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 部活の帰り道、僕たちは暮れかかった道を歩いてた。

「綾波、寒くない?」

「大丈夫。」

 そう言ってにっこりと微笑む彼女はとても可愛かった。

「そろそろ・・・・・・・だよね。」

「そうね、そろそろね。」

 そろそろ雪が降る。僕たちの住む町はそれなりに雪深い。そして、僕は雪が降る事を期待していたりする。だって、これで、手をつなげるかもしれないから。手をつなげるきっかけになるかもしれないから。

 綾波とは中学に入って一緒になった。去年は同じクラスで同じ出席番号で隣の席になることも多かった。でも、2年になる時のクラス替えで同じクラスにはなれたものの、出席番号が違ってしまった。だから、隣の席になる可能性は限りなく低くて、この間も何度目かの席替えがあったけれど、隣の席になったことは無くて。

「碇君!」

 彼女が少しだけ嬉しそうに、そして少しだけ寂しそうに僕を呼んだ。

「何って・・・・・あ!!」

「雪!」

「本当だ。ついに降り出しちゃったね。」

 舞い落ちる雪の華をふたり、立ち止まって眺めた。

「寒いと思ったんだよね。」

 僕の言葉に綾波がうなずく。

「でも、まだ積もらないよね。」

「そうね。」

 僕は少しだけ綾波に近づいた。

「綾波、寒くない?」

 僕の問いかけの意味に気付いた綾波の頬がほんのりと赤くなる。

「・・・・・・・寒い・・・・・かな?」

 コートに手袋までした綾波と、コートは着ているものの手袋はせずにポケットに手を突っ込んでいる僕。どっちが寒いかなんて、一目瞭然なのに。

「・・・・・・・・そう?」

 僕は決死の覚悟でポケットから手を出すと綾波の手をとった。

「・・・・・・・・・。」

 何か気の利いた言葉をかけられればいいんだけれど、僕はいっぱいいっぱいでそんな事、思いもよらなかった。

 視線を合わせる事も出来ないまま、降り出した雪を眺めていた。

 幸せだな、と思った。

 この時間が何時までも続けばいいと思った。

「碇君。」

 綾波が僕を呼ぶ。

「何?綾波。」

 僕がそれに返事をする。そんな些細な事ですら愛しい。

「碇君と隣の席になれて嬉しい。」

 突然切り出された言葉に僕の顔が赤くなるのが解った。

 教室の席は隣になれなかったけれど、部活での席は隣同士だ。希望の楽器になれなかったブラスバンド部は、実の所、何度か辞めようと思っていた。でも、それでも、綾波が居るから・・・・・と思って頑張ってたご褒美なんだと僕は思っていた。だけど、綾波も同じだったなんて・・・・・。

 僕はさらに自分の顔が赤くなっている事を自覚した。

「え・・・・あ・・・・・っと、僕も・・・・・。」

 声が上ずってしまう。

「あのね、碇君、クラリネットでしょ。だから、どうしても隣の席になりたかったの。」

 そんな・・・・事・・・・・・。

 僕の頭は嬉しさのあまり真っ白になった。

「同じ楽器ではないけれど、もしかしたら・・・・・って。」

 教室では隣同士になれなかったから、って。

 僕は嬉しさのあまり動揺しまくっていたけれど、でも、それでも・・・・・・

「僕も。」

 これだけしか、言えなかった。伝えたい事はいっぱいあるのに言葉が出てこない。視線を合わせる事すら出来ない僕だけど、綾波が僕と同じ気持ちだった事が本当に嬉しかった。

 本当の所、席が隣同士になったのって、何てお願いしようか?と考えている僕を他所に、パートリーダーである女子部員が決めてくれたのだ。どうやら僕たちは“ブラスバンド部公認”らしい。そう、彼女が後からこっそり教えてくれた。応援してるわ、と。

 どちらかが告白した訳じゃなくて、ただ、なんとなく流れでこうなった僕たちだけど、綾波とずっと一緒に居たいと素直な気持ちでそう思ってたんだ。綾波と居ると、どんな事でも出来そうな気がするし。

