俺はどちらかと言うと、個人主義の人間だと思う。
自分は自分。他人は他人。
要は、人がどう思おうと関係無い。
自分の趣味や考えを人にとやかく言われたくは無いから、俺も言わない。
だから、他人とは適当な距離を保ってきたつもりだった。
でも・・・・・・・
赤い海の底に沈んだ守りたかったものに、僕は夢を見てしまう
それから・・・・・・・
相田ケンスケ君の場合
サードインパクトがおきて、今まで機密とされていた使徒やエヴァ、ネルフやチルドレンについてが公表された。
俺は今まで、シンジや惣流や綾波を間近で見てきた訳だし、話だって聞いていた。親父のパソコンからデータを拝借もした。その上、避難所を抜け出してシンジの乗るエヴァのエントリープラグに保護された事もある。
だから・・・・・知っているつもりだった。
いや、知っていると思っていた。
でも、それは大きな間違いだった。
それを思い知らされたのは、多くのマスコミが取り上げた“美談”が真実だけでない事を知っていたから読んだ国連軍からの長ったらしい(でも、詳しい)報告書からだった。
報告書は、懇切丁寧に書かれていたし、一部ではあるが映像も公開された。そして、それには、俺が今まで知っていた事と一致する部分と一致しない部分が存在し、俺を混乱させるには充分な物だった。
何故?
疑問が頭から離れなかった。
先を急ぐ様にして読んだ報告書を前に考えた。
何が違うんだ?どこが違うんだ?
俺の記憶とどう違うんだ?
まず、初戦の第三使徒、サキエル。
これはシンジから話を聞いた。随分と後になってからポツリポツリと聞いたんだ。
元々シンジは多くを語らなかったし、サキエルについてはトウジの妹の事もあるから、余計に話したくも無い様だった。だから、細切れの話を総括する形でしか知らない。でも、確実に言えるのは“シンジは何も知らなかったし、何の訓練も受けていなかった”って事。惣流や綾波と違って。
ビギナーズラックの様な勝ち方をしたのは事実だろう。
次に、第四使徒、シャムシェル。
この使徒は肉眼で見た。避難所、抜け出してまで。
報告書で知ったのは、シンジが命令違反を犯していた事。知らなかった事とは言え反省するべき点だな、と思った。迷惑をかけたんだし。
でも・・・・・・
結果、勝てたんだけらいいんじゃないのか?
“軍”ではそうかもしれないけど、シンジは“一般人”だったよな?だったら・・・・・
そう思いつつ、次の資料をめくる。
第五使徒、ラミエル。
【ヤシマ作戦】と呼ばれるこの戦いは、日本中から電力を集めた超長距離砲を持ったシンジを綾波が守った事になっているが、これは微妙に違う、と思う。“守った”事は事実。でも、自らの意思でシンジを守ったのではなく、“命令されたから”シンジをかばったのだ。実際に“盾”を持っていたのだし。
美談チックにマスコミは仕立てたし、ネルフサイドもそうしたかったのだろう。
でも、それは違う。
あの頃の綾波にはその理由が無い、からだ。
第五使徒、ガキエル。
これは間近で見たいし、貴重な体験をさせてもらった。シンジと一緒に国連軍の艦隊OVER THE RAINBOWに居たから。
惣流の弐号機を運んでいた艦隊だったから、弐号機単機で使徒を倒した。まぁ、そうだろ。シンジはたった一人で使徒を2体も倒したんだし。
だから、これは・・・・この使徒は惣流が倒したんだ。本人、そう言ってたし。
いや、待て!
シンジもプラグスーツを着ていた。着ていたよな・・・・・・
背筋に悪寒が走った。
もしかして?
と疑惑がわく。
惣流は自分に都合よく話していないか?
