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「どうして?」

 と思った。

 どうしてこの子はこんな格好で食事をしているの?

 アタシには部屋から出る時は着替えなさいって言ってたのに。

 アタシがこの家で暮らす上での約束だったのに。碇指令の家で暮らす上での約束だったのに。

「何でパジャマのまま、こんな時間に食事してるのよ!」

 食事の時間は決まってるんでしょ!?

 アタシはそう言われたわ。

 こんなガキが偉そうにあんないい部屋に居座って、アタシは小さい部屋に追いやられたのに。

 色々と我慢してやってるのに、大人なアタシは色々とアンタに譲ってやってるのに、何で?

「どうして?ねぇ、どうして!」

 アタシを無視するかの様に食事をしようとするコイツにムカついた。

 このアタシが声をかけてあげてるのよ?

 どうして無視するかなぁ?

「ご馳走様でした。」

 その上、コイツは半分も減っていないまま箸を置いた。

 だから、睨み付けてやった。

「何で残すの!?」

「・・・・・・・お腹、いっぱいだから。」

 出された食事は残さずに食べるって基本なんですけど?

 昨日、そう言われたし。しかも、アンタの母親から。

「だからって、作ってくれた人に失礼でしょ!」

「でも・・・・・・・・。」

 そしたら、泣き出しやがった。

 アタシ、間違った事、言ってない。

 昨日、アンタの母親に言われた事、言っただけなんですけど?

「もう、いいんですか?」

 ハウスキーパーがお皿を下げに来る。

 どうして?

 どうしてコイツに気を使うの?

 アタシじゃなくて。

「ごめんなさい。お腹いっぱいで。」

「気にしないでくださいね。」

 穏やかに交わされる会話に腹が立った。

「何か、飲み物持ってきますね。」

 何故コイツに注意しない?

 おかしいよ。

 どうして?どうしてアタシと扱いが違うの?

「アンタ、何泣いてんの!?」

 見下すように言った。

「イヤミよね。」

 続く言葉は、あてつけのつもり?と何様のつもり?

「惣・・・流さん・・・・」

 泣いているコイツに腹が立つ。

 あの馬鹿とそっくりな顔で泣いているコイツに。

「あん?」

 露骨に“不機嫌”を表せば、あの馬鹿ことサード同様に過剰に反応する。

 ・・・・・・・・馬鹿みたい。

「アタシの事、“アスカ”って呼べって言ったわよね。」

 確認する。昨日の事を。

「ア・・ス・・カ・・・・さん。」

 違うよね?

「アス・・・カちゃん・・・」

「そう、それでいいわ。」

 だから、笑ってやったのに、何でそんなに脅えるの?

「アンタと仲良くしないと、追い出されるのよアタシ。」

 そう、耳元で囁いた。
 
 人の気配がしたから。

 アタシはいい人なんだしね。

 こんなガキに比べたら大人なんだしね。

「ほら、泣かないの。」

 ユイさんが見えたのでそうなぐさめた。頭までなでて。

「ヒナノ。」

 なのに、最初に呼んだのはこのガキの名前。

 どうしてかなぁ?このアタシが居るのに。

「ヒナちゃん、ご飯が食べられなくて泣いちゃったんですよ。」

 でも、笑顔でそう言った。アタシは大人だから。

「そうなの?」

 なのに、何で確認する?

 アタシは間違った事なんてしないのに。

 アタシは正しい人なのに。

 おかしいな?どうしてなんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い海の底に沈んだ守りたかったものに、僕は夢を見てしまう

それから・・・・・・・

惣流アスカ・ラングレーの場合

 

 

 

 

 

 

 


 碇ユイと言う人はとても優秀は人だと聞いていた。

 だから、優秀なアタシを理解してくれると思っていたのに。

 この家で、碇指令の家で暮らす事になって、やっとアタシの価値が解ったのかな?って思ったんだけど、違うみたい。

 だって、色んな約束事や決め事をするんだもの。

 例えば、門限とか、お手伝いとか。

 何でそんな事、決めるのかな?

 何でそんな事、しなくちゃいけないのかな?

 解らない。本当に理解できない。

 

アタシが優秀過ぎて誰も理解できないのかな?

 

 そんな考えが頭を過る。

 アタシはずっと“特別な人間”で“選ばれた子供”だった。

 ママだってそう言ってたし。研修施設の人だってそう言ってたし。

 だから、コイツが特別だなんて思えなかった。選ばれて無いし。

 だって、特別なのってアタシだし。アタシは選ばれたんだし。

「どうして“特別”なの?」

 このガキが。

「アスカちゃん?」

 不思議そうな顔でユイさんが聞いてくる。

「どうしてこの子が特別なの?」

 おかしい。おかしいよ。

 どうしてこの子が特別なの?

