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アタシはアタシ。

アタシはチルドレン。

アタシは特別な存在。

だって、アタシは世界を救ったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い海の底に沈んだ守りたかったものに、僕は夢を見てしまう

それから・・・・・・・

惣流アスカ・ラングレーの場合

 

 

 

 

 

 


 リツコの部屋は余計な物など何も無い、生活感の無い、モデルルームの様な部屋だった。

 アタシが住んであげるはずだった、碇指令の部屋とはまるで違う。部屋の広さも、部屋の造りも、何もかも。

 アタシ、あそこに住むはずだったのに、何でここに居るんだろ。

 あんな、チンケなガキよりアタシの方がよっぽど相応しいのに。何で解ってくれないんだろ。本当に不思議だわ。

「アスカ、貴女の部屋はここ。いいわね。」

 そう言って案内されたのは、ミサトと一緒に住んでいた頃と同じくらいの広さの部屋だった。

「ねぇ、リツコ。この部屋、狭くない?」

 ミサトのマンションよりも確実に高級感あふれる所だったから、多少は期待できると思ったのに。

「贅沢は言わないで。今、空いているのはここしかないのよ。」

 リツコはそう言うけれど、このマンションって4LDKって聞いたんだけど。どうして?

「え~荷物、入らないよ。」

 そう言ってみたけれど、ダメみたいだった。リツコににらまれたし。

「そういった“贅沢”は自分で部屋を借りられる様になってから言いなさい。」

 そんなこと言ったって許可してくれないじゃない。

「じゃぁ、ここ出て部屋借りる。」

「どうぞ、私は止めないわよ。貴女の年で自活している子は沢山いるんだし。」

 ・・・・・・・・え?

 自活?

 自活って・・・・・・・アレだよね。

「でも、今までの様な生活は出来ないわね、確実に。」

「・・・・・・どうしてよ!」

「貴女、家賃に食費、光熱費、いくら掛かると思ってるの?」

「え・・・・・・家賃って、、、ネルフで出してくれるんじゃないの?」

「莫迦言わないで、自分の給料から出すのよ。多少の補助はあるかもしれないけど。」

「何で?アタシ、チルドレンなのに?」

「だから、手当てが出てるでしょう?」

 そう言えば・・・・・と頭の中で給料明細を思い浮かべてみる。そう言えば・・・・・・あったわ。

「それにね、貴女たちには報奨金と言う形で使徒殲滅の手当ても出てたでしょ?」

 え・・・・・と・・・・・・貰ったわ。

「だから、家賃は給料からよ。」

「え~!!そんなぁ・・・・」

 何でなんだろ?アタシ、チルドレンなのに。特別なのに。

「そんな当たり前の事も知らなかったの?」

 あきれた様に言うリツコにムカついた。

「し、知ってるわよ!」

「じゃぁ、自分で手配して。それと、私は保証人にならない主義だから別の人、当たってね。」

 何よ!全く腹の立つ。

 何で別に人を当たらないといけないの?リツコがしてくれればいいじゃない。

「それが面倒なら、寮の申請をすればいいわ。」

「それは、イヤ!」

 あんな、アナグマみたいな生活、絶対にイヤだわ。

「じゃぁ、自分で何とかしなさい。」

 きっぱりと、切り捨てる様にリツコが言った。

「それとね、貴女が入っていいのはリビングやキッチン、お風呂とトイレ。他の部屋には入らない様に。」

「どうして?」

「基本的なマナー。誰だって、勝手に自分の部屋に入られたくは無いでしょ?」

 そりゃ、自分の部屋に勝手に入られたくは無い。でも、アタシが入るんなら大歓迎でしょ、普通。

 だって、アタシは選ばれた人だから、選ばれる事の無かった人と同じな訳が無い。

「そりゃ、入られたくは無いけどさ。」

「みんな、そうなのよ。」

 少し疲れた様にリツコが言った。

「え~っっ!!でも・・・・・・さ・・・・」

「私の部屋に入ったら、どうなるか解ってるわよね?」

 アタシの言葉をひったくる様にしてそう言われた。リツコの場合、本当に“する”から怖い。

「・・・・・・・。」

 返事の代わりにリツコをにらんだ。でも、そんな事でひるむ様なリツコじゃなくって・・・・・

「言っておくけどね、貴女はここでも“特別”じゃないから。」

「え?」

 ここでも?

 え?どうして?

 アタシ、特別なんだよ。

「このマンションの家主は私。故にここで一番偉いのは私。いいわね。」

 そんな幼稚園児に言い聞かすみたいに言わなくてもさ、いいと思うの。

 そんなに家主って偉いの?