と。
嘘を吐いているんじゃない。嘘を吐いているんじゃないんだ。でも、微妙な言い回しや、省略された言葉や、「アタシは・・・」と付け加えられた言葉に、自分に都合よく解釈されたい“意思”が確実に、ある。
例えば、『使徒は弐号機が倒した』と言えば、弐号機は愛機であるのだから『惣流が使徒を倒した』と解釈されるだろう。でも、正しくは、『使徒は惣流とシンジがダブルエントリーした弐号機が倒した』んだ。ダブルエントリーに関する資料もあるし。
それにどんな“効果”や“利点”があるのかは、俺には解らない。ここにもそこまでは記載されていないし。でも、確実に、何かしらのプラスがあったのだとは理解できた。
惣流は完璧主義者だと思う。
そう言えば聞こえはいい。
が、正確には“本人にとって”だとか、“本人の思う通り”だとかが付け加えられる。(単に、我が儘だとも言うけどな。)
まず、惣流は特権意識が強い。
自分は特別であり、選ばれた存在である。そう思っている。
それは別に構わないんだ。確かに、世界に5人しか(正確には4人か?1人は使徒だったんだし)確認されていない“チルドレン”だし。否定する気も無い。
でも、それは俺にとって“無害”ならば、だ。
それだけの事をしているのであれば、賛辞は厭わないさ。でも、惣流は違うんだ。過剰に賛辞を求める。何事も全て自分居るからだと、自分がしたのだと言いたがる。実際は違っても、だ。
自己の重要性を過剰にアピールし、特別扱いを求め、尊大で傲慢な態度をとる。人の厚意を当然として受け止め感謝をしない。挙句、自分自身の目的を達成する為に他人を利用する。
つまり、自分は特別な選ばれた存在で、周りの人間は自分に協力して当たり前、それどころか、自分に協力出来る事を感謝しろ!って勢いである。
そんなヤツを素直な気持ちで賛辞出来る程、俺は大人でもお人好しでもない。上っ面での賛辞にすら気付かない惣流は本当に自分が言う様に“天才”なのだろうか?
ピピ・・・・・と俺が設定したアラームの音が鳴った。
今日は、使徒戦の番組がある。
何回かに分けて放映される今回の特集はシンジなのである。是非、見たいと思ってアラームをセットし、録画の用意までしたけれど・・・・・・見なきゃよかった。相変わらずの惣流とミサトさんがそれをぶち壊していた。
何故そこまで拘るのだろう。
何故そこまで悪く言うのだろう。
俺は、重々しい気持ちのまま寝ることにした。
心のモヤモヤが拭い去れないうちに、とんでもない情報が飛び込んできた。ネルフの総司令であるシンジの父親がポロっともらした言葉からだった。
「今は家族3人で暮らしてる。」
その言葉に、マスコミが飛びついた。プライベートを語らない総司令に、多くのマスコミが取材と求めたが、それ以上は何も語らなかった。ただ、一言、
「そっとしておいて欲しい。」
それだけを告げ、それ以降、頑なに口をつぐんでいる状態だった。だから、噂が噂をよんでいる。マスコミもネルフ総司令とネルフを敵にまわしてまでの確認が取れなかった。いや、もしかしたら確認は取れているのかもしれない。しかし、稼ぎ頭であるネルフを敵に回した場合、今後の取材に関ってしまう。よって、表立っては静観の姿勢が保たれてはいるが、水面下では色々な情報、憶測が飛び交ってはいる。
そんな中、俺のつかんだ情報は、『碇総司令は妻と娘と暮らしている』だった。
もしかしたら・・・・・・・
そう考えていた俺の、公式には“死亡”とされてはいるがシンジが生きているんじゃないかと言う俺の願いは消えた。
第3新東京市内での目撃情報だと、小学校高学年くらいの女の子らしい。総司令には似ていなかったらしいから、母親似なのか?
もしかして・・・・・・ 再婚、したのか?
そう思ったら、泣けてきた。
あんなに頑張ってたシンジが居なくなって、あいつに比べたら大した功績もない惣流が我が物顔で使徒戦を語る。自分がエースだったと。
これじゃ、シンジが浮かばれないじゃないか。あんなに頑張ってたのに。
こんな事になるんだったら、いつか俺が野営している所にシンジがひょっこり現れた時みたく、一緒に居てやればよかった。今度はちゃんと許可を取って、俺の家に泊めてやればよかった。何泊でも好きなだけ。親父はほとんど寝に帰って来る様なもんだし、帰らない日だってある。一人暮らしと変わらない俺の家なら、何も問題は無かったんだ。惣流だって委員長の家に泊まりこんでたんだし、何も問題は無かったんだ。
馬鹿だな、俺。
シンジがおかれた状況を羨ましい、妬ましいと思う前に、シンジの事、もっと考えてやればよかった。“親友”だと思ってくれていたシンジの為に。
でも、ある日、それがもっと、“とんでもない事”である事を知った。その情報源がトウジって辺りが泣けるけどな。
「なぁ、本当なのか?それ。」
思わず確認をしてしまう。人気のない屋上で、相談があると連れ出された渚と俺はそこでトウジの爆弾発言を聞いた。碇指令が暮らしていたのは、シンジの母親と妹だったと。
「本当も何も、ユイさんから直々に頼まれてん。」
・・・・・・・なんか、ムカつく。(そう言えば、コイツってチルドレンだったんじゃん)
俺、この情報を知ってから、お前に何て言えばいいのか悩んだんだぞ。
「遊びに行く約束してもうてん。」
って!!!
