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 碇君。

 碇シンジ君。

 中学校時代の同級生で、実は初恋の人。

 あなたは覚えていないかもしれないけれど、私はあなたに救われた。

「キレイな色の髪だよね。」

 何の混じりっ気の無い純粋な瞳でそう言われた。

 いつも、好奇の目で見られていたから。

「綾波さんの目って紅いんだ。」

 そう言われて、私の体がこわばるのを不思議そうな顔で見る。

「瞳もキレイだよね・・・・・。」

 そんな・・・・・しみじみ言われても・・・・・

 今までと違う反応に、私の方が困ってしまった。

 好奇や嫌悪や同情や、そんな視線にばかり晒されてきたから。

 だから、どう答えていいのか分からずに、多分、困った顔をしていたんだろうと思う。

 心配そうな顔で聞いてきた。

「やっぱり光に弱かったりするの?」

「え?」

 話を逸らそうとしてくれたの?でも、意味が解らなくて、本当に分からなくて、聞き返した。「どうして?」と。

「アルビノと呼ばれる人がそうだから。」

 え?

 アルビ・・ノ・・・?

 初めて聞いた言葉に、驚きが隠せなかった。

「違うんならいいんだ。ゴメン、余計な事、言って。」

 実に申し訳なさそうに言う彼に好感を持った。この人は私の髪や瞳の色に過剰反応しないんだ、って。

「ううん、いい。」

 その後も、度々「キレイだよね。」と私の髪や瞳を褒めてくれる彼が段々と気になっていった中1の頃。

 出席番号が同じで、何かに付けて一緒になる度に、ドキドキとする心臓の音が聞こえてしまわないかと心配で、好きだ、と気付いたのは2年になるクラス替えで別のクラスになってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

初恋

side  rei

 

 

 

 

 

 


 あれから、散々悩んでメールをした。

 私の知っている碇君であって、私の知っていた碇君ではない人。

 見かけは変わってしまっていたけど、中身はどうなんだろう?

 あの頃のままの碇君なんだろうか?

 外見は随分とかっこよくなっちゃってて、びっくりしたんだけど。でも、何処となく、面影はあって・・・・・だから気付く事が出来たんだけど。

 流れで「付き合っている人はいない。」って聞いた。だから、私にも可能性は有るって思ってもいいのかな?でも、中学の時から幼馴染である惣流さんと付き合っていると言われていたし。それを言ったら、本人全く気付いていなかった。

 私、キタイしてもいい?

 そう思いながら、メールをうった。

 当たり障りの無い、言葉をえらんで。

 翌日になって返ってきた返事は、遅くなった理由とそのお詫び。

 ドキドキがピークに達してたから、その返事を読んで安心した。嫌われてはいないんだって。

 それにしても、先輩に付き合わされて徹夜なんて、あまりにも“らしくて”笑ってしまった。そうしたら、それを友達が目聡く指摘された。

「何か、いい事でもあった?」

「あ~解った。彼氏からのメールでしょ?」

 そう聞いてきた友人に「違う。」と答えた。だって、彼は幼馴染と付き合っているって、ずっと、そう言われてたから。ずっと、ふたりで居るのを見てきたから。本人は違うって言うけど。それに。まだ何も・・・・。

「本当に?」

 なおもしつこく聞いてくる。

 でも、これが社交辞令で、本気でそう思っていないのも知っている。

「本当よ。だって、中学の同級生だもの。」

 これは、嘘じゃない。その頃に好きだったって言っていないだけで。

「ふうん。」

 そっけなく返されて、この件はこれで終わった、と思ってたら合コンに一緒に参加した友達がやってきた。

「写真出来たよ~!」

 と、ミニアルバムを手にして。

「今回はレベル高かったのよ。」

 そう言って皆でパラパラとアルバムをめくる。

 案の定、「この人、いいかも。」と碇君を指差していた。

 すらりとした長身に穏やかな表情。男臭くないそんな感じに、男子に免疫の少ない(高校からの私でさえそうなんだから、中学からの同級生なんて尚更なんだろうと思う)私たちからしたら、安心できる要素のひとつなのかも知れない。

 だって、女子高から女子大に行った私たちの周りには、本当に男の人が居いから。居たとしても、教授だとか父親だとか兄だとか弟だとかの血縁者が精々で。合同サークルとかで知り合ってたりしている人も居るけれど、私や、私の友達はそんな事とは縁遠くって。だから、虚像で無い異性の存在って、とても貴重で・・・・・。

 だからなのかな?

 と思ってしまった。

 だから私、碇君を好きなままだったのかな?