「不満なら自立すればいいのよ。」

 え?

「もう一度言うわね。不満があれば自立すればいい。それだけよ。」

 なによ、それ。

 アタシが自立して無いとでも言うの?

 笑わせないでよ。

 アタシは子供の頃から自立なんてしてるわ。

 ちゃんと給料もらって、生活してるんだから!

 怒りに任せて怒鳴りつけたいけど、アタシは大人だから?返事をしない事にした。

「私が言っている自立はね、“お金を稼ぐ”って事じゃないわ。」

「・・・・・・じゃぁ、何なのよ!!」

 それ以外に何があるって言うの?

 リツコ、意外と馬鹿なんじゃないの?

「自分の事は自分でする。唯、それだけよ。」

 え?

「してるわよ!!」

 訂正、リツコは馬鹿だ。

「ふうん?本当に?」

 イヤな視線。人を馬鹿にした様な、見下す様な。

「してるじゃない!!」

「してる?笑わせないで!」

「はぁぁああぁ?」

 ナンか、イヤ。

 最近、こんなことばっかり。

「してるわよ!お金だって稼いでるし、自分の事は自分でしてるわ!!」

「・・・・・・・あれで?」

 心底嫌そうなリツコの表情。

 アタシ、自分の事は自分でしてるじゃん。

 お小遣い、貰った事なんてないんだし。小さい頃からずっと、そうだったし。

「いい?アスカ。」

 今度は諭す様な口調。

「自立って言うのはね、自分でお金を稼ぐことだけじゃないの。確かにそれは大切な事よ。でもね、それだけじゃないの。」

 じゃぁ、何なのよ。

「自分一人で生活するって事なの。自分の事は自分でする。掃除も洗濯も食事の支度もその他の細かい雑用も含めてね。」

 どうして?と思った。

 アタシは選ばれた人間で、どうして雑用なんてしなくちゃならないの?

 そんな事、したこと無いよ、アタシ。

「一人暮らしをするのなら、全てをしなくちゃいけない、って事。」

「どうして?」

「どうしてって・・・・・・。」

 アタシの疑問にリツコが口ごもった。

 だって、ドイツで寮に住んでた時、そんな事しなかったよ。

 厭きれた様にため息をついたリツコが向けた視線が痛かった。

「貴女ね・・・・・・・。」

 忌々しく呟く。

「一般的な常識、知らな過ぎるわ。」

 はい?

「日本には『郷に入っては郷に従う』って言葉があるけど、そこまで完璧に求める気も無いけど、でも、自分が知っている事が全てじゃないのよ。解る?」

「・・・・・・・?」

 何言ってるの?

 解らない。

 アタシが間違ってるって言うの?

「じゃぁ、When in Rome do as the Romans do. 知ってる?」

 完璧な発音でリツコが言う。

 ・・・・・・・・知ってる。

 でも、ここはローマじゃない。

「ここは日本で、日本支部のやり方があるの。それに不満なら転属願いを出せばいいんだし?」

「はい?」

 暗に出て行けって言ってる?

「日本において“自立する”って事は、お金を稼ぐ事も含めて自分の事は自分でする。家事や雑用も含めてね。」

「でも・・・・・・・・。」

「今までアスカ、貴女は大人の保護下に置かれていたのよ。自覚しているしていないは別として。」

「でも!」

「だから、貴女が“自立する”って言うのなら、私は止めない。でもね、自立して一人で住むのなら自分の事は自分でしなければいけないのよ。」

「どうして!」

「どうして?」

 リツコの視線が突き刺さる。

「簡単よ。それが“自立する”って事だから。」

 何馬鹿な事言っているの?

 リツコの目がそう言っている。

「それが嫌なら・・・・・・。」

「それが嫌なら?」

「お金を出して人を雇えばいい。」

 でも、それって・・・・・・・

 碇指令の家だ。

 あそこには居た。家事をする人が。

「だから、止めないわよ。自分で部屋を借りて、人を雇って生活すれば?」

 嫌な哂いだった。

 小馬鹿にした様な。

「取り敢えずは置いてあげるわ。でも部屋が見付かったら出て行ってね、アスカさん?」

 言われなくったって出て行ってやるわよ、こんな家。

 人を馬鹿にして。

 怒鳴りたいのをぐっとこらえて、にらみつけた。

 少しの辛抱よ、アスカ。

 アタシは自立するんだから。


 2011.08.11