「マジ?」
「嘘吐いてどないせえちゅうねん。」
ふと、黙り込んだままの渚を見たら、驚いた顔のまま固まってた。(こんな渚、初めてだな。いつもは余裕綽々って顔してるから)
「ま、そうだな。でもさ、なんで何も言わなかったんだよ。」
「しゃあないやろ、秘匿義務なんやから。」
俺の責めるような口調にムッとしてトウジが答えた。
「ワシ、チルドレンちゃうけど、ネルフとはな、そう言った約束になっとるんや。」
「・・・・・・・あぁ・・・・・」
そうか、そうだよな。
「ねぇ、鈴原君。僕、彼女に、ヒナノちゃんに逢いたい。」
って、お前・・・・・・。
「自分、加持さんと同居しとるんやろ?そっちの方がええんちゃうか?」
「加持さん、ガード固いもん。」
「?」
トウジは不思議そうな顔をするけど。
「仕事の話なんて全くしないし、聞いてもかわされる。」
・・・・・だろうな。
「だから、お願い。」
何度と無く渚は頼んでいたけれど、トウジが首を縦に振る事は最後まで無かった。
トウジからの話を聞いて、MAGIにハッキングをかける。
名前が分っていれば、意外と見付けやすい。
碇ヒナノ
これだ!!
2003.03.02 生まれ 現在13歳。碇ゲンドウ・ユイ夫妻の第二子で長女。
早産で生まれ、その生存率の低さから周囲に知らされぬまま入院先の病院から行方不明となる。
サードインパクトの後、同様に後日行方不明になった碇ユイと共に入院先の病院から保護される。
かなりの知能を有しているが、虚弱な為、学校には通えていない。
だが、赤木リツコ博士が後継者としてネルフ入りを嘱望していると言う。
・・・・・・って・・・・・
マジ?
本当に居たんだ。
シンジは何も言って無かったのは、本当に存在すら知らなかったって事なのか?
2歳前の記憶なんて俺には無いけれど、その所為じゃないんだ。小さかったから知らないんじゃなくて、存在そのものを隠されたまま行方不明になったんじゃ子供には言えない。
「お前の妹は行方不明だ。」
なんて言われても、対処できないだろ?普通。
詳しくは知らないが、2003年って未だセカンドインパクトの混乱が残っていた頃だよな?大分復興はしていたとは言え、医療系なんて・・・、ましてや新生児医療なんて後回しにされてても仕方がない。“今”どうするかであって、“今後”どうするかじゃない。そんな話を親父から聞いた事がある。だとしたら、彼女は“行方不明”になった事によって、命を長らえた事になったのだろうか、と邪推してしまう。
殺さずに連れ出したのであれば、人質が死んでしまっては意味がないから。
色々な感情、思考が頭をよぎる。
確かにさ、ネルフ総司令の息子であったとしたら、命の危険や誘拐される恐れは十分に有る。実際に“人質”を取られているのなら、その危険性は考慮されていたのだろうと思う。
状況をシンジの父親はどう思っていたのだろう。
だからなのか?
だから、シンジを遠ざけたのか!?
シンジを親戚の家へ預けたのは、我が子を捨てるフリをしたのか?
多額に支払われていた養育費がそれを物語ってはいないか?
「父さんは僕が嫌いなんだ。」
シンジはそう言っていたけれど、本当は違うんじゃないのか?
・・・・・・・ダメだ、あくまでも“仮定”と“推測”の域を出ない。
そしてそこには、俺の“希望”も含まれてしまう。
真実は、どこにあるのだろう?