 でも・・・・・・あの時の、再会したあの時の嬉しい気持ちや、ドキドキした気持ちは本物だった。

 私の中にいる碇君と、今の碇君が上手くシンクロしてない気もするけど・・・・・・。

「レイちゃん?」

 名前を呼ばれて、はっとした。どうやら、私・・・・・・・

「レイちゃん、この辺を魂が彷徨ってた。」

 そう言って私の頭上を指す。

「ごめんなさい。考え事、してた。」

「それは、それは・・・・・・。」

 実に楽しそうに、彼女に2通の封筒を手渡された。

「碇君だったんでしょ?頑張っちゃえば?」

 そう言って背中を押してくれる。彼女とは中学は別だったけれど、塾が一緒で、私が碇君を好きだったと知っている人だから。碇君同様、私の髪や瞳の色に過剰に反応しなくって、最初から普通に接してくれたから、その頃から親友をしている。志望校が一緒だったし。

「・・・・・・でも・・・・・・・。」

「レイちゃんなら大丈夫。」

 そう言われても・・・・・・

「それにね、私、碇君の幼馴染、ちょっとムカついてるんだ。」

 って、惣流さん、何をしたの?

 私と違って友達の多い彼女の事だ、きっと、碇君と同じ学校に友達がいるのだろう、と思った。

「付き合ってる人はいないんだし、彼、乗り気っぽかったからさ、大丈夫。」

 そう言って思いっきり背中を押す。乗り気っぽかったって、信じていいのかな。

「でも・・・・・・・・。」

「他の誰にもアドレス教えてなかったし。」

 って・・・・・・。

「きっかけにしたら?その写真。」

 そう言われて、手元の写真を見た。

 確かに、会う口実にはなる。そう考えている自分に、積極的に動こうとした自分に驚いた。

 

 

 

 何度目かのメールで出かける約束をした。

 親友が「きっかけにしたら?」と言って渡してくれた写真のお陰かもしれない。

 じゃぁ、話題になっている映画を見に行こう、とも言ってくれた。少しだけ大人になった気がした。前だったら、そんな事、言えなかったよね、お互い。

 7月の最初の日曜日に、お互いに引っ越していないから、自宅から程近いショッピングモールで待ち合わせをした。あの中学の女子生徒はここでデートをするのが夢、と言うのを彼は知っているのだろうか?なんて考えた。

 緊張のあまり待ち合わせ時間よりもかなり早く着いてしまったそこは七夕一色で、もしかして、これを知ってて誘ってくれたのかな?

 だとしたら・・・・・・・

 嬉しいかもしれない。

 緩んでしまう頬と、緊張と、困惑の中で碇君を待っていた。頭の中で『惣流さんは幼馴染』と繰り返す。他の誰でもない碇君が『ただの幼馴染』と言ったんだから、それを信じればいいのだ。“あの”碇君が嘘を吐くはずが無いと。

「ゴメン、待たせちゃって。」

 そう言って待ち合わせ時間よりも前に現れた碇君の表情が、何故だか中学時代の彼の表情とダブって見えて、おかしさとか、安心感だとか、何だか訳の解らない感情がこみ上げてきた。

 そんな私を不思議そうに見る碇君が、いかにも中学生の時の碇君と同じ表情で・・・・・・肩の力がすうっと抜けていく。

「・・・・ううん。私が早く着すぎたから。」

 笑顔で言えたかな?

「行こう。」

 そう言ってさりげなくエスコートしてくれる碇君が、その事に気付きながら碇君に任せる事が出来る自分が、あの頃と、何も出来ずに見ているだけだったあの頃と比べて大人になったのだと感じる。

 中学時代の思い出話や、今の大学の話などをしつつ映画館がある階までの移動途中に視線を感じた。敵意すら感じるその視線は、好奇の視線とは全く別物で、慣れない視線の元を辿ると、中学時代の同級生である惣流さんだった。年上の、高そうなスーツを着た人と一緒だった。

 え?どうして?

 一瞬だけ合った視線は、惣流さんの方から外した。

 もしかして・・・・・・・

 と思った。

 彼女は中学の時に『碇君と付き合っている』とされていた人。

 でも・・・・・・・・碇君はそんな事、言っていない。彼の態度は一貫して『ただの幼馴染』だ。

 もしかして・・・・・・惣流さん?

 碇君本人は全く気付いていないけれど、もしかして、惣流さんは・・・・・・

 そう思ったら、なんとなくだけど納得が出来た。中学時代の事とか、親友がムカついて事とか。

 彼女は彼女なりに真剣だったのだ。それだけは解った。

 誰かの悲しみの上にあるなんて、そんなのは嫌だとは思ったけれど、私だって、一度、諦めたんだもの。今度は諦めたくは無い。

 だから、ごめんなさい。

 

 

 誰かの願いが叶う頃、次の約束をした。


 
 諦めなければ願いは叶うんだと、七夕飾りを作った人に、短冊に願いを書いた人に伝えたい。私はあの時に書いた願いは叶いました、と。

 


2011.07.23