 中学に入ったらブラスバンド部じゃなく違う部活に入ろうと思っていたのに、綾波が入るって言ってからブラスバンド部を続けた。小学校の時と違う楽器になって、最初の頃は本当に音が出なくて辞めようかと何度も思ったけど続けられたのって綾波がいたからだし。

 フルートを吹いている彼女を見るのが好きだった。

 本当に楽しそうに吹くから。

 だから、僕は頑張れたんだ。

「綾波。」

「何?碇君。」

 僕たちは手をつないだまま、ずっと、雪が舞い落ちるのを見ていた。

 暮れかかっていた景色は、すっかり暗くなっている。

「帰ろう。」

 僕がそう言うと、綾波は僕の顔を覗き込んだ。

「何処に?」

 

 

 

 今まで暗かった空から光がさす。

 降っていた雪が、いつの間にか花びらに変わっていた。

 

 

 

「何処に帰るの?」

 再び綾波が聞いた。

 

 

 

「何処に・・・・・って・・・・」

 

 

 

 目の前に海があった。

 

 

 

「碇君。」

 綾波が僕を呼ぶ。

 さっきとは違う服装で。

 白いブラウスにスカート。胸にはリボンが結んである。

 あぁ・・・・これは壱中の制服だ。

 

 

 

「・・・・・・・・・綾波。」

 

 

 

 僕は全てを理解した。

 

 

 

 僕たちはエヴァに飲み込まれているんだ。

 

 

 

「綾波、帰ろう。」

 今度は迷うことなく、言った。

 そう、帰ろう。みんなが待つ場所へ。

 

 

 

「・・・・・・・碇君。」

 不安そうな綾波の顔に、僕も哀しくなった。

「大丈夫、僕も一緒だから。」

 笑顔で言えただろうか?

「でも・・・・・・・・・・。」

 ためらう綾波を抱きしめた。

「僕が君にそばに居て欲しいと思ったんだから。」

 僕の腕の中で綾波は震えていた。

 

 

 

 

 君を失いたくは無いと思ったあの時、世界がどうなってもいいと思った。

 誰かの為に何かが出来る自分に驚いた。

 もし、誰かの為に何かをしたいと思える事が愛と言うのなら、僕は君を愛しているのかもしれない。

 甘えとか、弱さとかそんなんじゃなく、ただ、君が僕には必要なんだと思ったんだ。

 何時までもずっと、そばに居たいと思ったんだ。そばに居れたなら、泣けちゃうくらいに。

 だから・・・・・・・・

「帰ろう。みんなの所に。」

 

 

 

 

 

 そう思ったら、光が見えた。

 

 

・・・・・・・帰りたいと思ったら、帰れるわ・・・・・・・

 

 

 誰かの声がした。

 

 

・・・・・・・帰りたいと願えば帰れるわ・・・・・・・・・

 

 

 女の人の声だった。

 

 

・・・・・・・・光の方角・・・・・・・

 

 

 辺りを見渡しても人影は無い。

 

 

・・・・・・・・貴方に逢えて嬉しかったわ。シンジ・・・・・・・・

 

 

「母さん?」

 何故だか解らないけれど、そう思った。

 

 

 

 ここはエヴァの中。母さんの胎内。 

 だから、帰りたいと願えば帰れるんだ。

 何故だかそう確信した。

 

 

 

「綾波、あっちだ。」

 僕は確りと綾波の手をつなぐと、光の方角に歩き出した。

 

2011.04.27

 

 

 

 

 

 

 

 このお話は、『雪の華』と言う曲を聴いている最中に突発的に思いつきました。

 (この曲、ご存知ですか?)

 

 関東住みのナナミですが、この間の地震でウチのダンナがラジオの必要性に目覚め、少し早いのですがお誕生日プレゼントとしてラジオも聞ける音楽機器を買ってくれました。

「好きな曲を入れなよ。」
 と言われ、久々に音楽にふれてまして・・・・・・・。

 その中にこの曲があった訳です。(長くて申し訳ない)

 

 色々と取り込んでいるのですが・・・・・・・昔聞いた曲が多くて、本人、笑っております。

 マジ、他人に聞かせらんね~ですわ。

 

 そんなこんなで出来上がったこのお話。正味2日という快挙を達成!

 もしかして・・・・やれば出来る?


2011.04.28