きっと、それは、碇指令の心の中なのかもしれない。そう思った。
「イインチョと行ってくるわ。」
そう聞いたのは、またもや屋上。トウジは委員長のお手製の弁当、渚と俺は購買のパンを食べながらの会話。
「そう。」
意外とあっけなく渚は引き下がった。
「すまんな。」
「いいよ、気にしないで。」
そう言った渚はどこか吹っ切れた様だった。
「僕が、ちゃんとしたルートでお願いするから。」
「そか。」
安心したようなトウジの顔に、これから俺がお願いする事に、少しだけ気が引けた。
「なぁ、届けて欲しいものがあるんだお願いしてもいいかな。」
「何を、や?」
「シンジの写真。」
「・・・・・・あぁ。」
一瞬だけ考えた後の同意。
「ヘンなものなんて頼まないって。」
「そやな。」
すまない、トウジ。俺はこれにちょっとしたトラップを仕掛けるんだ。っても、俺のメアド。捨てアドじゃなくて、ちゃんとしたアドレス。
相手が興味を示せば反応が返ってくる。出歩くことが無理でも、メールくらいなら出来るだろう。
「じゃさ、日付が決まったら教えてよ。持ってくるからさ。」
そう言った俺は、その日から準備に取り掛かった。
大きく引き伸ばしたシンジの写真はシンプルな写真たてへ入れた。プリントアウトした写真はポケット式のアルバムへ。プリントアウトしなかったデータの一部はディスクに収めた。そこへメッセージを書き込む。内容は、自分がシンジのクラスメイトであった事、シンジの暮らす家にも遊びに行ったことがある事、それからまだ他にもデータがある事、そして、俺のアドレス。
このセットをトウジに持たせてから1週間が過ぎ、俺は返事をあきらめていた。トウジ経由でシンジの母親からもお礼は言われた。親父経由では碇指令から。だからもう、これはそれで終わりなんだと、そう思っていた。
でも、違った。
家に帰って、いつもの様にパソコンを立ち上げると、見たことのないメアドがあった。
もしかして?
期待しながらメールを開けば、彼女からだった。
お礼が遅くなったお詫びと共に、兄の事を教えてくださいと書かれたメールに、俺は初めて彼女の存在を実感した。だから俺は返事を書いた。メールに写真を添付し、その時のエピソードを添える。そんなメールを何通かやり取りした。
ある日、いつも通りの写真のお礼と感想を書いてあるメールの中にたった一文、
兄は、惣流さんの言う様な人ではなかったんですね。
とあった。
その言葉が俺には重かった。
シンジは惣流が言う様なヤツじゃない。それは俺たちが一番知っているんだ。でも・・・・・・・
テレビ、雑誌などマスメディアを使って訴える惣流と、何の力も持たない俺。同じ年なはずなのに全く違うのだ。俺に出来るのは、こうして彼女に『違うのだ』と言っているだけだ。
どうしようもない無力感に襲われる。
そんな中で気付いた。俺がエヴァに乗りたかった理由。
それは、純粋なる興味だけでなく、惣流の様な“英雄願望”だ。確かに興味はあった。人並み以上にな。でも、エヴァに乗って戦えるのか?と聞かれたら、困ってしまう。
そうか、そうだったんだ。
シンジや綾波の様に仕方なくとか、トウジの様に妹の為ではなく、俺は惣流に近かったんだ。
落ち込む俺の元に彼女からのメールが届く。
会った事も無い、そんな彼女だけれど、こんな俺でも力になれるのだろうか?そう思った。そう思わせたのは、彼女からの『情報を集めたいので協力してもらえませんか?』の言葉からだった。
着々と集まる情報に、惣流に憤りを感じているのは俺だけじゃないんだ、と思った。そして、その集まった情報に彼女が憤りを感じているのも理解できた。
“自慢の兄”であるべき存在を不当に貶められたら、怒るだろ、普通。
でも、彼女が“訴訟”と言う単語を用いだした時、俺の腰が引けた。次元が違うのだ、俺と彼女の。だから、『考えさせてくれ』とだけ、返事をした。
それに対する彼女からの返事は特に無くて、安心した反面、残念に思えた。
俺はどうしたいのだろう?
俺はどうしたらいいのだろう?
答えは未だ、出ていない。
2010.01.24