 特別なのはアタシじゃない。

「具合が悪い時位、大目に見てあげてね。あなたの時でもそうするつもりだし。」

 具合が悪いと特別?

 そんなの、知らない。

「どうして?どうして“特別”なの?この子が!」

 不思議。

 何でこの人も解らないかな?

「具合が悪いときは特別でしょ?」

 だから、どうして具合が悪いと特別なのよ。

 特別なのはアタシでこの子じゃない。

「どうしてこの子が“特別”なの? “特別”なのはアタシなのに・・・・」

 ママがそう言ってたのに。

 研修施設の人だってそう言ってたのに。

「アスカちゃん?」

「アタシが特別なのに・・・・・」

 どうして?

「そうじゃなくって・・・・・」

「この子が“特別”じゃない。“特別”なのはアタシ。」

 そう、特別なのよ、アタシは。

 そこいらに居る人間とは出来が違うのよ。

「アスカちゃん?」

「アタシが特別なのよ!」

 何で解ってくれないの?
 
「だって、ママが言ってたのよ!あたしは“特別”だって。ママが嘘を吐いたって言うの!?」

 他の人だって言ってたわ。

 チルドレンの研修施設の人だって。アタシが、アタシだけが選ばれたんだもの。

 おかしい。おかしいでしょ?

「そうは言ってないでしょう?」

「ママはアタシが『特別』だって言ってたもの」

 ずっと、ママはそう言ってた。

「・・・・・・確かにね。」

 ユイさんがアタシの顔をジッと見る。

「キョウコには・・・・・あなたの"ママ”にとっては、あなたは『特別』。

 だけど、それはどの母親も一緒なのよ。」

 でしょ?

 ママはアタシを特別って言った。

 だから、アタシは特別。選ばれた人間だし。

「だから!アタシは特別なの!!」

 どうして解ってくれないかな?

 アタシは選ばれて、コイツは選ばれていない。

 簡単な事なのに。
 
「あのね、アスカちゃん。聞いてね。」

 その話し方がムカつく。

 如何にも“私は優しいのよ”とか“あなたの為を思って”だとか、そんな話し方が。

「キョウコにとってあなたが特別だったように、私にとってはこの子が、ヒナノが特別なのよ。」

「どうして!!」

 特別な子供はアタシ。

 選ばれたのもアタシ。

 コイツは選ばれていない。選ばれてなんかいないじゃない!

「簡単な事よ。"自分の子供だから” ただ、それだけよ。」

「だったら!!」

 それは簡単な事。

「アタシを子供にしなさいよ。その方が絶対に得だわ。」

 そう、そうすればいいのよ。

 いいじゃない?

 チルドレンの母親って地位が手に入るのよ。

 世界でたった一人のチルドレンの母親。

 選ばれた人にしか手に入れられない地位。

「どうして?」

 訳、解んない。

 マジで。

「だって、アタシはチルドレンよ?」

「関係ないわ、そんな事。」

「本当に?」

 嘘は止めようよ。

 素直になった方がいいと思うよ?
 
「ねぇ、アスカちゃん。私だって、チルドレンの母親よ?」

 今、この瞬間まで馬鹿シンジ、アンタは邪魔をするのね。

 アタシの手柄を取っただけじゃなくて、アタシの居場所まで奪うって言うの?

 目の前が真っ赤に染まる。怒りで。

 アタシの目の前から居なくなっても尚、アタシの邪魔をするのね。

 アタシ、アンタを許さない。

「私はあなたがセカンドチルドレンだから引き取った訳ではないのよ。

 キョウコの、親友だったキョウコの娘だから引き取ったのよ。」

 え?

 爆発しかけた怒りが一気に収まって目の前が真っ暗になった。

 何・・・・・それ・・・・・・・
 
「本当に?本当にそれだけでアタシを引き取ったの?」

 アタシは惣流アスカ・ラングレー。キョウコ・ツェッペリンの娘のアスカじゃない。

 アタシは世界を救った英雄であるセカンドチルドレン。

 誰かの付属物じゃない。
 
「莫迦言わないで! あなたを引き取った事を自慢する位なら、自分の息子を自慢するわよ。」

 何、それ・・・・・・・・。

 アタシは目の前で何かが崩れていく様な気がした。

 

 

 


2011.08.15

 

 

 

 

 

 

赤い海の底に沈んだ守りたかったものに、僕は夢を見てしまう

それから・・・・・・・

惣流アスカ・ラングレーの場合