕だと思っていた女。

 現実が受け入れられずに自滅したのを僕や綾波の所為にした女。

 嫌な感情が湧き上がる。

 

キモチワルイ

 

 僕はもう、関わり合いたくはないし、関わらないで欲しいと思う。

 大きな幸せなんて望んでいない。

 僕はここで、家族に囲まれ、ひっそりと穏やかに暮らしたいだけなのだ。

 ただ、それだけ。本当に、それだけ。

 本当の家族を得た事で、あの時の"家族ごっこ”が如何に欺瞞と思惑に包まれていたか、改めて感じる。あの人は復讐の"駒”として、僕を手元に置いたのではないかとさえ思う。それと、態のよい家政婦。

 だから、もう、関わりあうつもりは全く無い。

 

 あ・・・・・・・母さんの足音がする。

 段々と大きく聞こえるのは、こっちに近づいている所為。

 そんな事すら、幸せだと思ってしまう僕は、おかしいのだろうか?
 

 

 珍しくテレビを見ている僕に驚きながらもお風呂に入った母さんは、お風呂から上がってもリビングのソファに座ったままだった僕に、驚いたていた。

 そして、僕に声をかけた。

「ヒナノ?未だ起きてたの?」

 と。

 

碇 ヒナノ

 

 そう、これが今の僕。

 全ての儀式が終わった後、エントリープラグにいたのは母さんと女の子になった僕。

 どうしてのなのかは、解らない。

 考えたけど、解らなかった。
 

僕が望んだから?
 

 解らない。

 僕は『女の子になりたい』とは願わなかった。

 僕が、チルドレンであり続ける事を願わなかった様に。

 でも、少しずつだけど、受け入れる努力はしている。

「ヒナノ?聞こえてる?」

 心配そうに僕の顔を覗き込む。母さん。お母さん。ママ。

 僕が求めた存在。

 暖かい存在。

 ごめん、ちゃんと聞こえてる。聞こえてるんだ。そんなに心配しなくても大丈夫なんだよ。

 ただ、自由に動かすことの出来ない体の所為か、思考が優先されているんだ。それだけなんだよ。

「・・・・・・・聞こえてる。」

 僕は笑顔で答えた。

「顔色が悪いけど、大丈夫?」

 心配、してくれる。暖かい。心が温かくなる。

「もしかして・・・・疲れちゃった?」

 壊れてしまった僕の体は、すぐに疲れてしまうから。座っているだけでも疲れてしまうから。

 ごめんね、母さん。こんな僕で。

 でも、感謝しているんだ。今、こうして生きていられる事を。ここで暮らせる事を。

「ゴメン、母さん。僕、寝るね。」

「ヒナノ・・・・・・?」

 一瞬だけ母さんが悲しそうな顔をした。

 あぁ・・・・そうか、そうだよね。

「ママ、ヒナノ、寝るね。」

 未だに“私”と言えないけど。

 でも、あの頃よりも小さく華奢になった体と、ちゃんと発音しているつもりでも舌足らずになってしまう口調には似合っているんじゃないかと思う。

「でもね、ヒナノ。」

 母さんがイタズラっぽく笑う。

「予定だと、ゲンドウさんがもうすぐ帰ってくるの。」

「本当?」

 残務処理で忙しいままの父さんとは、殆ど逢えない。すぐに疲れてしまう僕は、1日の大半を寝て過ごしているし、その上、小さな子供並みの就寝時間なのだ。

「あなたが未だ起きて、テレビを見ているって言ったら、『急いで帰る』って言っていたもの。」

「じゃあ、パパに逢ってから寝る。」

「パパ、喜ぶわよ。」

 そう言った所で玄関のチャイムが鳴る。多分、母さんはそれを見計らってお風呂から出たのだろう。

「パパだね。」

 僕がそう言うと、母さんはパタパタと小走りに玄関へ向かった。

 

 僕もそんな風に走れるようになるのかな?

 

 決して広くないマンションの所々に置かれた椅子を見ながら思った。

 僕の為の椅子。

 父さんが置いてくれた椅子。

「ユイの妊娠中も椅子を置いたんだよ。」

 そう言いながら置いてくれた椅子。

 たった数メートルの距離を歩く事すら苦痛に感じてしまう僕の為の椅子。

 体力を取り戻す意味も込めてのリハビリは、一向に進まない。筋肉だけでなく、骨密度の落ちてしまった僕は、転んだり、強くぶつかったりしただけで、骨が折れてしまうから。疲労骨折の心配もあって、無理が出来ないんだ。

 でも、ちょっとずつだけど、本当にちょっとずつだけど増えていく体重と、歩く事の出来る距離に僕はそれなりに満足しているんだけどな。

 

「ヒナノ、ただいま。」

 やけに可愛い包みを持って父さんは帰ってきた。

「おかえりなさい。」

 笑顔で言う僕に、父さんの顔も少しだけほころぶ。よく見ていないと解らない程度の変化だけど。それでも父さんは笑うようになった。

「ケーキとプリンを買ってきた。」

 途中で開いている店を見かけてな、車を止めてもらったんだ。

 そう付け足した父さんに、僕は

「ありがとう。」

 と言う。感謝の気持ちも込めて。

「でも・・・・・・・」

 ちょっとイジワルな事、言っちゃおうかな?

「ダメだよ。運転してくれる人に迷惑を掛けちゃ。」

「いいんだよ。お父さんは偉いんだから。」

 そう言った父さんには、少しだけあの頃の面影があった。

「あのね、頑張って起きてたら、疲れちゃたんだけど。」

 人と上手く関わる事の出来ない父さんには、こっちが無条件で甘えてしまうに限る。そして、明確な希望。

「食べた後に歯磨きしたいから、洗面所まで連れてってくれる?」

「問題ない。」

 真面目腐ってそう言った父さんがおかしくて、僕は笑った。

 父さんって、こんなにお茶目な人だったのかな?あの頃の僕は父さんを避けていたから知らない。母さんは父さんの事を『可愛い人よ』って言うけど・・・・・・こんな事なのかな?

 

 僕が笑っているとお茶とお皿を用意した母さんが戻ってきた。

「ヒナノ、随分と楽しそうね。」

「お父さんが、ケーキを買ってきてくれたからね。」

 笑顔で答える。答えられる。

 一度にたくさんの食事が出来なくなった僕は、小さな子供のように何回かに分けて食事をする。それを理解した上で、ケーキやプリンを買ってきてくれた父さんの気持ちが嬉しい。

 あの頃、僕が、父さんが望んでいた“幸せ”がここにはきっと、あるんだと思う。母さんという人と共に。幸せだな、と感じる。

 

 

 居心地が良くて、つい長居してしまった僕の体力はもう限界で・・・・・・・・

「ヒナノ、ここで寝ないで。風邪を引くわ。」

 うん。そうだね。そう思う。

 でもね、まぶたが重いんだ。

「パパ・・・・・・」

 視線だけを向けてそう言うと、父さんが立ち上がるのが見えた。

 スタスタと僕の方に歩いてくると、ひょいと僕を抱き上げる。

「もう、あなたはヒナノに甘いんだから・・・・」

 母さんの小言。

「約束したからな。」

 父さんの優しさ。

「パパ、眠い。。。。」

 小さな子供みたいに甘える僕。

 

小さな子供みたいに・・・・

 

 その言葉に、僕の何かが反応した。

 でも・・・・・・・疲れきっていた僕は、居心地のいい父さんの腕の中で、眠りの波にのまれていった。

 

 

2010.06.06 

2010.06.26 改定